2F 都庁前駅連続失踪事件

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 現代人の生活圏は地上に留まらない。 

 今や地下空間はライフラインを始め、既に近代化の進んだ社会においては必要不可欠なものとなっている。

 初めから在るものを失わずに利便性を広げる事において、地上ではなく地面の中を使うというのは、最も効率的な発想であり、当然の帰結だった。

 中でも、鉄道を地面の中へという発想……地下鉄は、今や現代社会においては無くてはならない交通機関として、世界中の人々の間に浸透している。

 その有用性は、都会では地上を走るレールと同等、時にはそれ以上の重要性を持っている。

 早朝から深夜まで、子供から老人まで、皆が地上から地下空間へと足を運んでいく。

 

 ――そんな、限りなく広い閉鎖空間という相反する世界で、今月に入ってから局所的な行方不明者が何人も出た。

 

 連続失踪事件。 その当事者達の殆どが女子高生であったことは、マスコミにとっては食らいつかない理由が思い当たらないほどのスクープだった。

 駅構内には警察官が常駐し、連日のようにテレビ関係者が取材、撮影に足を運んだ。

 次はいったい何時、誰が、何処で、どうやっていなくなるのかが、不謹慎であると誰もが思っていても、それを多くの者は口にはせず、退屈な日常に飽いていた人々にとっては格好の話題提供元になっていた。


 まさしく、変わらぬ日常に介入してきた、非日常。

 人々は変わらぬ日々の対岸で催されていた火祭バレンシアりに酔っていた。


 しかし、長引くかと思われていたその事件も、唐突な失踪者発見という急展開を見せ、話題はその時を頂点にして早々に熱は冷め始めていた。

 マスコミ各社が一点の話題に執着しすぎることも無く、放送内容が次第に薄くなり始め、次のホットな話題へと移り変わっていった事も要因の一つではあった。

 だが、一番の原因は、失踪者が発見されたことによる不可視領域の鮮明化にあった。

 話題性のある事件なら、ネット、テレビ、会社、学校、家庭で様々な憶測が飛び交うのはよくある事だ。

 メディアで流れた過去の事例を持ち出しての照会など、一夜明ければまるで専門家のような語り口で学生や主婦の口から知らない人へと伝播される。

 真実が霞みの向こうにあり、不透明だからこそ、妄想を膨らませて悲劇を趣向品に転換させる。

 今も昔もその方程式は変わらず、気付けば真実などお構い無しに一人歩きし始める。

 そんな中で行方不明者が見つかった。 これまで手がかり一つなかった中での急展開。

 誰しもが予想だにしなかった事件の早期収束。

 それはすなわち、不可解を払拭させる事による熱の焼失。 霞みの向こう側を知ったことによる倦怠。

 結果、人々は不可思議という娯楽から目が覚めた。

 種明かしという満足感と引き換えに、好奇心という探究の灯は、音も光も発しないまま人々の心の中から消えていった。

 


 ――ワールドアパートは、未解、不可解を探求するSF・オカルトサイトである。


 水越季人とウィリアム・フレイザーが運営するそのホームページには、創設当初に決めた一つの戒律がある。

 実際にはそれほど堅苦しいものではないのだが、二人はその決まり事を破る事はない。

 その戒律とは、特別な理由がない限り、現在進行形の刑事事件は、例え不可解、不可思議であろうとも取り扱わないというルールだ。

 だから、彼らのサイトでは野次馬的なまとめも、飛ばし記事を書くこともしない。

 十年、二十年後、現在進行形の事件にオカルト要素が浮上したらその限りではないが、検証する題材、検証後の情報開示の有無にだけは、徹底した管理を行うことになるだろう。 

 扱うにしても、切り裂きジャックや三億円事件クラスの、既に何年も経っているのに犯人すら捕まってないというミステリーを孕んだ代物でもなければ、二人は食指すら伸びないのだ。

 ワールドアパートはただ、共有したいという思いから生まれたサイト。

 季人とウィルのSF・オカルトに対しての高揚、興奮した感覚を共感しあいたい。 未開、未知のネタをネットを通して発信たい。

 また、そんな事が好きな人達の需要に対して、情報の供給源でありたい。

 そして何より、常に自分の身を非現実性に身を置いていたい。

 その為の情報源。

 その為のサイト運営。

 その為の労力ならば、惜しむ事は決してしない。

 常人からしたら常軌を逸した奇人ともとれるほどの病的なまでの執着。

 それが、名ばかりのサイト管理人である水越季人のワールドアパート活動方針であり、自身の性分でもあった。

 だからではないが、解決しつつある都庁前駅の連続失踪事件に対しては、二人共それほどの関心は向けてはおらず、徐々に忘却の靄の内に霞みつつあった。


 あえて挙げるとするならば、その霞み掛かった時……未開へと堕ちていこうとしている瞬間こそが、水越季人にとっての失踪事件に対する戸口だったのかもしれない。

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