その4

 渡された手帳には、”ある事”しか書かれていなかった。

 ある事・・・・そう、それは人の名前である。

 それもたった4人の。

 ①秋山ケンイチ。〇〇省主計第二課課長。

 ②中村マコト。東南警備保障株式会社専務。

 ③工藤タクミ。音楽出版会社社長。

 ④岡村ユカリ 日東テレビディレクター(”ニュースバラエティ9”担当”)

 そしてこの4人についてのデータが、こと細かに書き込まれてあった。


 本来ならばこいつは、依頼人・・・・つまり犬神誠太の妹である春枝に見せるべきなんだろうが、一件やまのケリがつくまで、手元に持っておこう。

 そう決心した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ”課長ならいませんよ”

 アポイントメントを取っておいたにも関わらず、課長補佐と名乗ったその若い男は、俺が提示した認可証ライセンスとバッジを胡散臭そうな目で眺めると、ぞんざいな口調で答えた。

 霞が関にある、某省庁の中央棟。

 一番最初に訪ねたのは、秋山ケンイチ。犬神の手帳の一番最初に記されていた名前である。

 彼は某省庁。(名前を出してもいいんだろうが、相手は役人だ。後がうるさい)彼はここの主計第二課で課長を勤めている。

 応対に出てくれたのは彼の直属の部下だった。

『おられない?ということは出張か何かで』

『いいえ』彼はまた面倒臭そうに言った。

『休暇です。このところ勤務が忙しかったものですからね。でもそれも明日で終わりです』

 要するに何時まで待っても無駄だから、明日以降に改めて出直してくれと、遠回しにそう言っているのだ。

『分かりました。それじゃ出直してきます』

 役人てのはこんなもんだと承知してはいたが、今更ながらにその横柄さには閉口した。

 最後に秋山課長の自宅の住所と電話番号を聞き出し、そちらに連絡をしてみると、妻と名乗る女が、

”夫は趣味の登山で、中央アルプスまで出かけて、明日まで帰ってきません”と、これまた役人に輪をかけて素っ気ない答えが返ってきただけだった。

 

 次に訪れたのは、二番目の中村マコト氏だった。

 しかしこちらも会社に行ったところ、

”今日は休んでいます”という答えが返ってきた。

『こちらでも行方を捜してるんですよ。ただ一度だけ本人から、

”もうしばらくしたら帰るから、心配しなくてもいい”という電話があったから、それほど心配はしていないんですが』

 と、やけに暢気な回答が返ってきた。

 三人目の工藤タクミ氏と、四人目の田村ユカリ氏についても同じだった。

 やはり数日前から休みを取っているが、本人から、

”予定通りに帰宅するから心配しないでくれ”という電話連絡が、家族と勤務先にあったという。

 ここまで来ると、俺の中にある、探偵としての”職業意識”みたいなものが何かを囁き始めた。

兎に角、徹底的にやるだけの事はやってみるしかないな。



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る