1-06 方針.

 レユニトを追いかけて部屋を出ると彼はもう廊下の突き当りを曲がるところだった。その後ろ姿を追いかけてやっとたどり着いたその部屋は夕陽特有の茜色に染められていた。扉を開いた先、目の前には大きなテーブルがあり、もう三人が椅子に座って待っていた。


「やっと来たか、トキ」


 席につくように手で示しながら、カルムは表情を柔らかく崩す。この人は意外と表情が豊かだ。……最も、人造人間を『人』と言えるのかは分からないが。


「ごめん、レユニトを追ってきたはずなんだけど見失って……」

「早く歩きすぎたか? 悪かったな」


 レユニトが申し訳なさそうに頭を掻く。その姿を見て、首を横に振り大丈夫だと伝えた。


「じゃあ、トキも来たし早速会議始めようよ。これからの予定を決めるんだよね?」

「ああ、そうだ。これまでの事は俺とレユ兄であらかたトキに話しておいた」

「さすがカルムだね!」


 リシャスが笑いながら手を叩く。少女らしい明るい笑い声だった。


「おい、カルムだけじゃないだろ、俺もいたからな」

「でも大部分を話したのはお兄ちゃんじゃなくてカルムなんでしょう?」

「それは、まあ……」


 苦い顔をしてレユニトが机を叩く。


「とにかく、そんな事はどうでもいい」

「そう、肝心なのはこれからだ」


 カルムは長い脚を組んだ。黒い瞳が僕達三人を見回す。


「お前ら、これから何がしたい?」

「何と言われても……」


 口を挟むと、三方向から視線が突き刺さった。少しだけ躊躇する。


「……だって、そんな抽象的な事を言われたって分からないじゃないか。まずカルムが何を考えているのか言ってもらえない事には何も言えない」


 言ってから、自分でも理屈っぽいなと思った。少し言いすぎたかもしれない。


「あの……、ごめん」

「あはははっ!」


 謝ろうとしたら、リシャスが突然笑い出した。よく見ると、レユニトとカルムも笑いを堪えているようだ。


「トキ、本当に別人みたいだな」

「そうそう。何処かの誰かさんに似てるね」

「自分で言うのもおかしいが、トキ、俺に似てきたな」

「僕、そんなに変なこと言ったかな……?」


 我慢しきれなかったのか、カルムがふき出した。おかしな事を言ったという自覚はないのだけれど。


「お前は俺を笑い殺すつもりか?」


 カルムはまだ笑い続けている。少し腹が立った。


「そこまで笑わなくてもいいじゃないか。大体、これから何をするかって話だっただろ」

「ああ、そういえばそうだったな」


 涙を拭いて、カルムは居住まいを正した。その様子を見て、レユニトがまた少し笑った。


「じゃあトキの要望があったから、もう少し具体的に話そう。俺が思いついた限りでは、俺たちには三つの道があると思う」

「三つもあるの?」


 リシャスが不安げに聞く。さっきまでの話と三つの道がどのように繋がるのか、僕にも分かっていなかった。


「三つだろうな。まぁその内の一つは『何もしない』だから気にしなくていい」


 カルムは皆に見えるように右手を出して三本の指を立てた。その内、薬指が折られる。あと二本だ。


「もう一つは『とりあえずここから逃げる』」

「逃げる? そんな必要あるか?」

「あるだろうな。今トキのメモリーは研究所にあるんだ。リシャス、お前が研究者で自分の所の人造人間が逃げたらどうする?」

「ええっ、私に聞くの?」


 リシャスは余り集中してカルムの話を聞いていなかったらしい。飛び退くように椅子から立ち上がり、目を丸くして聞き返した。


「何もそんなに驚かなくたっていいだろ。というかお前、今大事な話なのに寝ようとしてたのか?」

「だっ、大丈夫! 寝てなかったよ! ええっと、私が研究者だったら、って話だよね。そしたら……頑張ってその人造人間を探す、かな」


 カルムは満足げに頷いた。レユニトは怪訝そうに首を傾げる。


「それは、別に普通の事なんじゃないか……?」

「そう、普通の事さ。でもその普通の事をする為に、俺なら手元にあるトキのメモリーを解析する」

「あっ、そっか!」


 リシャスがぽん、と手を打った。


「ここに逃げてきた、ってことはトキのメモリーにも記録されてるからここにいたら見つかるかもしれない。そういうこと?」

「そうだ。逃げなくても助かる確率だって0ではないけれどな」


 中指が折られる。残りの指はあと一本だ。


「じゃあ、もう一つの道はどうするんだ?」


 カルムの 唇が開いて、不明瞭な言葉が囁かれる。


「え、何?」

「襲撃さ」


 口角が上がる。カルムは心底から楽しそうな笑みを浮かべていた。


「第三の道は、研究所を襲撃してメモリーも自由も取り返す」



 1-06 方針.fin.


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