第27話 タイムリミットの意味

 夜中に大声を出すわけにはいかず、京一郎は1段階下げた声で叫んだ。それでも、戸建ての家でなければ隣から壁を叩かれていただろう。


「先生、タイムリミットの意味を思い出したんですか?」

「白田、黒崎。よく聞いてくれ」


 光輝の問に頷いて応じ、京一郎は2人に近くに寄るように促した。フローリングの床に敷かれた青いラグマットの上で、3人が身を寄せ合う。

 すると京一郎は、魔王と魔力に関する重要事項を告げた。


「魔王の力─『黒龍』の魔力には使用制限がある。ある一定の期間又は回数を過ぎると、使用者を呑み込み、己の糧とされてしまうんだ」

「じゃ、じゃあ今の魔王は……」

「おそらく、『黒龍』の魔力に呑み込まれつつあるんだろう。それが完了するタイムリミットが迫っている、ということだろうね」

「そんな……」


 絶句する華月に代わり、光輝が身を乗り出した。


「なら、『器』の話は何だというんです?」

「『器』は、その『黒龍』を再び魔界が所有するために必要な魔王の座につく者──いや、ヴェイジア様は自分がその地位につきたいんだから違うな。『黒龍』を収めるための生身の体、つまりは生け贄に近い意味を持つ存在を『器』と称しているんだろうね。それを手に入れ、自在に『黒龍』の魔力を操りながら、時が来たら『器』を入れ換えて自分は魔王の地位にあり続ける。きっと、それがヴェイジア様の計画だろう」

「話は途方もないけど、確かにそれしか有り得ませんね」


 そしておそらく、考えたくもないがと光輝は華月をちらりと見る。


(ヴェイジアという魔族が『器』にと望んでいるのは、華月だ)


 魔王が持つべきだという『黒龍』の魔力を保持し、操る存在であること。更に当人の魔王の娘であること。十二分に、『黒龍』の魔力を保持する『器』としての適性を満たしている。


 光輝が危ぶむ中で、華月はまた別のことを心配していた。

 眉間にしわを寄せ、少しだけ泣きそうな顔で両手を握り締める。


「そんな……。いつか、敵になったとしても母に会うことが出来ると思っていたのに。それすらも叶わなくなるということですか?」

「間に合わなければ、今の代の魔王様は消える。そして次代へ移るか、魔王を空席にして新たな支配体系を構築するかだね」

「そう、なんですね」

「……黒崎は、魔王様に会いたいのか? 物心ついてから、一度も姿すら見たことがないだろうに」


 目をむき驚く京一郎に、華月は「変ですか?」と首を傾げた。


「一度も会ったことがないから、一生に一度でも会ってみたいんです。……先生の話を聞く限り、魔王である母は戦いを好まないようですから。この一連の戦闘が落ち着いたら、会える。ちょっとだけ、そんな夢を見ていたかったんです」


 子どもみたいですよね。そう言って苦笑する華月の瞳がわずかに潤んでいた気がして、光輝は見ていられずに目を逸らした。京一郎も見ていられなかったのは同じらしく、悲しそうに微笑む。


「僕に、人間の情というものを完全に理解する力はない。だけど、何処かで黒崎の願いが叶えば良いと思うよ」

「無理しなくて良いです。でも……ありがとうございます」


 すっかり冷たくなってしまったお茶を飲み干し、華月はふとテレビの前に置いてある時計の文字盤を見た。そして、窓の外を見る。カーテンで遮られてはいるが、わずかに暗闇が薄れて来てはいないだろうか。


「……ねえ、今何時?」

「何時って…………午前3時、か?」

「よし、解散しよう」


 緊急手段だ、と京一郎が指を鳴らす。その瞬間、華月の下に大きな幻蝶が現れた。


「わっ!?」

「黒崎、その子に乗って帰りなさい。明日……というか今日はゆっくりと休んで、また明後日の学校で会おう」

「あ、はいっ。白田くん、お邪魔しました!」

「ああ、またな」


 光輝が軽く手を挙げると、華月が嬉しそうに手を振った。

 華月の下にいた幻蝶がふわりと羽ばたき、光輝が開けた窓から音もなく出て行く。すぐにその姿は空の彼方に消え、部屋には光輝と京一郎だけが残った。


「先生、俺は危惧していることがあります」

「それは、黒崎を交えて話すべきことでしょう。今ここでは、お勧めしないな」

「……そう、ですね」


 全てを見透かされている気がして、光輝は空になったカップを3つお盆に乗せた。それを合図と取ったのか、京一郎が窓枠に手をかける。


「先生も帰りますか? 気を付け――」

「白田」

「なん、ですか?」


 突然放たれたのは、京一郎にしては真面目で真摯な声。普段からふざけているとかそういう意味ではないが、京一郎の声はいつも、何処か楽しそうに聞こえる。

 光輝は立ち止まり、振り返った。


「何故きみが黒崎をそこまで案じるのか、時が来たらゆっくりと考えてみなさい。――先生からの課題にしておこう」

「時が来たら? 課題?」

「ちなみに、提出期限はまだ未定だ」


 ふふっと笑うと、京一郎は白み始めるにはまだ早い夜空に飛び降りた。すぐさま黒い翼を広げて飛び上がると、光輝を見下ろして「では明後日」と手を振り去って行く。


「俺が、黒崎を案じる理由……?」


 ぽかんと夜空を見上げ、呟く光輝。しかしその問に応じる声があるはずもなく、秋の夜長に吹く風が、ゆっくりと朝を連れて来ようとしていた。


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