第45話 防具屋のお仕事⑨ ラメラーアーマー

 下半身の採寸は済んでいたのでパンツはそのまま仕立てに回すとして、


「おおお、おねえちゃん、なんでまた僕が測るのさ!?」

「そんなことわかりきってるでしょ? いいからさっさと測っちゃいなさい、胸や腰よりも楽でしょう?」


 問題はブーツのほうである。


「あん、僕ったらくすぐったいわ。変なとこ触らないで♡」

「さささ、さわってないです!! ネジュリさんこそあまり指をワニワニしないでくださいぃぃぃ!!」


 椅子に腰掛け足を組むネジュリ。

 その形の良い素足を手でさすりながら赤い顔をしているブレザ。

 足の寸法を測っているのだが、戦闘用ブーツとのことなので普段履きの靴よりもより細かくデーターを取る必要があるのだ。

 そのためまずは、ふくらはぎからつま先までの大まかな足の形を確認しているのである。


 ふにふにふにふに……。

 足を揉んで骨の歪みがないか感触で確認する。


「ん、ん、ん、ん、♡」


 くにくにくにくに。

 足首関節の曲がり方を確認。


「は、は、は、は、♡」


 くにゅくにゅくにゅくにゅ。

 指の間の柔軟性を確認。


「あん、あん、あん、あん、♡」

「へ、へんな声止めてくださいっ!!」


 たまらず抗議するベレザだが、


「あん、もう♡ 僕ちゃんの揉み方が上手だからつい声がでちゃったのよん♡」


 と、身をよじるネジュリ。

 セーラはそんな二人のやり取りを見つつ『どうする、これはアウト? セーフ?』と己の倫理と相談していたが、ブレザの表情にいやらしさが出ていなかったので『ぎりぎりセーフ』と判定し、そのやり取りを黙認することにした。

 すったもんだしつつ足形を把握する。


「ふむふむ……さすがに傭兵さんでけあって、スラリとしまった良い足首ね。でもふくらはぎの筋肉はしっかりついていて太さもあるわ。甲の高さは高めで……指は長めでやや、内側より……と、よし」


 最後に足長と足囲、足幅を測って終了する。


「……ぜいぜいぜい」


 疲れ果て、肩で息をしながら床に四つん這いになるブレザ。

 その背中を、つつつ……と足の指でなぞるネジュリ。


「うっ!?」

 と小さく反応する弟を見て。


「あ、それはアウトです」


 ぺしっとその足を叩くセーラだった。





 次の日――――。


「うん、いいじゃなぁ~~い。レザーパンツもバッチリだし、ブーツもぴったりだわぁ♪」


 姿見の前で、上機嫌にくるりと回るネジュリ。

 チャリチャリと音を鳴らしてチェインメイルが揺れる。

 肩と腰に革を貼り付け防御力を上げたそれはデザイン的にも悪くなく、上下ともにバランスが取れてカッコいいのだが、


「う、うぐぐぐぐ……」


 やっぱり鼻血を堪えているブレザがいた。


「あの~~~~……」

「ん、なあに?」


 ジト目でセーラが聞くとネジュリは悪びれもなく目をパチクリさせる。


「………………どうして下はブラジャーだけなんですか、しかも超きわどいデザインの……?」

「だってぇ~~せっかくシースルーになってるんだから、やっぱりそれを生かさなくっちゃって思ったのね? だから思い切って勝負下着つけてきちゃった、えへ♡」


 チェーンの隙間から、ほとんど下半分しか隠していない乳が透けて見えている。

 無骨なチェーンの下に薄っすらと見えるやわらかな膨らみ、そのギャップがおりなす掛け算のエロスに、純情なブレザの毛細血管は――――以下略。


「いや、べつにデザインでシースルーになってるわけじゃ……」

「というわけで行ってくるわね~~~~♪」

「いや、だからちょっと待っ」


 セーラの『ちょっと待っ』を置き去りに、うきうきと店を出ていってしまうネジュリ。 はぁ……とため息をついて頭を掻くセーラ。


 しばらく待って。

 ――――ぎぃぃぃぃぃ……と弱々しく開かれる扉。


「え~~ん、え~~ん」

「おかえりなさいネジュリさん……その様子だとまたダメだったみたいですね」


 やはりと言うか案の定、瞬殺されて戻ってきた。

 しかし今回はどこも切られてなければ壊されてもいない。

 いままでと比べれば多少は善戦したみたいだが……?


「敗因をひとつ」

 すかさずインタビューするセーラ。


「最初はね、やっぱりちょっと呆れた顔されたのね。でもネアリちゃんももう慣れてくれたのか、普通に戦ってくれそうな雰囲気にはなったのよ。で、いざ尋常に勝負ってなったら――――コレがさ」


 言って、着ているチェインメイルを脱ぎ捨てて鼻をすする。


「チクチクチクチク肌を噛んで痛いのよ~~~~!!」

「いや、素肌の上に直で着たらそりゃ噛みますよ!? だから普通は下に厚手の服とか着るんですけど、待ってって言っても聞かずに出ていっちゃうから……」


 そりゃそうよ、とばかりに肩を落とすセーラ。

 なんでこの人はどうあっても人の話を聞かないのか?


「しかもネアリちゃんってば今度は針なんか持ち出してきちゃって、それで私のことプスプスプスプス刺すのよ!! なんなのコレ!? 細い針にはなんの防御にもならないじゃない!!」


 そりゃそうさ。

 所詮は鉄輪っかの集合体なんだから針なんか持ち出されたら文字通り防御力はザルである。

 その針というのは恐らく魔術師や暗殺者がよく忍ばせている暗器の類だろう。本当なら針先に毒を仕込んでおく物で、これが本当の戦闘なら彼女は十回は死んでいる。

 そういうことも含めてキチンと説明したかったのだが、言う前に買っちゃうからこの人……。

 たぶんネアリの悪ふざけなんだろう。針で刺した肌が赤くなって、それが連なり文字が浮かび上がっている。


『バカ』と。


 その字はネジュリだけに向けられたものじゃない。

 彼女のセコンドについている自分にも向けられているものじゃないかと、セーラは少し、いや、かなりイラッとした。

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