4 氷結

 彼女がチョウチンアンコウに変化へんげすることにメグリもいい加減慣れてきた頃だった。


 アンコは包丁を掲げて、その日収穫した男に憎々しげに吐き捨てた。

 弾力のある、青紫がかった頭部を振り乱した。


「こいつ殺す! 魚の血と内臓の臭いスゲーしてんの、ねえ! マジどんだけウチらを殺してんだってハナシ!」


 アンコが『ウチら』と括っているのは深海魚のことだ。


 彼女が苛立っているのは、彼が魚を殺めたことでも食べたことでもない。食べ残して捨てたことだ。


 メグリは生気を失くした男に覆い被さって、アンコを押しのけた。


「……私の、弟よ!」


「えっ……」


 アンコの怒気が削がれた。

 相対するように、メグリの中で怒りが膨れ上がっていく。


「弟。板前なの」


 アンコは青紫の、なにを考えているかわからないチョウチンアンコウの顔面で立ち尽くした。


「元々人間ならわかるでしょ、寿司屋が魚棄ててるからって、それ板前一人にどうしようもないの、ねえ」


 アンコが、メグリの詰問から意識を逸らすように首を振った。それが保身を図っているように見えた。


 思わず、メグリの口からまるで自分の物ではない、ガラの悪い怒声が発せられた。


「借りモンの言葉でイキってんじゃねえよ。たかが高校生の、ガキ風情が」


 その剣幕にアンコは口を引き結んだ。


「さっさと元に戻して」


 目覚めた弟は状況を見回し、メグリの姿を認めるやいなや、「姉さんは俺を恨んでんだろ! 親父の金貸せの電話無視してた俺をっ……」と喚いた。


 メグリは俯いたまま「早く地上に連れてって」とアンコに要求した。


 アンコは、分厚い氷の奥を、無音で叩く極寒の海のように冷たい目をしていた。





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