体育祭

第28話 イベント準備は楽しいけれど

 卒業試験から数週間が経ち、学校は体育祭の話題で持ちきりだった。

 華月と光輝のクラスでは、リレーの選手やクラス対抗バスケの選手を誰にするかという話が女子の間で大きなテーマとなっている。

 女子もリレーやバスケ、バレーにも出るのだが、光輝がいるかいないかの違いだ。


「ねえ、白田くんはリレーに出ないの?」

「バスケも良いと思うなぁ」

「お、俺は別に……」


 複数の女子生徒に詰め寄られ、たじたじとしている光輝が見える。どうにかして他の男子たちに話題を振りたいらしいが、その相手が女子に睨まれることを恐れて近付かないものだから埒が明かない。

 それでも委員長を務める男子が間に入り、次のホームルームで話し合おうとその場を収めてくれる。少し疲れた様子の光輝に、友也が茶々を入れに行くのが見えた。


「大丈夫、華月?」

「――え? 何が?」

「もう、ぼんやりしてるから訊いたのに」


 華月は己では気付いていなかったが、ずっと光輝を見詰めていたのだ。それも何処か憂いを帯びた寂しげな表情で、机に頬杖をついて。

 どうせ言っても否定するだろう、と歌子は指摘せずにいるのだが。歌子は、華月がどうして光輝を見ていたのかの理由を知っている。


 今初めて気付いたと華月は言うが、歌子は何度か呼び掛けていた。耳を貸さなかったのは華月だ。

 小さく微笑み、歌子は華月の背中をはたく。


「痛いっ」

「さ、次のホームルームで参加種目決めるんでしょ? 華月は何にする? わたしはね……」

「う、歌子待ってってば!」


 慌てて種目名の書かれたプリントを開く華月に、歌子は声を上げて笑う。それから、一緒に何に参加するかを相談し出した。


「……」


 華月はまさか、自分を不満げに見る目があることを知らない。

 その目は複数あり、好意的ではないのだ。


 ☾☾☾


「疲れた……」

「お疲れ様、白田くん」

「ははは。あれだけ人を集めては疲れただろ、白田」


 放課後、誰もいなくなったグラウンドの隅。倉庫の影にいたのは未だ流れる汗を拭う光輝と、タオルで彼を扇ぐ華月、そして2人を見守る京一郎という3名だ。



 先程まで、光輝は自分が参加するバスケットボールの練習をしていた。1時間前まではクラスメイトとチーム戦を行い、その後は1人でシュート練習を主に。

 今まで部活に入ったことがない光輝だが、親譲りの運動神経の良さはあったらしい。学校での授業での経験を思い出し、最初は固かった動きはやがてスムーズに変わり、パスを出し、受け、ドリブルの後にシュートを放つ。


「きゃーっ」

「おおっ」


 華月のクラスにはバスケ部経験者が3人いて、彼らを中心にチームが形作られていた。彼らに従い、皆が自分の役割を果たす。

 最初はバラバラだったチームの動きに一体感が生まれ、1つのシュートに結びつく。

 練習を始めて2時間後には、ある程度の形になっていた。


「ねえっ、白田くんもこの後親睦会に行かない?」

「ごめん。用事があるから」

「えぇーっ」


 練習後、数人の女子生徒に誘われていた光輝だが、誘いを断っていた。彼女たちは頬を膨らませつつも諦めたが、たまたま近くを通りかかった華月の足を引っかけようとした。


「……親しいからってイイ気になってんじゃねえよ。ブス」

「……」


 うまくバランスを取り転倒しなかった華月は、そんな心無い言葉を聞いて胸の奥が痛むのを感じた。すぐに歌子が駆け寄って来てくれたから泣かずに堪えたが、1人だったら涙を1粒くらいは流していたかもしれない。


 それから人の数が減り、光輝は華月と歌子が見守る前でシュート練習を開始した。チーム戦の半分のコートを使い、助走をつけて色々なシュートを試すのだ。


「白田くん、あんなにうまいのに練習するんだね」

「そうでもないぞ、黒崎。石原たちに比べりゃ、俺は全然だ」


 石原とは光輝たちのクラスのバスケ経験者で、大学でも続けたいという熱血漢の男子生徒だ。彼の他、阪本と桑子という生徒が中心となっている。

 光輝によれば、彼自身はまだ素人に毛が生えた程度だとか。もっとうまくなって、彼らの足を引っ張らないようになりたいのだと口にした。


「……わたし、小さいのかな」

「華月?」


 前向きな姿勢で体育祭に向き合おうとする光輝を目にし、華月はふとそんなことを口にした。眉間にしわを寄せた歌子は、華月の両肩を掴む。


「何言ってるの、華月。……まさか、さっき何か言われた?」

「――っ。何でもない、よ。ほら、応援しなきゃ」

「……。何かあるなら、わたしにじゃなくても良いから口に出してね? 華月は、独りで抱え込んじゃうから」

「ありがと、歌子」


 どうやら歌子には、先程耳元で囁かれた言葉は聞こえていなかったらしい。華月は内心ほっとして、作った笑みで歌子に応じた。

 決して歌子を拒絶したわけではない。歌子ではなく、自分が向き合わなければいけない気がしたのだ。だからこそ、お礼を言う声が震えたのかもしれない。


「――あの、ね」


 華月は離れて行こうとする歌子の手を掴み、小さな声で「ごめん」と呟いた。


「ごめんね、素直になれなくて。……もう少しだけ、待って」

「わかってる。それに、たぶん華月が自分の気持ちに気付かないと根本的な解決にはならないよ。――応援してるから」

「歌子が男の子だったら、絶対惚れてた」

「ふふっ、残念」


 歌子は小さく笑うと、振り向いて華月の額をデコピンした。


「いたっ」

「ふふ。……華月はその気持ちの向く先を、ちゃんと理解しないといけないよ。ってね」

「誰……」

「ふぁいとだよ、華月」


 笑みを見せた歌子はしばらく華月と共に光輝の練習を応援した後、先に帰宅してしまった。一緒に体育祭を頑張ろうと約束して。

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