第6話 植物園

 そこは、旧校舎から、さほど距離の遠くない。道路をまたいだすぐそばにある。

 植物園だった。

 大型のビニールハウス内は、日光をふんだんに取り込み、外の寒さを忘れるほどに温まっていた。


 園内は、背の低い植物が多く、光が差し込む先、室内の奥の方には、しゃがんで面倒を見る老人の姿があった。


 老人は僕が近づく気配に気がつくと、水をあげていた手を止め、ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返った。


 白衣を着た老人は、そのボサボサの髪をかきながら、こちらに近づくと一言、こう言った。


「今日は、良い天気だね。植物もすくすくと育つ。君は、こういうのに関心があるのか分からないが、育つ日は一日、数センチも伸びるんだよ。そんな日は、私の気分も高揚する。」

 老人は、こちらの反応は気にもせず、べらべらと喋り始める。

 あーそれから、それから、

 こちらが聞いてもいないのに、ブツブツと次から次へと喋り始める。


「植物を育てるのは大変なんだ。植物ごとの栄養管理、適した環境づくり。色々気を使わなければならない。それから、、、」


「あ、あの」

 僕は、このご老人に聞きたいことがあったため、長尺の話を遮る。


「ん?なんだい?」

 話を遮られた老人は気分が悪かったのか、こちらをジロッっと睨む。


 そして、くんくんと鼻を嗅ぐ仕草を見せると、老人は聞きたかった言葉を発した。


「君は、彼女の知り合いか?」

 さっき、話していた口調と一点変わった声のトーンに僕は、物怖じする。



「知っているのか?」

 僕は、昨夜の彼女が心配で、続きを求める。


「知っているよ。すべて。」

 そして、一拍、ひと呼吸、間隔をあけて続きを話しだす。


「彼女、話していたよ。彼はつまらない。マニュアル人間だと。。おっと」

 僕の心拍数の上昇とともに、僕は老人の襟元に掴みかかっていた。


「彼女はどこにいる?」

 彼女の優しかった感触が記憶に浮かぶ。

 優しく包み込んでくれた記憶。

 僕を求め、彼女を求め、想いを共有し合った記憶。

 すべてが愛おしかった彼女。


 さっきからの言動。

 この老人は何か、知っている。

 もう二度と、失いたくない。


 手がかりがあるなら、それを手にしたい。



「そう、焦るな。死んでおらんさ。君みたいな雑な扱いをしていないから」

 老人はそう言い、目を細めて、僕を睨んだ。


「雑な扱い?」


 僕の胸にチクリとトゲが刺さった。

 襟をつかむ、手に力が入る。


「なにをムキになっているのか。本当のことではないのか?今まで目にしてきただろう。沢山、自殺した彼女たちの姿を。彼女たちは、ちゃんと相手をしてあげないと、病んで自ら、命を絶ってしまう。君は、生産性のない仕事に明け暮れ、忙しさで己を棚に上げ、大事なものに時間を使わなかったんだろう?」

 老人は呆れた口調で、物怖じせずに僕にそう告げる。


 老人のスローペースの物言いから、ペースが上がったことによって、少し、その迫力に怖気づいてしまった。


 しかし、緊張の糸を絶ったのは、他でもない話題の中心人物だった。




「あれ、昨日のお兄さんじゃん?」

 そこには、見知った顔つきの、昨夜、劇的な一晩を過ごした彼女がいた。


 彼女は、僕達の行っている取っ組み合いに、クスっと笑った表情で、近づいてきた。


 僕はとっさに、老人を掴んでいた手を離し、彼女に駆け寄って、怪我をしていないか確認をした。


「何、お兄さん。そんな心配そうな表情して。」

 彼女は、何事もなかったかのように、僕を見つめる。

「君のことが、心配でかけつけてきたんだ。」


「心配しなくていいよ。ここは、私の家だから」


「でも、何か原因があって、昨日飛び降りようとしていたんでしょ?」


「うん、たしかにそうだけど。お兄さんには関係ないから」

そう、あっさりと告げるとまた、どこかへ行こうとする。


 僕は、また何か、手放してしまう気がして、とっさに彼女の手を握る。


彼女は、驚いたように振り返りこう告げる。


「だから、大丈夫だって。ほんとに。これが私達の生きる理由だから。それは知ってる。ちょっと、自分という人間を知ってほしかっただけだよ」


 彼女はそう言って、老人を指差す。

老人は、僕が彼女と話しているすきに、そそくさと建物の中へ逃げ込んでいるのが見えた。



「ほら、あの人に聞けば、全部わかるよ。私が昨日取った行動の理由も全て。」

彼女は、僕を見て、ニコッと微笑む。

そして、僕は彼女の言った理由を知るために、老人の後を追った。


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