第9話 東の島国へ

【魔王軍 三傑】


 魔族が地上に現れ、魔族と人間の戦が始まってまだ間もない頃、


魔王軍は魔王の下、三人の強力な魔族が三つの軍団を統べていた。


 現在、九つの軍団に九人の幹部へと魔王軍の体制は変化したが、他の魔族より遥かに突出した強さを持つ最初の三人の幹部は、


魔王軍だけでなく人間軍からも畏怖を込めて、


【三傑】


と呼ばれるようになったのであった。


 三傑と呼ばれる魔族は、


『黄昏の女帝 クレア』


『終焉の王 リオン』


そして、


『いつも会議を欠席している謎の幹部』(仮名)


この三人である。


 この三人こそ魔王軍 最後の砦であり、三傑を倒さねば、魔王軍に勝つことは出来ないとまで言われている。


 そして今まさに、三傑の一人が戦地に赴こうとしていた。



「…ふん、朝が来たか。 」



『終焉の王 リオン』である。



「………………」


 登る日の光を浴びながら静寂に、そして、威風堂々とした姿で城の屋上に立つ。


 その鷹の如く鋭いまなこは、東の彼方へ向けられ、

 

彼の険しい顔からは、これから始まる厳しい戦いを予感させていた。



「さすが、リオン様。 もうすでに心を勇者との戦いに向けていらっしゃる。」


部下であるクロエは、その佇まいに圧倒され、


「…ふむ。例え相手があの勇者であろうと、いつもと変わらず、か。 」


同じ三傑の一人、『黄昏の女帝 クレア』はリオンの堂々たる姿に頼もしさを感じていた。



「…………………」


 何も語らず、二人に背を向けたまま戦地のある東の方角に視線を向け続けるリオン。


 果たして、彼は一体何を思うのだろうか。


「………ふん。」




(ど、どどど、どうしよう…やべえよ、マジで。)



 ―30分後―



「どうだ、リオン。 精神統一は終わったか?」


「バッチリだ。 問題ない。」


「そうか、それはよかった。」


 っと、


 俺の長い現実逃避に付き合ってくれたクレアが、真っ直ぐな眼で調子を聞いてきた。


(はぁ~~‥)


 なんとか戦場に行かなくてもよくなる方法を考えていたが、結局思い付かなかったのである。


「 ついに出発ですね! 私も一緒に行きますので、 頑張りましょう、 リオン様。」


「…あぁ。 そうだな。」


(この丸眼鏡~~~~~~~!)


 俺は、人の気も知らずに無邪気に話しかける部下クロエを見る。


 夜明け前に早起きし、こっそり城を出てどこかに隠れて、しばらくして戦場から帰ってきたふりをして戻る。


という計画を立てていたのだが、


そ~っと部屋を出ようとしたところを、

夜も明けてないのに、起こしに来たクロエに見つかったのである。


(なんで俺より早くに起きてんだよ‥)



「もう、リオン様ったら。 勇者と戦うのが待ち遠しいからって、あんな早起きしなくてもいいのに~。」


「胸が高鳴ってな。 目が覚めてしまったんだ。」


(昨日から心臓がバクバクいってて、眠れなかったんじゃい!)


 しかしまあ…、ここであれこれ考えてもしょうがない。


腹をくくって、とりあえず東の島国に向かおとすると、


「待て、リオン。 東の島国にはもう一人、同行してもらう。」


「…誰だ?」


「私ですわ。 リオンさん。」


 声のした方を見ると、


そこには、朝日に照されて輝く雪の様な白い和服の女性、


魔王軍幹部の一人 【ヒミカ】 がいた。



「東の国の端にある『島国』は、ヒミカが治めている場所だ。それに、 東の方面の事なら彼女が詳しいだろうと思い、同行を頼んだのだ。」


「…ふん。 なるほどな。」


(よっしゃぁぁ! 幹部一人が一緒について来てくれるのか!)


 魔力が使えない、裸同然で戦地に行く気分であった俺だったが、現れた心強い助っ人に歓喜する。


(あざーす、クレア様!)


 感謝はするが、危ない出張を命じた恨みは忘れん!


「ふふっ。 リオンさんとご一緒になるなんて光栄ですわ。 よろしくお願いしますね。」


 柔らかな物腰で話すヒミカ。


「…ふん、 せいぜい 俺の足を引っ張らないといいがな。」

(ご迷惑をおかけしますが、こちらこそよろしくお願いします。)



「ふふっ、 それでは‥」


 ―シュルル…


 風が吹き抜ける様な音が聞こえたと思うと、


下から這うように城を登って来た巨大な白蛇が、屋上へと顔を出す。


(へ、蛇!? デカッ!!)


 ヒミカは巨大な白蛇に近づき、その鼻先を撫でる。


 そして、俺達の方へ振り返り、


 美しく、しかし怪しく微笑みながら言う。


「 行きましょう、 東の島国【ジャホン国】へ。」




 ―南の国と東の国の国境付近にて―



 朝にも関わらず、日の光を遮る程の木々が生い茂る森の中を、騎馬団が駆けていた。


 先頭を走る一騎が他の騎馬を置いて行く勢いで走る。


 それを追いかける様に続く後列の騎馬達。


「団長~、速いっすよ!」


 先頭の騎馬を追いかける騎馬団の前列を走る若い男性が言う。


「そんな全力で走ったら、東の国に着いた瞬間、馬がぶっ倒れますって~!」


 大声で先頭を走る騎馬に訴えるが、返事はない。それどころかますます速くなっていく。


「えぇー!? ちょっ!」


「うるさい。 黙って走る。」


 大きな声で騒ぐ男性を、その隣で走る女性が眠そうな顔で諌める。


「ぐ…、なんで団長はあんな急いでんだ?」


「なんか、胸騒ぎがするって言ってたよ。」


「なんだそりゃ‥」


 先頭の騎馬はただ無言で走り続ける。後ろの騎馬団が離されていくのを一切気にせず前だけを見続けていた。


(………奴に会える気がする。 )


 手綱を握る手が強くなる。


( リオン・アウローラッ!)


 は、心の中で一人の魔王軍幹部の名を唱えた。




 ―東の島国【ジャホン国】 その海域にて―


「……ん~?」


 一人の男が船の甲板に立ち、目を細めて日の出を眺めながら、唸った。


「難しい顔してどうかしたんですか?」


 後ろで甲板のモップがけをしていた船員が、問う。


「なんか、おかしな感じがするの~」


「長旅であんたがおかしくなったんじゃないすか?」


 船員が軽く笑って言う。


「いいんや、違う。 これは…」


「‥なんです?」


 男の真面目な雰囲気を感じて、船員はモップがけを止めて改めて聞いた。


「………………」


 少しの間の後、男は振り返り、真剣な顔で船員を見る。


船員は緊張して男の応えを待つ。


「……………………」


「………(ゴクリ)」



「わからん。」


「って、おい!」


 ワッハッハッハ! と、笑う男を見て、呆れた船員はモップがけを再開する。


 男は笑うのを止め、再び日の出に顔を向けると、小さな声で呟いた。



「…この国の夜明けぜよ。」




















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