アフター

アフター


 白く濁った液体で手首が覆われている。完治までは後4時間程度だろう。まあ、今はこんな傷のことはどうでもいい。この巨大バエを倒したことが一番大事だ。ボロボロになって廃材のようにも見える鎧を着た男、キイルトースが疲れて寝転んでいる。小バエの出した粘液の上にだ。


 「こいつ、凄く頑張ってたわよ」

 「うちの主戦力だからな。当然だ」

 「….ふーん」


 三井はハエの死体から少し皮膚を切り取り、観察している。宙に飛んでいた時には湿っていた皮膚はすでに干物のようになってしまっていた。


 「この化け物が王なんだとしたら、かなり肩透かしですね」

 「二層にこいつが居たってのが重要なんだろ、こんなでかい化け物はかなり奥に行かなけりゃお目にかかれんぞ」


 実際、キイルトースの擬似血管がなければコアを掴めなかった。二層はダンジョン初心者でも普段なら楽に通れる筈だ。無数の死体はまだ日が浅い奴らだろう、不幸なもんだ。


 「おくにかいさつがあるの!」


 パトリシアが部屋の奥を指差す。そこには例の改札があった。グロテスクに飾られたこの部屋には似合わない。ダンジョンを設計したやつは相当なセンスのなさだ。


 「おっ、入り口があるじゃないか。お前らは先に進むんだろ? 俺たちはまだ企業からの依頼があるんでな。約束通りここでおしまいだ」

 「安中さん、ご協力、感謝します。あなた方のご無事と健康を祈っておきましょう」

 「なあに、同僚じゃないか。少しの駄賃は頂いたがな」


 奇妙なヘルメットを叩きながら安中が言った。こいつらも不思議なパーティだったな。先に行くとはいってもそう差は出ないだろう。またすぐに会うことになりそうだ。少し目を横に向けると、寝転んでいるキイルトースに背を乗せている目白が見えた。あれは….深くは考えないようにしよう。



 「では、私たちはキイルトースさんの回復を待ってから出発するとしましょう」

 「了解」

 「りょうかい!」


 魔法の剣、ハエ、随分と濃い探索だな。


 「お嬢ちゃん、さっきの戦いでの弓捌きは凄かったな」


 これはお世辞なんかではない。パトリシアが放った弓矢は外れたものがなく、全てが敵に突き刺さっていた。この年で大したもんだ。


 「すごいでしょ!」

 「ああ、凄い」

 「たくさんれんしゅうしたの!」


 だが、体躯が小さすぎる。三層に入ったら途中で送り返すべきだろう。三井が動くとしてもそこだ。危険に晒すことはできない。


 「おじさん、おの、もてなくなっちゃったの..?」

 「なあに、すぐ治って持てるようになるさ。今はナイフだけで持ち堪えられる」

 「わたしがそれまでたすけてあげる!」

 「なるほど、そっちが目当てか」


 かなりのアグレッシブだな、お嬢ちゃん。将来が楽しみだ。いい冒険者になるだろう。


 「頼りになるボディガードだな」

 「うん!」

 「期待してるぜ」


 俺たちの会話に反応したのか、キイルトースが体をのっそりと起こす。背中にもたれていた目白が慌てて離れた。あいつもあいつで可愛らしい奴だ。


 「….賑やかだな」

 「おはよ!」

 「本当、賑やかだ」


 目白は着ている紫色のローブを焦って揺れ動かしている。キイルトースは見ていない。


 「き、キイルトース。ほ、本当に感謝してるわ! いや、さっきまでの私の言動を後悔してるとか、そんなことじゃなくて….いや、してるけど….もっと純粋にありがとうって思ってるっていうか….」

 「そうか。感謝はこっちもしたいところだ。ナイスサポートだったぞ、目白」


 赤く火照った顔が手で隠される。こんなに感情がわかりやすいやつもそういない。ちょっと誘えばパーティに入ってきそうなくらいべた惚れだな。


 「….ぜっ、たい! また会うわ! 今度会った時には覚悟しなさいよ!」

 「ああ」

 「じゃあね! 鎧野郎!」

 「じゃあな」


 安中に連れられ、小さな魔法使いは去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

急行列車 ダンジョン行き カナンモフ @komotoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ