降臨2

 草むらを何かが走り去る音。音の主はアリスを含め全ての幹部が気付いていた。

 アリスを筆頭とする彼らに相当する魔物はおらねど、この辺りを牛耳り魔王の目と耳になっている存在であればそこらじゅうに存在する。

彼らは森に入ってきた不審者アリスたちを警戒し、周りを走り回っているのだ。


「目障りね……」

「どーする、アリス様。殺っちゃいますう?」


 エンプティが魔物を睨みつけ、ルーシーが威嚇する。魔物は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 だがアリスはそれを制止した。元々〈転移門〉を開いたのは上空だったのに、彼らがこうして地上を歩いているのはアリスの考えがあってだ。

事前に申し出もなく突然訪問するのだ。できるだけ時間を与えるというのも失礼がないようにという配慮だ。

もちろんここで言う失礼とは、「相手がアリスに向けて」という意味だ。


「駄目だよ。彼らには上の人間……人間? に、伝えるという大事な仕事があるんだから」

「はっ、失礼致しました」

「ごめんなさぁい……」

「ベル、エキドナの待機場所までまだ掛かる?」

「は、はい。降りた地点が丁度1キロ程でしたので、徒歩ならば時間が掛かるかと……」

「……1キロですって?」


 ベルがアリスの問いに答えると、それを聞いたエンプティが怒りの声を上げた。

彼女も長いとは思っていたが、キロ単位で遠い場所に降り立つとは思ってもみなかった。

 アリスを含む全員が空を飛んだり素早く地を駆ける力を有しているが故に、トロトロと歩く行為は遅い上に疲労を産む行為だ。それを主に強要しているのだから余計憤怒するというもの。


「アリス様にそんな長距離を歩かせるつもり? ベル、もう少し配慮を――」

「エンプティ。黙ってなさい」

「も、申し訳御座いません……!」


 雷に打たれたようにショックを受けるエンプティ。「やば! ちょーウケるんですケド!」と、指をさして笑うルーシーが気にならないほど落ち込んでしまった。

 それを見たアリスは、少し言いすぎたかな……と可哀想に思う。が、横からハインツが口を出して来たのでその念も払拭される。


「心を痛めずともよいのですッ! エンプティは少々過保護、出しゃばりすぎですので! こうして定期的にアリス様に叱責頂かないと、いずれ暴走しますッッ」

「そう? うーん、そう作った覚えはないんだけど」

「では日々進化……変化していると言うことでしょうッ」


 アリス――園 麻子が作ったのは、設定と見た目、性格、保有するスキル。それくらいで、今こうして《生きている》時の行為は全て設定に基づく行動だ。

 だからアリスは彼らが生を得てからの行動を管理していないし、あとは全て彼らが考えて動いている。となれば今後、アリスが制御出来ぬ行動を起こす輩も出るかもしれない。


「なら……いずれ、みんなが私の元を離れるかも?」

「アリス様、それはあり得ませんわ」

「このスライムと同意見とは、自分も信じられませんが……このパラケルスス、死ぬまでお仕え致しますぞ。死んでますが」

「あーしがそんなコトするだなんて、ぜーったいないんですケド」

「そんなことするやつは反逆罪で殺すべきです」

「――だ、そうです。主よッッ! 私も同意見です!」


 アリスはため息をはいた。言うなら嬉しため息というやつか。とにもかくにも、この言葉を信じるのであれば、彼らは裏切ることはない。

 アリスの「勇者を殺す」という目標を達成したら別に好きにしてくれても構わないのだが……なんて心の中で思いながら。

 勇者に辿り着くまでは相当な時間があるだろう。現在の魔王がどれほどの軍事力を有しているのかは不明だが、それを拡張するにしろ数日で終わらないのは確かだ。

であればその長い間に、仕事を終えた後のことを考えるのもいいだろう。

 考えられる時間があるのかは別として、まだまだ未来のことを今ここで決断する必要はない。

彼らはとりあえずこの勇者との戦いで、アリス側についていてくれればそれでいいのだ。


 着実に歩みを進めていたおかげか、さほど時間も経過しないまま城が見えてくる。


「近くで見ると意外と大きいな」

「左様でしょうか?」


 アリスが城を褒めると、不機嫌そうにエンプティが相槌を打った。私の屋敷のほうがもっと豪華で美しくアリス様に相応しいのに、とブツブツ言いながら。

エンプティの場合「アリスをしまっておける優越感・多幸感」と「純粋にアリスが褒めた相手が雑魚共であること」が気に入らないのだが……アリスはそれを気付かぬふりをした。

 話し始めれば、きっとエンプティの性格だ。ヒステリーを起こすんじゃないかというくらいに喋り始めてしまうだろう。


 アリスと幹部の五人は、最後の幹部であるエキドナが待機する場所へと歩みを進めていたのだ。

 ここに来るまでの魔物たちは、しっかりと主にこの現状を伝えられただろうか、とアリスはワクワクしていた。

もうすぐこの世界の王と対面できる。


「あ、いた! ドナネキ!」


 ベルが叫ぶ先に木に隠れるよう立っていたのは、エンプティに負けないほど美しい女性だった。

 彼女こそエキドナ・ゴーゴンである。

 グレーのうねった髪、蛇のような鋭い緑色の瞳。

蛇の鱗のような柄のマーメイドラインドレスを着ている。腕には艶やかなレースが美しいロンググローブをしていて、まさしく妖艶な美女と言えよう。

 艷やかな美女ではあるものの、その性格は淑やか。言い換えれば消極的とも言える。

ハキハキと喋るルーシーや、棘のある物言いのエンプティと違って、他人に同調することの多い存在だ。


「あぁ、アリス様。お元気そうで何よりですわ、何よりですわ……」

「エキドナもね。何か変化は?」

「いいえ、何も……。驚異となり得る存在はありませんわ。えぇ、ご安心ください、ご安心ください……」

「よかった。じゃあみんなも警戒は怠らず、行こう」


 園 麻子としては、こうして間近に城を見るのは初めてだった。旅行もさほど行く人間ではなく、見る機会があるとすればテレビ番組かインターネットだ。

それも遠い国の話なので全く実感はわかなかった。こうして目の前で見ることになるとは、当時であれば想像出来るはずがなかっただろう。

しかもそれは観光などではなく、占領という理由で向かうのだからなおさらだ。


 城の周りには瘴気が漂い、魔物が好みそうな雰囲気を纏っている。逆に人間種は忌み嫌い――それ以上に害をなす場所となっている。


「あの、アリス様。この城には正門と裏門がございまして……どちらから、どちらから……」

「どっちが近い? 出来れば正門がいいなぁ」

「あぁ、良かったです、良かったです……。正門の方が近くにございますわ」


 アリスの返答にエキドナの飼う白蛇も喜んでいるように見えた。

 園麻子であったときも、爬虫類を怖いとは思ったことはなかったが、城のようにこうしてまじまじと見る機会もなかった。蛇をじっと見つめていると、恥ずかしがるようにエキドナの影に隠れてしまう。

それに気付いたエキドナが、アリスに「何か、何か……?」と不安そうに聞いてきた。


「触っても良い? 噛む?」

「か、噛むだなんて! 我が主にそんなことをするような存在はわたくし達の配下にはおりません、おりません……! それにわたくし達はアリス様に創造された身、許可など求めずとも良いのです、良いのです……」

「私は親であって管理者じゃないよ。こうして生きて喋ってる時点で、もうみんな一個人だからね。プライバシーとかあるでしょ?」


 そう言うと他の幹部たちから「おぉ……!」と歓喜の声が上がった。人権があると言っただけでここまで感動されてはアリスもやり辛い。

結局蛇に触っていいのだろうか、とアリスはぼんやり考えた。


「……様、」

「ん?」

「アリス様!? 蛇程度でしたら、このエンプティも変身出来ます! そのような愛玩動物ではなく、私を愛でては!?」

「エンプティ、ステイ」

「ひーん」


 このスライム娘の暴走加減も今後の課題の一つだな、とアリスは思った。

 さて、一行はようやっと正門に辿り着いた。守衛はおろか見張りすら存在しないただの門だ。彼らを警戒しているのか、はたまた単純にここに割ける人員が存在しないのか。

 エキドナの熱感知にも引っ掛からず、本当に誰も居ないのだとわかる。もしかするとアンデッドなどが存在するかもしれないが、彼らを倒せるか相応のアンデッドならば気配で察知できるだろう。

だがここまで来ていて何も感じないということは、大したものはこの門の裏に存在しないということだ。


「ベル、開けて」

「はーい!」


 蛾を二匹引き連れたベル・フェゴールが門の前まで歩む。ふわりとしたセーラー服風ロリータに身を包む彼女は華奢で、このどんな魔物も通れるような巨大な門を開けるすべがあるとは思えない。

 ベルは門の前に立つと、左手でそっと門に触れた。深呼吸を繰り返す。脇腹のあたりに右手を構え、拳を握りしめる。

深呼吸を終えると勢いよくその右手を門に振りかぶった。


「っおらぁああぁあ!」


 ドン、と轟音が響く。その強さゆえの風圧で通常の人間であれば吹き飛ばされているところだが、彼らが飛ばされることなどない。

飛んでくる粉塵や細かい葉や木から守るように、アリスの前には幹部達が立っていた。

驚いた鳥たちは、バサバサと木々から飛び立っていく。

 門に何の変化も無かった。あるとすれば、彼女が殴った部分がへこみやヒビが入った程度。

 ベルはニコニコと笑いながらアリスの元へと戻ってくる。その黒い様相はあれだけ砂にまみれた空間にいたのにも関わらず、新品同様の輝きを見せている。この程度の汚れはつかない仕様だ。自分の子には綺麗でいてありたいから、というアリスの思いからの設定だ。


 ベルがアリスの元へ戻れば、門がビシリと悲鳴を上げた。そしてその亀裂は徐々に広がっていき、一部城壁を巻き込んで崩れ落ちた。


 ベル・フェゴールは近接戦闘に長けた幹部である。竜人であるハインツに比べると火力こそ劣るものの、であれば彼女の敵ではない。

 みな飛べるのだから飛んで入ればいい、という意見もあるだろうが、こちらは来客だ。「お邪魔します」という敬意を込めてから出向くのが礼儀というものだろう。


 崩れ落ちた瓦礫の中を真っ先に通るのはエンプティだ。まだ瓦礫が山積みで、主であるアリスを歩かせるには些か汚すぎる。

彼女の持つスキルで道を綺麗に整えることで、アリスはようやく中へと入れるのだ。


「あら?」


 おのがスキル――〈全溶解酸エンタイアリー・アシッド〉を使って先行していたエンプティが城内へ入るとなにかに気付いた。

正門から入ってすぐ、少し広く取られたその場所に武装したゴブリンが数匹居たのだ。瓦礫の山を強酸で溶かして侵入してくる美女にさぞ驚いたことだろう。


「おいお前、早く魔王様に知らせろ!」

「で、でも――」

「いいから! ここで食い止める、援軍を呼ぶんだ!」

「わかった……!」


 そんな茶番を虫を見るような目で見下ろしながら、アリスが通れるように瓦礫を溶かしていくエンプティ。

 ――〈全溶解酸エンタイアリー・アシッド〉は、彼女の保有するスキルの一つだ。発動すると、三種類の酸が球状になって彼女の周りを飛び交う。透明・黄色・赤と、色の違うそれらは全て効果が異なり、現在瓦礫撤去に用いている赤色の酸は一滴で何でも溶かす一番強い酸だ。

 粗方綺麗にし終わると、アリスの元へとやって来る。ニコニコと褒め言葉を待っている忠犬のように駆け寄る美女は、傍から見れば異様だろう。


「お待たせ致しましたアリス様。さ、どうぞ」

「ありがとー。スキルも無事つかえるみたいで何より!」

「勿体なきお言葉で御座います。それとアリス様、お迎えが数名来ているようです」


 ちらりと一瞥した――といえば聞こえはいいが、実際は美女かと疑いたくなるほど恐ろしい顔で睨みつけたという方が正しい。

アリスという魔王に相応しい人物の出迎えが、この数匹程度のゴブリンであるとか不敬も甚だしい。幹部の誰もが心からそう思ったのだ。


「何者だ、貴様!」


「はぁ!?」

「教育が必要なようですぞ」

「……言葉遣いがなっておらん!」

「マジムカつくんですケド」

「不敬すぎて草」

「嘆かわしい、嘆かわしい……」


 そのゴブリンの中でもリーダーのような、一番体躯の大きい個体が声を荒げる。あまりに失礼な発言に、エンプティだけではなく他の幹部も怒りを顕にした。

一気に戦闘態勢へと入り掛ける六人を制止したのは、もちろんアリスである。


「はいはい、虐殺は楽だけどいずれ配下になる子達だよ。寛大になろう」

「……こほん。失礼致しました」

「ですが良かったのですか、アリス様。一人が上官へと報告に向かいました!」

「いいじゃない、ハインツ。アリス様を出迎えない方が悪いのよ。向こうから来るのは当然だわ。それにこの城から警戒すべき対象の力すら感じないじゃない」


 この七人、全てが感知系の魔法を習得しているわけではない。だが圧倒的強者に出会った場合、野生の勘というものか。それでわかるのだ。

そう、目覚めて初めて目にしたアリスのような強者と出会えれば、自ずと分かるのだ。


 目覚めたばかりの彼らは、自分の力がどれくらいあるのかすらわからなかった。だが主に呼ばれ、仲間を見て確信したのだ。自分達が束になってかかっていこうが、この少女には勝てないと。

 それに彼女の趣味と嗜好によって生み出されたおのが体。思考。性格。もしも敵対しようものならば、全て手に取るようにわかるだろう。

アリスに幹部が勝つすべなど存在しないのだ。

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