降臨1

「アリス・ヴェル・トレラント」


 玉座に座る女が呟く。

それを聞けば、跪いていた者たちが「おぉ」と声を上げた。

 ――アリス・ヴェル・トレラントは、この異世界に転生した園 麻子の名前だった。どこにでもいそうな成人女性の容姿から一転、真っ黒の牛の角に、白く透き通った長い髪。白目と黒目が反転した不気味な瞳だった。

腕には美しく光る鱗が点在していて、彼女麻子が複数種族を掛け合わせたのがわかる。

 今まで節制してきたのだ、ここに来たら欲張らねば。とよく分からない意気込みを見せていた。

これを見た人間であれば、一言に「悪魔だ」と形容するだろう。


 しかしながら纏う服装はまるで天女のよう。

 民族衣装のアオザイに似た濃い紫色をした七分袖、下はゆったりとした真っ白のパンツを履いている。

そして黒いレースの羽衣を纏っていた。


 これが彼女の生み出した新しい自分、魔王。


「崇高なる我が主の名をお聞かせ頂き、我々一同、更に貴女様への忠誠心を高めましたぞ」


 そう言うのは、麻子――アリスの生み出した部下の一人。名をパラケルスス。

 その名の通り部下、幹部の中では錬金術を担当する存在で、少し頭のネジが外れている――ゾンビだ。


 魔術が掛けられており汚れを知らぬ白衣、上下とも黒のシャツとスラックス。腰や白衣の内側、太ももにはポケットやポーチが巻かれていて、そこには彼の実験材料などが入っている。

見た目こそ科学者だが、彼はれっきとした錬金術師。そういう「設定」だ。

 ゴーグルのようなメガネをしているが、これは視力を補うためというよりも、下を向いたり勢いを付けると飛び出す目玉を抑えるためでもあった。


「うん。パラケルスス、言いたくは無いんだけど、臭い」

「な……っ!!」


 ゾンビであるが故に臭いが出るのは仕方のない事だが、それでもアリスには気になる程には臭っていた。

敬愛する主人からの純粋な罵倒――注意に、パラケルススは相当なショックを受けた。


「そうね。いくらこの世界に来てすぐとはいえ、体を清めずに来るのは失礼よ、パラケルスス。あぁ、清めたら死んでしまうかしら?」

「……液体スライムの分際で」

「私は臭くないもの。お風呂だって入ったわ。ねっ、アリス様? どうでしょう、このエンプティの匂いを嗅いでみては?」


 恍惚とした表情でそう言う美女は、エンプティ。

彼女もアリスが生成した部下の一人であり、スライムである。

 黒髪から毛先は緑になるグラデーションヘア。見透かすような青緑色の瞳。

漆黒のアワーグラスシルエットのタイトなワンショルダードレスを身に付けている。ピッタリと身体のラインにつくようなスタイルは、エンプティの美しさをより際立たせる。


 美女の形をとっているが、本来であればスライムであり、パラケルススの言うとおり液状だ。

しかしながらそんな体で愛する主の前に出れるかといえばノーである。故に彼女はこうして美しい女の様相で存在しているのだ。

 因みに雌雄同体である。元の姿であるスライムが両方の役割を成すだけで、人間態の彼女はしっかり〝彼女〟だ。

もちろん、男に化けることも可能なのだ。


「見苦しいぞ、貴様ら! アリス様が見ておられるのにッ!!」

「いんだよ、ハインツ。そうだ、お願いがあるんだけど」

「はい、何なりと」

「私、魔物化して思考が変になってるかも。ハインツはそれを抑止出来るように作ってあるから、私が変な考えを提案したらすぐにでも訂正してね。二人も聞いた?」

「はい、もちろんでございます」

「分かりましたぞ、アリス様」

「了解致しました、アリス様! このハインツ・ユルゲン・ウッフェルマン、アリス様の良心として尽力致しますッッ!!!」


 ハインツ・ユルゲン・ウッフェルマンは、アリス――麻子の中の中二病が爆発した結果出来た存在。軍人っぽさを含めて作ったまとめ役である。

どうせオタクっぽかろうが、痛かろうがこの世界に知人友人は存在しないし、何に似せようが誰も元のネタを知らない。

アリスもとい麻子はやりたい放題だった。

 ハインツは所謂竜人というやつで、エンプティよろしく普段は人間態で活動している。その浅黒い肌を見てしまえば、一瞬ダークエルフを思わせる。

だが実際は強力な黒竜へと変身するのだ。


 彼はグレーの軍服を着ている。勲章やバッジが輝いているが、これは全て魔術が掛かったアイテム。

指揮に必要なものから、戦闘で用いるものまで様々だ。

 そしてその黒い髪をカッチリとしたオールバックで固めており、瞳は紫にきらめいている。


 真面目で厳しそうに見える彼だが、唯一の問題点があると言えば声が大きいことだろう。

初めて聞いたら驚きそうな大声で、その場がビリビリと揺れると思わせるほど。


「ところでアリス様、残りの三人はどちらに? 存在することは生まれ落ちてから把握しておりますが、見ておりません……」


 そう、この場にいる者はアリスを含めて四人。アリスの生み出した幹部は全部で六人で、残り三人がこの場にいないのだ。

 エンプティが不安の言葉を漏らすと、ほかの幹部二人もようやっと気付いたようで面持ちを心配そうに歪める。


「拠点を探しに行ってもらったよ」

「えっ」


 そして今四人がいるこの玉座の間は、エンプティが生成した空間の中の部屋だった。

神のうっかりなのか、仕様なのか。彼らに所謂「魔王城」なるものは与えられなかった。

 たまたまエンプティに付与させたスキル〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉でこうして凌げたから良いものの、今後ずっと彼女のスキルに依存していくかといえばそうはいかない。

もちろん幹部やアリスの部屋も十分に完備してあるし、庭園だってあったのはアリスも驚いていた。

エンプティが管理している空間だけあって、彼女が「こうであれ」と願えば即座に出来上がる。宮殿から小さな家までお手の物だ。


 だからエンプティは絶望した。自分の中に主を収めておける優越感を失うのだ。

何が至らなかったのだろう、と必死に頭を動かせど答えは出ない。

 そんなエンプティの心を察したのか、アリスが嘆息して口を開いた。

こんな風な子に作ったっけ? などと思いながら。


「エンプティの空間生成スキルは優秀だけど、勇者達に発見してもらって乗り込んでもらわなきゃいけないんだよ」

「で、ですが……!」

「私の城に入る輩は不敬だって言いたいんだろうけど、それが仕事だから。それに――」


 アリスが喋っているタイミングで、遠征に出ていた三人からの通信が入る。手頃な場所を発見したのだろう。

アリスは言葉を止めると、エンプティはあからさまに嫌そうな顔をした。

 アリスの話を切った幹部に苛つくエンプティだったが、当のアリス本人はそうではない。ちょうど拠点と残りの部下の話、彼女の目的と方針の話をしていたし、タイミングが良いと思ったのだ。

 アリスは全員に通信を回した。他六人の幹部に聞こえるように。


「折角だからみんな聞いて。私は城を手にし、勇者達に此方に来させるつもりだよ。でもね。無事に生きて返すとは言っていない。様々な方法で心を体を全てを折り歪め――殺す」


 通信先で顔の見えない幹部は分からない。だが目の前にいる三人は、アリスの決意を聞いて顔を綻ばせた。

 エンプティは恍惚とした顔で笑い、パラケルススは不気味にかつ楽しそうに笑った。ハインツは主人に更に忠誠を誓うと決めた。


「じゃあ行こうか」

「はい?」

「見に行こ」


 アリスが玉座から立ち上がると、エンプティだけでなくパラケルススとハインツも声を荒らげて抑止する。

 未知の世界に王自ら出向くというのだ。何があるか分からないし、相手の強さも分からないのに無謀なことをしようとする主を止めんとしている。


「お待ちください、アリス様! このパラケルススですらそれは間違っていると感じますぞ!」

「このマッドアルケミストに同意するのは癪だが、私もそう考えますッ! 少し考えられては如何かと!」

「幹部の二人がこう言っていることですし、アリス様が直々に出向くのはおやめ下さい……!」


 この場にいる幹部がみな口を揃えて止めてくる。アリスは大きくため息を吐きながら、ドカリと椅子に座った。

 あからさまに不機嫌になった主を見て、みなが心を痛めた。

 アリスは少し苛ついたトーンで話し出す。


「いい? まず私が勝てない相手なら、みんなも勝てないからね」


 その場がシンとなる。

それもそうだ。アリスのステータスはキャラクターメイクで一番強く設定してある。それは勿論彼女がこの化け物集団を率いるに当たって当然であった。

 だがそれであっても、主が傷つく可能性を放置しておくなぞ、部下にあるまじき行為だろう。


「じゃあ分かった。私は基本手を出さない。みんなで処理して。それならいいでしょう?」


 幹部の三人はしぶしぶ首を縦に振った。


 エンプティのスキルを取りやめ、外に出るとそこは森だった。場所もわからぬ名も知らぬ土地。

 ――彼らはこの世界にやってきてすぐにこの森へ飛ばされた。手入れもされておらず無造作に伸びている草木、鳴く鳥の声。完全な自然だった。

幹部達はアリスをこんな場所に置いたことに憤怒していたが、アリスとしては十分であった。

 これが街のど真ん中に置かれてみろ。人の姿をかたどっているが、本来の姿は人ならざる者達だ。それに性根が完全悪であるが故に、人間を見るなり殺しているかもしれない。

だから神のこの選択はベストなのだ。


「さて、少し遠いからね」


 そう言ってアリスが空中を縦に撫でると、空間がゆがみ始めた。

おどろおどろしい雰囲気が終息したと思えば、そこに二メートルほどの大きく立派な門が現れる。重々しい音を立てて、ゆっくりと門はひとりでに開く。

 中からは空――そして城が見えた。

 四人が転移の門に足を踏み入れようとした時、向こう側から覗く姿が一つ。

それに幹部らが警戒しなかったのは、彼女もアリスの部下であることを表している。


 バッチリ決めたメイクに、ふんわりカールの金髪。青い瞳。紺のブレザーの中には、ピンクのカーディガンを着込んでいて、白いプリーツスカート――学生制服によくあるスカートだ。

ニーハイソックスに厚底のローファーを履いたその姿は、所謂ギャルであった。


「きゃー! アリス様! あーしが見つけたんですよぉ!」


 門の向こうから飛びついてくる。ギャル特有のいい香りがアリスの鼻をくすぐった。

 彼女はルーシー・フェル。幹部の中で最も魔術に長けた存在だ。扱える魔術も、有する魔力量も、その威力も何から何までエキスパート。

そしてなにより、堕天使である。


 魔術と剣の世界にはそぐわない容姿に、性格、喋り方。結局世界を乱す〝異質〟となる存在だ。

だったらどれだけ好き勝手やっても、誰も文句を言わないだろう。

 それに神の話を信じるのであれば、転生して来ているのは勇者たった一人。出くわす確率は低いというもの。


「うんうん、いい子いい子。偉いね〜」

「なっ……!!! る、ルーシー! 不敬だわ、離れなさい、今すぐ!」

「へっ、うらやましーんだ、スライムオバサン。あんたも抱きつけばぁ?」

「ぐっ……」


 出来るわけないでしょ……、と小声が聞こえる。その言葉はアリスの耳にも届いていた。

別段アリスは幹部であれば誰でもこういうふうに接してくれて構わないのだ。

パラケルススは……今はまだやめて欲しいが、それでもハインツですら子供のように甘えてきても喜んで受け入れるつもりだ。

 彼らは全てアリスの趣味のとおりに作った部下達。みなかわいい我が子。むしろ敬語なんてしないで甘えてくれたって全く持って構わないのに。

だからこうして積極的にやってくるルーシーは、アリスの中で貴重であり愛すべき存在だ。


「はいはい、ルー子とっとと離れる。アリス様、失礼致しました」

「別にいいのに〜。みんなも来たいときに来てね」

「まーたご冗談を。さ、どうぞこちらへ。あれが発見した城です」


 今は平静を装って喋っているがこの娘――ベル・フェゴールは生粋のオタク女である。

ハインツが人の心を失ったアリスに対しての良心代わりであれば、この娘はオタク話のできる友人と言えよう。


 その見た目には結構アリスの趣味が現れている。勿論、着る側ではなく見る側、愛でる側なのは当然のことだ。

 黒ベースのセーラー服風ロリータ、ピンクのタイツに茶色のローファー。

目を覆うほどの前髪は所謂ぱっつん前髪というもので、きれいに真っ直ぐ切り揃えられている。その瞳が隠されているのは、隠すため。他人から――主に人間がベルを見たときに不気味な印象を与えないためだ。


「ありがとう、ベル。ところでペットは?」

「部下なら、あの城の近辺にて待機してます。周りを一周しましたが、さほどレベルの高いモンスターなども見られませんでした」


 ベルは50cmほどの巨大な二匹の蛾を部下として飼っている。名前は「トマス」と「ハリス」だ。

蛾の種類も名前も、とある作品関連からとったのは言うまでもなくアリスの趣味である。ホラーやサスペンスは彼女の大好物なのだから。

 さて、当然だが部下と形容するだけあって、戦闘能力は高い。ベルの劣っている部分である遠距離攻撃を補うための必要不可欠な存在である。

 普段は彼女の周りを飛び回っているのだ。アリスもそういう風に設定したからか、今見えない存在に心配していたのだ。

蛾もそこそこ高いレベルで設定したはずだったため、彼ら(?)を撃破されたとなると警戒が必要だからだ。


「あとドナネ――エキドナも城付近で待機してます」


 ドナネキ、と言おうとして言い直す。一応主の手前だ。変な呼び方は避けるべきだろう。


 エキドナ・ゴーゴン。巨大な白蛇を連れた妖艶な美しい、蛇女。

エンプティも大人の美しい女として設定してあるが、エキドナに関しては同じく大人の美女ではあるものの括り的には「儚げ美人」のようなものだ。

主張こそしないものの、アリス達一行の盾としてそこに存在する者。

 そう彼女は幹部の中では最硬で、所謂盾役だ。しかもそれでいて、異常なまでの再生能力と尋常ではない体力値を有する。

削っても削っても減らない体力は化け物だ。


「分かった。じゃあエキドナと合流しよう」

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