第40話 防具屋のお仕事④ ラメラーアーマー

「それでとにかく、手合わせはするから何かちゃんとした装備を着けてきてって言われたの……いまの私には棒っ切れすら握ってやる価値はないって……うううぅ悔しい~~~~っ!!」


 はだけた下着もそのままに、布の布端を噛んで悔しがるネジュリ。

 そんな彼女に呆れ顔を向けるセーラ。


「まあ……でもそもそもネアリの強さに引かれて行ったんですから、負けて悔しがることなんて無いと思いますけど?」


 またまた血まみれになって倒れてしまった弟の首をトントンと叩き、詰め物を入れ直しつつセーラが慰めの言葉をかける。


「そこまで実力差があるなんて思わなかったのよ~~~~。でも、ますます惚れちゃったわ!! 私、頑張る!!」


 ひとり自己完結し、勝手に復活するネジュリ。


「……はぁ……まあはい……応援してます」

「と、いうわけで何かアーマー無いかしら? あ、アレがいいわね!!」


 さっそく店内を見回し、あっと指さしたのは厚手の布を何枚も重ねたクロースアーマーであった。


「ね、これどうかしら?」


 ハンガーにぶら下げてあるそれを身にあてがい、ネジュリが聞いてくる。

 聞かれたセーラは言いたいことのモロモロをとりあえず投げ捨てて、店員モードに早変わりする。


「ありがとう御座います。え~~と、それはクロースアーマーと言いまして、ほぼ布で出来た鎧ですね。心臓やみぞおちなどの急所は革で防御力を高めていますが、その最大の特徴は軽さと動きやすさ、あと手入れのしやすさですね。なので身軽さを売りに戦う盗賊やレンジャー、アーチャーなどといった職業の方には人気の商品です」


 つらつらと商品説明用の決まり文句を言い並べる。


「うん。仲間がよく装備していたから知ってるわ。ダサいから私は着たこと無いけど……でもここの所とか、いろいろカットして横乳をチラリさせる感じで改造すれば……うん、ちょっとはマシなデザインになるかもね」

「いや、ネアリ女ですからそんなことしても無駄だと思いますが……」


 この後に及んでまだ色香に頼ろうとするネジュリに呆れるが、ネジュリはチッチッチっと指を揺らし、うざい仕草をセーラに向ける。


「私の『魅力』をナメてもらっちゃ困るわね。私がが本気を出したらたとえ相手が女の子でもその視線を釘付けにして見せるわ」

 

 言って、胸をポヨンポヨンと自慢気に揺さぶって見せつけてくる。


 ……なんか趣旨が変わってきている気がするが……この手のお客さんにはあまり逆らわない方がいい。

 長年の店番経験でセーラはそう判断し、話を合わせることにする。


 それに言うだけあってこの人のスタイルは尋常じゃない。

 そこらの売れっ子踊り子よりも、出るところは出ていて凹む所は凹んでいる。

 たしかにこれじゃ女でも男とはまた別の意味で見惚れてしまうかもしれない。


 ま、ネアリに関しては想像出来ないが。


「と、いうことで早速、このクロースアーマーを仕立て直して頂戴。お金はあるんだから」


 金貨が一杯入った革袋をドンっと置くネジュリ。

 中身をザッと確認したら充分過ぎる額のコインが入っていた。

 これならいくらでも仕立て直しが出来そうだ。


「うぅ~~ん……。あれ、おねえちゃん……僕またどうしてこんなところに」

 そこでちょうどブレザが目を覚ました。


「――――ぴんっ!!」

 それを見てセーラはある企みを思いつく。


「ねぇ、ブレザ。あんたに丁度いい仕事があるのよ」

「へ? ……え、なになに……??」


 むふふふふ……と近寄る姉と、その後ろに佇むあられもない姿のネジュリを交互に見て、ブレザは嫌な予感だらけになって後ずさる。


「え……と、いい仕事って……」


 聞かれたセーラはネジュリをあらためて紹介し、


「こちらのお客様の御採寸をして上げて欲しいのよ」


 と、有無を言わさぬ笑顔でそう言った。





「え、ええ~~~~……とば、ばばばバストが82センチ……」


 豊満すぎる胸に巻き尺を思いっきり食い込ませながら、ブレザは震える声でメモリを読んだ。


「ああん、ちょっと締め付けすぎよ……もう、可愛い見た目して大胆な僕ちゃんね」


 と嬉しそうにネジュリは乳房に食い込んだ巻き尺をクイッと引っ張り返した。


「あ、あやややや!! も、も、ももうしわけごごごございません」


 茹でたタコのように真っ赤になりながら謝る弟の姿を、成長を見守る母のような視線でセーラは見ていた。


「……ちょっと、そこはちゃんと測らないと仕立てが狂っちゃうでしょ。女の子の胸は柔らかいんだからそんな力入れたらダメよ。もっとこうふわっとね、ふわっと」

「そ……そんなこと言ったって僕……僕、女の人の胸を触るのなんてはじはじはじ初めてで……」

「触ってるわけじゃないわよ?」

「いやいやいや、でででででも……」


 巻き尺の紐を通じてかなりリアルな感触が伝わってくる。これはもう触っているのと変わらない。いや、紐のおかげで弾力がより強調されて情報が濃くなっている気すらする。


「な、ななな、なんで僕がこんなこと!! おお、おねえちゃん代わってよう!!」

「だめよ、この機に女性の身体にたっぷり慣れてもらうんだから。せっかくネジュリさんもいいって言ってくれてるんだし!!」

「そうよぅ。私の体でよければ僕ちゃんの好きにしていいんだからね♡」


 すこし馬鹿だがノリの良い、しかも美人のお客さんに出会えたのだ、この際だからこの人に弟を鍛え上げてもらおう。

 これがセーラの悪巧みであった。

 ネジュリに相談したら、返事はもちろんオーケー。

 なので、ここは今後の仕事のためにブレザには試練を受けてもらうというわけだ。


「そそそそそそ、そんなこと言ったって……!?」

「ほら、いいから早く測る!! 仕事でしょ!!」


 バシンとセーラに頭を叩かれて、渋々と巻き尺を持ち直すブレザ。


「じゃじゃじゃ、じゃあもう一回……」


 プルプルと震える手でネジュリの背中から手を回し、胸を包み込むように巻き尺を通す。ネジュリのうなじから何とも芳しいフェロモンに香りが漂ってきて、まだ15歳のブレザはそれだけでひっくり返りそうになるが『これは修行これは所業これは修行これは修行』と念仏のように業務内容を繰り返すことによって、何とか冷静さを保てていた。

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