ラーメン屋のおかみが日本経済を回すとき

柴田 恭太朗

落とし噺

「はァーーーッ? またキンモクセイだって?」

「そうなんです、おかみさん。今日オープンらしいです」


「フザけんじゃないよ!」

「落ち着いて、おかみさん」


「性懲りもなく、前と同じじゃないか」

「今度は漢字で金木犀キンモクセイって書きます」


「どう書こうと関係ないよッ。あたしゃ許さないからね!」

「よしてください、通りのすぐ向かいだからって殴り込みするのは」


「殴らないよ、見るだけだよ。ほら、こうしてそーっとガラス越しにのぞくだけ。なになに『ラーメン金木犀』だって? はァーッ? フザけんじゃないよ、こないだまで『餃子キンモクセイ』だったじゃないか」

「あちらさんとしても、リベンジらしいです。だからあえて同じ名前でぶつけてきたと」


「リベンジ? しゃらくさいよ。この町『紅葉町こうようちょう』にはさ、ウチの中華料理『彼岸花ひがんばな』一軒あればいいんだよ。先代の頃から町にはウチ一軒しかないだろ? ウチは天下御免の独占企業、ライバルの進出は認めないよ。それが先代が作った『彼岸花憲法』。金木犀とかいうフザけた名前の店は、この前みたいに事務所の総力あげてツブすよ?」

「おかみさん、その発言いろいろ問題含んでます」


「ふーぅ、そうかい? ちょっと落ち着いてきたよ」

「じゃあ、バイトの面接続けてもらってもいいですか」


「そうだそうだ、うっかりしてた。まだ面接の途中だったね。それじゃまずウチを選んだ理由を聞こうじゃないか」

「はい。理由は店の名前です」


「店の? 彼岸花がどうしたかい?」

「オイラね、こんな持論があるんです。花の名前がついたラーメン屋はだいたい外れがなくて、おいしい店だって」


「たとえば?」

「そうですねぇ、すみれ、桂花なんて全国展開している有名どころがありますし、その他にも曼殊沙華、チューリップ、サクラ、菜の花、卯の花、梨の花などなどなんでもござれです。皆おいしい店です」


「ふむふむ。花の名前ってだけなら向かいの店、金木犀でも良かったんじゃないのかい」

「こちらのバイト募集に応募したとき、あっちはまだ餃子屋でしたから」


「なんだいそんな理由かい。志望動機としちゃあ弱いねぇ。じゃあね、いいかい反射神経のテストをするよ。これにパスしたらウチで雇ってあげる」

「わかりました」


「これから幾つか質問するから即答するんだよ」

「はい、おかみさん」


「紅葉町で一番おいしいラーメンを出す店はどこだい?」

「ウチです。中華料理『彼岸花』です、おかみさん」


「餃子はどこだい?」

「ウチです。おかみさん」


「チャーハンッ」

「ウチですッ おかみさんッ」


「八宝菜ッ」

「ウチですッ おかみさんッ」


「レバニラッ」

「ウチですッ 軍曹ッ」


「軍曹じゃないよッ」

「やり取りがブートキャンプっぽいので、つい。すいませんでした、おかみさん」


「よぅし合格。あたしゃね、先代から続くこの小さな店を守ること、それだけがささやかな願いなんだよ。この店に何かあったら先代に顔向けできないからね」

「おかみさん、おかみさん」


「なんだい?」

「向いの店、金木犀の前に客がずらっと並んでます」


「何だって! ちょっとアンタ、走って行って見ておいで」

「はぁはぁぜぇぜぇ、見て来ました」


「ずいぶん早いね。どうだった?」

「その前に水ください、水」


「落ち着いたかい? 話を聞かせておくれよ」

「おかみさん、金木犀はラーメンに唐揚げ一個サービスで付けてます」


「はァーッ? そう来たか。このところ唐揚げが流行ってるからね。そこに目をつけたか金木犀。じゃあウチ彼岸花はラーメンにチャーハン一皿付けちゃおう」

「無難な半チャーハンじゃなくて?」


「そ」

「そ、って、おかみさん。採算面大丈夫ですか?」


「お金じゃないよ意地だよ意地。でないと先代に顔向けができないじゃないか。よよよよ」

「わかりましたから、その歌舞伎みたいな泣き方やめてください、おかみさん」


 ◇


「効果あったね。ごらん、ウチの前に行列ができてるよ」

「お腹すかした学生や若いサラリーマンに大人気ですからね」


「でも気に入らないねぇ」

「何がです? おかみさん」


金木犀あっちにも行列できてるよ。こっちの行列も若いけどムキムキの体育会系イメージ、あっちの方はこじゃれたイメージ。何が違うんだろう。アンタ、ちょっと見ておいで」

「ぜぇぜぇ、行って来ました」


「はい、水」

「Z世代を狙い撃ちしてました。SNSの口コミを利用して宣伝しているそうです」


「はァーッ? そう来たか。それならこっちはユーチューブでいくよ!」

「誰が動画の被写体になるんで?」


「誰だと思う?」

「さあ」


「彼岸花の看板 お・か・み」

「立てた人差し指を左右に振りながら一音ずつ区切るのやめましょうよ」


「あ・た・し」

「……おかみさんですかぁ」


「そ」

「そ、って大丈夫かなぁ。不安しかない」


 ◇


「これからはラーメン一本でいくよッ」

「どうしました、おかみさん」


「選択と集中だよ!」

「は?」


「不採算部門を切り捨てて、V字回復するよ」

「言ってることが急に経済小説っぽくなってきましたね。まったく意味通ってないけど」


「毎週ばっちりサンデー見てるから、経済もばっちり」

「そのガッツポーズやめてお願い。痛々しいから」


「それより先月の売り上げ明細見てごらん、ラーメンしか売れてないじゃないか」

「そりゃそうでしょ。チャーハンや餃子をタダでラーメンに付けちゃうから。他のメニューが出なくなるんですよ」


「とにかくウチはラーメンに集中してやっていくよ。なんとしてでもラーメン金木犀をぶっ潰す」

「でも他の料理を作らないと、ウチの基幹戦略である『もう一品無料でサービス』が継続できなくなります」


「だからね。ウチはラーメン一杯に町内で使える商品券をつけちゃう。ババーンと千円分」

「千円って正気ですか? ラーメンは七百円ですよ? ラーメンの値段より高いです。利益が出ないなんて可愛いレベルじゃなくて、完全に持ち出しです。日光の紅葉もみじみたいに、あたり一面真っ赤っかです」


「ところがね、なんだかユーチューブで人気でちゃってさ。そこで稼いだ利益を全部まわしちゃうよ」

「それって、ラーメン屋を辞めてユーチューバーに専念した方がよくないですか、ビジネス的には」


「何言うんだい、アンタは。バイトの分際で店の経営に口出しするのかい? この店たたんだら先代に顔向けが。よよよよォ」

「泣かないで、おかみさん。オイラが間違ってました」


 ◇


「なんかすごくない行列!?」

「三百人ぐらいいますかね。おかみさん」


「すごいね」

「すごいです」


「来たね、時代が。ついに中華料理『彼岸花』が華々しく花開くときが来たよ」

「そりゃラーメンただで食べて三百円相当もらえるなら、ヒマで腹減ってる人は来ますよ」


「おや、ループタイした初老の人が来たね」

「紅葉町商店街の会長さんです」


「で、なんて言ってた? 会長さん」

「おかみさん、自分で応対すればいいのに。会長さん、新型コロナで半死半生だった商店街に活気が出て来たって喜んでました。今世紀最高益だとか。雇用率も大幅アップ。おかみさんのおかげで、紅葉町潤ってます! だそうです。ただね、一つ相談されました」


「相談?」

ウチの前の長い行列に苦情が出始めているとか」


「仕方ないだろ、お客は経済回す原動力だもの」

「彼岸花の二号店、三号店を作れば、店前の渋滞は解消するのでは」


「やだよ」

「へ?」


「先代が作った彼岸花憲法をひもとくと、紅葉町に中華料理は一軒と決まってるんだ。いまだって二軒存在する異常事態だよ。違憲だよ。緊急事態宣言だよ。今以上に増やしてどうするのさ」

「町外に作ったらどうです?」


「そうか、あんた頭いいね。紅葉町外でフランチャイズチェーン作ろう」

「早速オーナー募ってきます」


 ◇


「フランチャイズで、ばっちり」

「そのガッツポーズやめましょう」


「彼岸花のチェーン店が日本中に広がってるよ。全国津々浦々で満開だよ」

「ユーチューバーのノウハウとラーメンをセットにしたビジネスモデルが当たりましたね」


「でも気に入らないよ」

「何がです? おかみさん」


金木犀あっちはいつになったらツブれるんだい。客は全部ウチが奪い取ったのにさ」

「どうやら『イーバーウーツ』とか『構え殿かまえでん』のデリバリーサービスを活用して、今では客が店まで足を運ぶ必要がなくなっています。さらにそれと併せて、クラウドファンディングから得た投資金で冷凍ラーメンを開発し、通販で売り出したとか。売れ行き絶好調とかで店がツブれる気配皆無です」


「はァーッ? そう来たか。それならこっちも奥の手を使うよ」

「まさかの事務所総出!?」


「違うよ、篤志家のゲル・ビーツに頼むんだよ」

「おかみさん、ゲルは篤志家ってわけじゃないですよ。それよりおかみさん英語できましたっけ」


「バカにするんじゃないよ。あたしだって小学校で習ったよ?」

「おかみさんの時代に英語教育!? ずいぶんと時代を先取りした小学校ですね」


「Hajimemashiteっと」

「おかみさん、おかみさん」


「何だい?」

「それローマ字ですね」


「そう。ヘボン式」

「いや、そうじゃなくて。それだとゲルは読めないと思います」


「ゲルほどの偉い人が小学校出てないってのかい?」

「出たと思います。アメリカでは小学校とは呼ばないでしょうけど」


「だったら、ローマ字くらい読めるだろう」

「ローマ字というか日本語というか」


「アンタ知らないのかい、すべての文字はローマに通ずるんだよ?」

「無茶言うお人だ」


「メールの結語はso soかね」

「お? なんか英語っぽいけど、草々ですか」


「それともsankyuがカッコいい?」

「なんでもいいと思います。どうせ通じないから」


 ◇


「おや、黒塗りの高級車が来たね」

「経済産業省の大臣です、おかみさん」


「お大尽!? 福の神?」

「いや大臣です」


「大臣? ちょっと待たせておきな。口裏を合わせるよっ」

「口裏って」


「アンタ何かやらかしたのかい?」

「やらかしたのは、おかみさんですよ」


「あたしゃただラーメンを三百円に値下げしただけだよ」

「そのために何かしたでしょ」


「ゲルから寄付してもらったお金を元手として、ラーメンの生産原価を引き下げるために、近隣の農家と契約して新鮮な野菜や肉類の提供を受け、食材の一括生産工場を作り、全国チェーン店への流通経路を整備し、ロジスティクス企業を起こし、太陽光発電ファームを作り、その電力で稼働する工業団地を作り、雇用者を管理する会社を作り、雇用者の住居を建てて管理したんだよ。さらには工業団地と最寄り駅を結ぶシャトルバスも運行して。それで生産工場に余力がでてきたから、カレーと牛丼とステーキとファミレスを企画し、ついでに全国フランチャイズ展開したってそれだけの話さ。それもこれも皆、この小さな町の中華料理店『彼岸花』を守るためじゃないか。激しい闘争の果てに、目の上のたんコブ『金木犀』はM&Aで吸収合併してやったよ。やったね初志貫徹で、ばっちり!」

「おかみさん、おかみさん」


「なんだい?」

「その説明的な長台詞はいいとしましょう。確かにおかみさんの働きで、冷え切っていた地域経済、いや日本の経済が回り始めたことは誰もが認める事実です。でもね、オイラひっかかるんですよ」


「どこらへんが?」

「ゲルです。大枚を寄付してくれた理由がわかりません」


「知りたい?」

「知りたいですよ」


「メールに『飢えに苦しむ人に食糧を与え、再生可能エネルギーをふんだんに活用した工場で生産した原材料を用いたラーメンで世界の人々を笑顔に』って書いたんだよ」

「町の一介の古ぼけたラーメン屋がですか。世界を笑顔にですか」


「古ぼけたは余計だよ。結果的にウソは書いてないだろ、ちょっと大風呂敷を広げただけで」

「あのローマ字メール以来、ゲルとすっかり意気投合したようですね」


「今では、ゲル、神様と呼び合う仲さ」

「神様って、もしや経営の神様という意味!? ゲルが認めるとはまさに神です、おかみさん」


「ほらメール見てごらん」

「OhKami-sama。これ、おかみさまっすね。神様じゃなくて」


「ときにアンタさ」

「はい?」


「アンタ、ラーメン屋でバイトしているのもったいないね」

「そうですか? オイラここのバイトが気に入ってますけど」


「アンタもいろいろノウハウを身に着けたんだから、なんかこう大きなビジネスに絡んで経営コンサルタントになるとか、政治家になって街づくりに尽力するとか、もっとこう自分の能力を活かす道があるんじゃないのかい?」

「おかみさんが、それを言いますか」


「どうしてさ」

「おかみさんのおかげで、日本の経済が刺激され、回り始めて何十万、何百万って数の人が救われたんですよ」


「褒めてくれるのかい? アンタいい子だね。嬉しくって涙が出るよ」

「オイラこそ、おかみさんの下で働けて幸せです」


「そうかい? あしたっから時給百円アップするよ。よよよよォ」

「たったの百円? 泣けてくらァ」


「そうだよ、最低賃金プラス百円だよ。よよよよよォ」

「今まで最低賃金だったとは衝撃の事実! 道理で給料安いはずだよ。よよよォ」


「よよよよよォ」×2


おあとがよろしいようで。

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ラーメン屋のおかみが日本経済を回すとき 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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