第18話 魔術師のお仕事⑩ 魔法具

 ニヤニヤと笑うその男の指はお金の形を作っている。

 それを見て言わんとしている事はわかったが、なんとも情けない気持ちになってしまうデネブ。


「あ、あ、あ、あ、あ……あの、ごめんなさい……これでいいかしら」


 デネブの背に隠れながら青ざめていたマーシアが、おずおずと銀貨を差し出す。


「あ、あの……ギルド内で恐喝まがいの事をされては――――!!」


 それを見たミアが、さすがに見逃せないとばかりに注意をするが、


「おっとっと……勘弁してくれよ。俺は何も要求しちゃいないぜ? ただお詫びの形ってもんを考えなって言っただけだ。それをどう解釈するかは本人しだいだろぉ?」


 白々しく言い訳をするドイロ。

 さすが盗賊だけあって小狡い理屈は得意なようである。


「てなわけで、これは恐喝じゃない。誠意を受け取るだけの話しだ。そうだろうエセ魔術師のねぇちゃんよ」


 そう言って馬鹿にするドイロの言葉に他の三人も笑って、


「まったくだ、自分のことを棚に上げて人を馬鹿にするもんじゃねぇな。どうせ使えもしない魔法を使うとか何とか言って詐欺まがいの契約結ぼうって魂胆なんだろ?」

「最近そういう魔術師が増えて困るんだよなぁ……」

「そうそう格好だけ一人前で戦力にもならないくせに、契約料だけ持っていくやつらな。しょせん魔術師なんてどいつもこいつも見てくれだけの詐欺まがいな連中ばかりだよ!!」


 グサグサと言葉の矢がマーシアに刺さる。


「ううう……」


 しかしそれは本当の事だし、悪口を言ったのは自分の方なのだ。

 ここはお互い様ってことで、お金を払って何とか見逃してもらおう。

 そう思い、四人に銀貨一枚ずつ握らせようとした彼女だったが、


「……暇もて余してこんなとこでくすぶっとるだけのアンタらが何偉そうなこと言うとるねん?」


 デネブがいきなり男たちに食って掛かった。

 額には怒りマークがいくつも浮かんでいる。


「あ? 何だねぇちゃん、誰がくすぶってるって? もう一回言ってみるかおい」


 もう一回言うデネブ。


 その態度に場の全員が凍りついた。

 隅に陣取っている、どこの誰だかわからない冒険者が手短な花瓶を叩いた。

 ――――カァン。

 それを合図に怒涛の罵り合いが始まる。


「んだとテメェ!! 誰が暇もて余してるだ舐めてんのかゴラァァァッ!!」

「メンバー募集に誰も応募してこんから大した依頼も受けられず、しゃあないからギルドで仕事探してるフリでもしながら世間話でもしてお互いの傷舐めおうとる落ちこぼれニートどもが、そんなお前らよりもちゃんと行動しとるこの姉ちゃんのほうがよっぽど立派やっちゅうねんっ!! うちの客と魔術師を馬鹿にすんなやいてまうぞゴラァ~~~~ッ!!」

「ギルドと合コン場の区別もついてないお前らのどこが立派じゃ!! そんなエセ魔術師を詐欺呼ばわりして何が悪いっ!! しょせんお前ら魔術師なんて見てくればかり着飾ってハッタリしか脳のない大道芸人みたいなもんじゃねぇかっ!! たまに魔法が使えるやつがいるっつっても焚き火に火ぃつけたり、コップ一杯程度の飲み水出したり、目覚まし代わりの小っっっっっっっちぇ~~~~~~カミナリ落としたりするだけじゃねぇか!! そんなもん見栄え重視の頭すっからかんパーティーぐらいしか欲しがらねぇよ!! 俺たちは実力派なんだよ!! 実戦で役に立つヤツしか用はねぇんだよ、お前らなんざお呼びじゃねえんだよ!!!!」


 ベロベロベロと汚い舌を出し、ある意味正論をぶちかましてくる戦士のバイラ。

 その言われように完全に頭にきたデネブはマーシアに号令を出す。


「ねーちゃんやったれやぁっ!!」


 そしてマーシアに握らす一つの小瓶。

 それはさっきの氷の魔法水。

 もらったマーシアは条件反射ですかさずエイっとそれを四人にぶっかけた!!


「名前!! 名前叫ばんか、カッコ付かへんでっ!!」

「あ、え~~とふりーーーーずっ!???」

「なにがフリーズじゃただの水じゃねぇか何しやがんだこのアマァッ!!!!」


 憤慨する四人だったが、しだいに顔が青ざめ、体を擦りだす。


「ん、ん、ん? さ、寒い?? さむさむさむさむ????」

「なんだこれ? この水……いや油? さむさむさむさむ!????」

「苦い苦い、いや寒い寒い寒い!!!!」

「なによこれ、何をかけたの!? まさか魔法!? さむさむさむ!???」


 ガチガチを歯を鳴らし、その場で小躍りを始める四人。


「そうや、これが(も)魔法や、魔術師舐めんなや!! ほな退散するで!!」


 ケラケラ笑いながら戦士の男に一蹴り入れつつ、マーシアの手を引き逃げ出すデネブ。


「痛っつっ、この野郎!! さむさむさむさむっ!! おい、お前ら追うぞっ!!」


 蹴られたスネを擦りつつ、バイラは他の連中と供に後を負った。


「ちょっと!? デネブさん、あの連中追ってくるよ!!」

 後ろを振り返りマーシアが叫ぶ。


「どれがいい?」

 前を走るデネブはそんなマーシアにいくつかの小瓶を出してみせた。


「なにそれ!?」

「新しい魔法具や、左から目くらましの魔法、くしゃみの魔法、匂いの魔法、足を遅くする魔法、値段は各銅貨10枚にしとくで!!」


 走りながら器用に説明をするデネブ。


「この期に及んで売りつけるつもり!?」

「当然やろう? ここであんたの実力見せつけたってみい、噂が広まってあんた好みの男なんか腐るほど寄って来よるで~~!!」

「全部買うわっ!!」


 全力疾走しながら商品とお金の交換をする二人は、そのまま街の大通りへと突入していく。

 その後を凍えながら追いかける珍妙な四人の冒険者。

 彼らの姿は否が応にも通りゆく人達の注目を集めていった。

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