1-05 トキ.

 さっきから、驚く事ばかりだ。 自分は人間ではなかった事。そして……。


 どうやら、他でもない自分自身が人を傷つけていたらしい事。


「トキ。お前自分のせいで人に迷惑かかったなんて考えるなよ。カルムも言い過ぎだ。トキは何も覚えていないんだぞ?」


 レユニトがフォローをしてくれるが、それでも自分を責めずにはいられなかった。自分が何をしたのかも知らないけれどそれがとても重大な失態だったということだけは分かる。だってカルムは腕が折れているのだ。人造人間なのだから骨折が自然に治癒することなどありえないしきっとこの怪我はカルムを苛むことになってしまう。でも、自分が記憶喪失になるだけではなく仲間にも怪我を負わせるだなんて、一体僕は何をしたんだろう。


「……そうだな。トキ、悪かった。まずは何があったかを教えないといけなかった。思慮が足りなかった」


 カルムがしおらしく頭を下げた。急変した態度に少し戸惑う。さっきまでは表情のないまま僕を睨みつけていたのに、今見るとカルムはひどく凪いだ顔をしている。今の短い時間でカルムは何を考えたのだろう。


「そんな風に言われても……。まず、何があったか教えてよ」

「何があったか……。俺たちはな、トキ。人造人間の研究施設から逃げ出してきたんだ。脱走だな。まあ個人的には脱獄と言う方が好きだけれど……」

「待って、脱走? 逃げ出してきた? どういうこと?」


 話が急すぎる。自分たちに何があったのかいよいよ分からなくなった。脱走? 自分が記憶喪失になっていることから何かしらの事件に巻き込まれていたのだろうとは予想していたが、いよいよ話が穏やかではなくなってきた。混乱して聞き返すとカルムは眉根を寄せて手をこめかみに当てた。


「分かりやすく説明するのは難しいな。要するに、お前は人造人間の研究施設で生まれたけれど、その施設は酷い環境だったから俺たちは逃げる計画を立てた。ここまでは分かるな、トキ?」

「まあ、理解はできる」

「ただ、研究所にいたのは俺たちだけじゃなかったんだ。試作段階の人造人間もいたし、モデルになる人間もいた。だから、逃げる途中に可能であればその人たちも助けようとした」

「モデルになる人間っていうのはさっきレユニトが言ってた人間のことか?」


 レユニトを見やると静かに頷いた。


「そうだ。その時研究所には研究員以外にも実験台にされていた数人の生身の人間がいたんだ。お前は勝手に飛び出して行ってその人たちを逃がそうとして研究所の職員に見つかった」

「俺たちも捕まりそうになって命からがら逃げてきた。その時、おそらくお前は職員に『今まで体験した事』が入ったメモリーカードを抜かれたんだろうな」


 レユニトの言葉をカルムが引き継ぐ。それを聞いて納得していた。


「メモリーカードか、それなら確かに記憶喪失になるのも頷けるな」

「ああ、だから一般常識は覚えていたんだろうな」

「え? カルム、それどういう事だ?」


 尋ねたのは僕ではなくレユニトだった。どうやらカルムはレユニトも知らない事を言ったらしい。


「レユ兄には前に言わなかったか? 人造人間には2つメモリーカードがセットされているんだ。一つは『今まで体験した事』が入ったもの。もう一つは『初期情報』、つまり一般常識とか生活に必要な情報が入っている。正式名称は違ったはずだが覚えていない。まあ俺には……」


 カルムは不意に不自然に口を噤んだ。それから、何事もなかったように肩を竦めた。言い間違えたのかもしれない、すぐにまた似たようなことを口にした。


「……俺たちには、そんな事関係ないけれどな。人間が自身の脳の構造を知ってもどうしようもないのと同じだ」


 それから、またしばらく誰も話さなかった。何となく空気が重苦しくて、僕はずっと下ばかり見ていた。その雰囲気は、レユニトが軽く手を叩くまで続いた。


「さあ、そろそろトキも今までの事が分かっただろうし、これからの事を話さないか」

「そうだな」


 カルムが立ち上がる。結局、カルムは僕とレユニトの腰かけているベッドには座らず、床にしゃがみこんで僕に色々と説明をしてくれていた。


「これからの予定って事になるとリシャスも呼んだ方がいいな。俺が声をかけてくるから二人は空き部屋に行っててくれ。レユ兄、トキを頼む」

「ああ」


 カルムが部屋を出ていくのを見送ってから、レユニトは深いため息を吐いた。


「ったく、面倒かけやがって……」

「レユニト、面倒って……?」


 首を振って、レユニトはこっちの話だ、とはっきりしない声で言った。その様子に僕はこれ以上余計な事を聞いてはいけないのだの悟ってそれ以上は詮索しないことにした。


「よし、じゃあ行こうか、トキ」

「レユニト……」

「どうした?」


 立ち上がりかけていたレユニトが再びベッドに座った。二人きりのうちに一つ聞いておきたいことがあった。


「カルムって、どういう人なんだ? 上手く説明できないけれどなんだか違和感があるんだ」


 自分でも理解しきれていないが、勘のようなものが彼はどこかが僕とは違うのだと告げていた。じゃあ何が違うのか、と聞かれると理論的な説明はできなかったが。


「カルムか……」


 レユニトは少し眉間に縦皺を寄せた。どこかカルムに似ている仕草だった。


「あいつは、特別なんだ。俺たちの中でも一番初めから研究施設にいた上に自分から話すことが少ないから、俺もあいつのことをよく分かっているという訳でもないがな」


 レユニトが寂しそうな顔をする。


「まあ……俺たちとあいつはつくりが違うから、そのせいかもな」

「つくりが違う……?」

「ああ。そうだ、お前は覚えていないんだよな。初めから話すとすると……。そうだな、人造人間は新しく造られた者ほど低年齢化しているんだ」

「どういうこと? 人造人間に年齢なんて関係ないじゃないか」


 疑問をぶつけると、ならそこから説明するか、なんて言いながらレユニトが頭を掻く。


「性格上、の話だよ。俺たち三人が造られた順番は俺、お前、そしてリシャスなんだ。その順番とお前がそれぞれから受けた歳の印象は一致してないか?」


 確かに一致している。レユニトは二十歳前後に見えたし、僕はおそらく十代半ばだろうと思った。リシャスは十代前半の少女のようだった。


「研究所の奴らは感情豊かな子供を造るのには時間がかかると考えた。だから、先に情緒も安定して落ち着いた大人を造ろうとした。それが俺だ」

「でも、カルムは?」


 さっきレユニトはカルムが一番初めから研究所にいたと言った。でもそれはおかしい。カルムは見た目で年齢がわかりづらかったけれど、レユニトよりは若いと思う。若い人造人間を造るのが難しいと考えていたのに、何故カルムが一番初めに造られたのだろう。


「だから、カルムは特別なんだよ。俺たちとははじめから違う」

「それってどういう……」


 もう少し追及しようとして、レユニトに片手で止められた。


「これ以上二人を待たせる訳にはいかないだろ? まあ、詳しいことは今度時間があったら話すから」


 レユニトは今度こそちゃんと立ち上がり、部屋から出て行った。どこに向かえばいいのかも知らない僕は慌ててその背中を追いかけた。



 1-05 トキ.fin.


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