Day 16 ~ Day30, あとがき

Day 16 無月

光はなく、影もない。辺りは一面の闇。

示し導くものはない。

それでも、私は歩く。

行くべき場所があるから。

この夜を、独り歩く。



Day 17 錯覚

花屋の娘が笑いかける。酒屋の主人が冗談交じりに話す。散歩する野良猫が足元にすり寄る。落とし物の持ち主がありがとうと手を握る。

もしかしたら、私は愛されているのかもしれない。必要とされているのかもしれない。

私は、ここにいてもいいのかもしれない。


ひとりでに、笑いが漏れた。



Day 18 微睡み

後悔も、背負った罪も、今だけは忘れていたい。

深く静かな夜のなかで。

ただ淡い夢に漂っていたい。

微笑むきみの隣で。



Day 19 カクテル

バーの片隅。隣に座る女はグラスのなかの青をかき混ぜる。

ブルームーン。完全な愛。

「これのもうひとつの意味、知っている?」

手元の丸い氷が、私の代わりに応えた。

「ねえ。願いはいつも人を救うわけじゃないのよ」

叶わないものは、特にね。

飲み干す女の喉は絶望のように白い。



Day 20 地球産

「土星の衛星にはね、水があるんだって」

いつか、図鑑をめくるきみが話してくれたこと。

「だから、生き物もいるかもしれないんだよ」

ここから十数億キロ先に棲む生き物にもしも出会えたら。

「この星にあるいろんな気持ちを、分かち合えたら素敵だね」

たとえば、孤独とか。



Day 21 帰り道

もう、そんなものはない。

とっくに捨てた。

私に残っているのは、目の前に続く灰色の街路だけ。導きのない荒れ野の獣道だけ。

そして、きみと手を取って歩いたあの道だけ。


行こう。旅の終わりは近い。



Day 22 遥かな

遠くにあるほど、美しく見えるという。

生まれ育った家も。駆け巡った街も。私が遠ざけ、私から遠ざかった。

彼方の星のように、美しく、もう届かない。

きみと過ごした日々も。

届かないからこそ、私は手を伸ばす。それがどんなに歪なことであっても。



Day 23 ささくれ

晩秋の風が乾いた指に沁みる。細く剥けた皮を千切ると鋭く痛みが走り、うっすらと血が滲んだ。

生きるとは、痛みを感じること、血を流すことだと思う。包帯を巻く暇すら得られずに。

傷口を強く押さえ、どくどくと指が脈を打つのを感じる。生きようとするこの体を、ひどく憎らしく思う。



Day 24 額縁

目を閉じ、脳裏に浮かべるのは黒々とした一架の枠。描き出すのは過ぎ去った日々。目の前のようにありありと、現実の景色よりも鮮やかに。

絵画は完成した瞬間に朽ち始める。だから私は褪せない景色を描き出す。何度も何度も、繰り返し。

この絵だけは誰にも奪わせない。決して、誰にも。



Day 25 幽霊船

亡霊の話を聞いた。

この先の海辺に伝わるさまよう影の話。破れた旗にかすかに見える赤色は、かつて遠い国へ戦いに出た者たちの証だという。

心に誓った再会は呪いとなり、体を失った彼らを未だに縛り付ける。

些細な怪談話に、ひどく親密さを覚えた。



Day 26 寄り添う

荷物はほとんど売り払い、軽くなった体で歩く。ここから先は人の棲まない荒れ野だ。

道連れもなく、吹き付ける風が乾いて刺すようなのに、さびしさも悲しみも感じない。

もうすぐ。

もうすぐだ。

いつも私のそばを離れない、この温かさに会える。



Day 27 外套

古びたカーキ色。

昔は背が伸びるたび一緒に新しいものを誂えた。次々と違うものを着せては、結局お揃いと言って同じ色の一着を押し付けてくる。

それだけで幸せだった。何も望まなかった。

最後にきみが選んでくれた色を、私はずっとまとってきた。

じき、これともお別れだ。



Day 28 霜降り

進む荒野の道にも、歩く私の髪にも、うっすらと白が積もる。

秋は更けていく。時間は戻らず、やがてはすべてが白く埋め尽くされる。

その前に。

急がなければ。目的地はもう近い。



Day 29 白昼夢

ひと月。長く短い旅だった。

どこにいてもきみの姿を探していた。何を見てもきみを思い浮かべた。

目の前の景色に、いつもきみの姿を描いていた。


岬の風が強く吹きつけ、芒の群れは一斉にざわめく。

とうとう辿り着いた。

あの先端からならば、水平線は鮮やかに青く見えるだろう。



Day 30 塔

水平線は遠く、足元には虚空が満ちている。

見上げた空は冷たく透き通って雲ひとつない。

秋は息絶えた。十一月が終わる。

葉は落ち、

腕の糸輪は切れ、

返せなかった本は私の手にある。


旅が終わる。


愛しいきみ。

今、会いに行くよ。





あとがき

門から始まり塔へ至る「私」の旅はこれにて終わりです。

「きみ」に会えたのか、それは物語の外側のお話。

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#Novelber 2020 此瀬 朔真 @konosesakuma

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