最終話 頑張ろう!

 逃げ帰って数日。


 帰って来てから、鞄に入れておいた履歴書が無くなっていることに気づき、青くなった。

 あんな連中が犇めいているところに忘れて来たのか……それとも奪われたのか……。


 どうしよう……


 怯えたが、数日間連中からのアプローチは無かった。


 大丈夫なのか……?


 怯えながら、自分の馬鹿さ加減を悔いた。

 こんなことになったのは、誰にもまともに相談しなかったせいだ。

 誰にも心配を掛けたくないと、親にすら打ち明けなかったせいだ。


 ようは、他人の目を気にしてるんだ。

 大した人間でも無いくせに。俺って奴は。


 もう、止めよう。

 事態を悪化させるだけの無用な見栄張りは。


 俺は、スマホを取り出して、実家の番号をコールした。

 数度の呼び出し音の後、通話が繋がる。


『もしもし須流造かい?』


 母ちゃんの声だ。


「うん……突然ゴメンね。今大丈夫?」


『大丈夫だけど……』


 怪訝そうな声。

 母ちゃんゴメン。


 心で謝りながら、俺は続けた。


「実は……ちょっと前に会社クビになった」


『ええええええ』


 驚きの声。

 そりゃそうだろう。いきなり電話されて、いきなりな告白。

 驚かないはずがない。


 だけど母ちゃんは、こう続けたんだ。


『大変だけど……人間万事塞翁が馬だよ』


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の胸に勇気が湧いて来た。


 一見良く見えることが悪い事の前兆かもしれないし、悪く見えることが良い事の前兆かもしれない。


 中国の諺だったっけ。


 俺の今回のクビも、後になったら「あのときクビになっていて良かった」と思える日が来るかもしれない。

 そうかもしれないじゃないか。


 ありがとう。

 ありがとう母ちゃん!


『だからここで潰れちゃダメだよ。きっと大丈夫だから……』


「うん、うん……分かった」


 母ちゃんと電話しながら。

 俺は泣いていた。


 心が芯からスッと軽くなった気がした。


 頑張ろう。

 俺、再就職頑張ろう!




 数か月後……


 俺は車を運転していた。

 新しい仕事。

 新しい職場。


 あれから。

 他人の目を気にすることなく、再就職活動に勤しんで。


 新しい仕事を見つけることが出来た。

 配達の仕事だ。


 この選択が良かったのか悪かったのか、今はまだ分からない。


 けれど、きっと良くなると信じて今日も頑張っている。

 俺が俺の幸運を信じないと駄目だよな。


 俺の幸運は母ちゃんが信じてくれているけど、肝心の俺が信じないと神様だって気にしてくれないだろう。


 さあ、今日も頑張ろう!

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人生に躓いたオジサンが再起するまでの話 XX @yamakawauminosuke

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