第32話 酒場のお仕事⑩ 料理本

 パキッと皮が破れて、肉汁が口中いっぱいに広がる。

 香草の爽やかな香りがその旨味をさらに倍加させ、アーロウはその美味しさの洪水に飲み込まれそうになった。


「うっっっっっっっっっっっっっっまっ!!!!」


 これ以上広げたら飛び出てしまうんじゃないかと思うほどに目を見開いて、ライカと腸詰めを交互に見回すアーロウ。

「ありがとう御座います。お口に合ってよかったですわ」


 ニコニコと笑顔を返すライカ。

 アーロウは何かを言いかけたが、それよりも食欲が勝ったのだろう、そこからは何も言わずだたモクモクとポトフを最後の一滴まで平らげた。


「――――――――…………ふぅ~~~~~~~~……美味かった……」


 しみじみと、本当にしみじみと感想を口にしたアーロウ。


「そうだろう、そうだろう。色んな街のメシを食ってきた俺でもびっくりするくらい美味かったんだ。お前ならそれこそ常識がひっくり返るくらい感動しただろうよ?」

「……ああ、感動した……参った……。たかがメシで、ここまでびっくりさせられるとは思ってなかった……」


 そしてアーロウはギギギギと顔をガイラへ向ける。


「……お前……いままで他所でこんな美味いもん食ってたわけ?」

「ここほどのじゃないけどな。けど、お前の作るメシと比べたら……どこの三流料理屋でもご馳走だぜ?」


 大真面目な顔で言うガイラ。


「……だよなぁ……」


 それに対してアーロウは自分の非を素直に認める。

 たしかに……これと比べたら自分の作っている普段の料理なんて、もはや料理というレベルを通り越して、ただの悪ふざけにしか思えない。

 いくら衛生的で安全だとはいえ、それじゃあ仲間に愛想つかされて逃げられるのも納得がいく。


 いいから食ってみれば分かるといったガイラの気持ちが今はよくわかった。


「あのさ……ええっと……?」

「ライカですわ」

「ああ、ライカさん。……もしよかったらこの料理の作りかた教えてくれないか?」

「あ、アーロウそれは」


 さっそくレシピを尋ねるアーロウに苦い顔を向けるガイラ。


「なんだよ? 作り方さえ覚えれば俺だって」


 このくらい作って見せると言いかけたアーロウに、黙ってカウンター後ろの調味料群を指差すガイラ。

 それを見たアーロウは額から汗を流す。


「……も、もしかしてあれ全部……調味料か? まさか、これだけの数……使いこなしてんのか……?」


 種類も凄いが、そのほとんどが見たこともない調味料ばかりで、使いこなすどころか、どこで手に入れたらいいかわからない物ばかりだ。 


「そうですね。……あまり使わない物もありますけど、大体は」


 シレッと答えるライカ。

 黙り込むアーロウに向かってガイラはため息を吐きつつ、彼の肩に手を置く。


「……まぁ、そういうことだよ。所詮、俺たちみたいな冒険者にはここまでの料理は再現出来ん。こんな上質な野菜や肉を持って歩くことも出来んしな。それでも、すこしでもお前の味覚がマシになればとおもって連れてきたんだ。どうだ、少しは味にもこだわってみようと思っただろう?」

「……思ったどころじゃねぇ!!」


 ガイラの言葉に、ワナワナと突っ伏して震えるアーロウ。


「……こんな……こんな美味いもの食わされて……俺はもう、いつものメシを食う気

なんてしなくなったぞ!!」

「お? そ、そうか? ……じゃあこれからのキャンプは俺がメシを作ってやってもいいぜ? 無論、ここのメシほどには作れないが、それでもお前よりはマシだと思うぜ?」


 思った以上の気持ちの変わりように、ガイラは少し面食らったが、しかしここがチャンスと調理係の交代を申し出る。

 面倒だがしばらくの間は仕方がない。

 そうやって徐々に普通の味覚と料理を覚えていってくれれば、コイツの体も少しは丈夫になるだろうし、新たな仲間も探しやすくなる。……まぁ、昼間の魔術師みたいなのはゴメンだが……。


 しかしアーロウはその提案を完全拒否する。


「……冗談じゃない。なんで俺がお前の汚い手で作ったメシを食わないといけないんだ!!」

「……なんだとこの野郎。 お前の作るメシがとても食えたもんじゃないから言ってんだろうが!!」

「ろくに手も洗わず料理しようとするお前の汗臭いメシを食うくらいなら、俺は餓死する方を選ぶぞ。……だめだ、やっぱり旅の料理は俺が作る。たとえ不味くても腹を壊すよりはマシだ!!」

「……この野郎…………」


 だめだ、せっかく美味いメシに目覚めさせてやったのに、コイツにはまだ潔癖症これが合った。


 野外遠征で風呂にも入れず、綺麗な水場に都合よく巡り会える保証も無い冒険者キャンプにおいて清潔などと言う言葉は無いに等しい。

 普段の街のメシ屋すらも警戒して入らないコイツにとって、そんなホコリまみれ汗まみれの男が作る料理なんて気持ち悪くてそりゃ食えないだろう。


 ムカつくが……その気持はわからんでもない。


 しかし、そんな軟弱なことではこの先、冒険者家業なんて続けていけないのも事実……っていうか、コイツこんなんでなぜ冒険者なんてやっている!?

 根本的な疑問にたどり着くガイラだが、単に、死んだ親父さんに憧れてこの道に進んだことも知っている。


 が、しかし、にしてもよ?

 適正無さすぎじゃね?

 もう、コイツここらで引退させて別の仕事させたほうが良いんじゃないだろうか。

 かなり本気でそう悩むガイラ。


 そこにライカののんびりとした声がかかった。


「あの~~……よろしければ、もっと簡単に作れるお料理、お教えしましょうか?」

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