魅惑のカーマ・スートラ

僕はネパールのヒマラヤの麓の町、ポカラの空港に来た。 首都カトマンドゥからポカラまでずっと一緒だった山岳ガイドさんとはここでお別れ。


カトマンドゥからポカラへは山岳ガイドさんと一緒にバスに乗ってはるばる九時間かけてやってきた。ポカラで一泊し、ポカラから少し山を登ったところの山小屋で一泊した。山小屋から見たヒマラヤは最高によかった。豊かな気持ちになって山小屋を後にした。


そして、ポカラの街に下りてきて、昼食を食べて、ポカラ空港へ。最高にいい気分だった。


ポカラ空港で、待合の時間、この豊かな時間をさらに豊かにしようと、優雅にチャイを飲むことにした。売店で


「チャイ、プリーズ」


というと、売店のおじさんはチャイを手際よく作ってくれた。チャイを受け取って、売店のカウンターで飲んでいると、売店のおじさんが、こっちへ来いという合図をしている。なんだろうと思って向かうと、売店のカウンターの内側へのドアを開けて、僕を入れてくれた。そして、売店の奥の品物の貯蔵庫に椅子があり、そこで飲めということだった。ありがたい。僕のために、特別に場所を作ってくれたんだ。僕はそこに座ってチャイを飲んだ。


「モア、チャイ?」


と聞かれたので、正直一杯でも十分だったが、僕のために特別な場所を提供してくれた売店のおじさんのためにも、もう一杯チャイをもらうことにした。 二杯目のチャイ代を払おうとすると、売店のおじさんは、


「ノー、ノー、オーケー、オーケー」


と受け取らなかった。なんだろう、在庫処分だろうか?


「サンキュー、ベリー、マッチ」


僕はチャイを飲んだ。


「モア、チャイ?」


というので、ここまではもらっておこうと思って、三杯目のチャイをもらって飲み始めた。


売店のおじさんは、売店の陳列コーナーから何やら商品の本を持ってきて、僕に渡してきて、開いて見せた。


開いて渡された本は『カーマ・スートラ』。インド旅行の前に、ガイドブックで見た。古代インドの性愛論書。差し出されたのは現代語訳差し絵入り。いろんなくんずほぐれつの裸の男女の姿が描いてある。思わず、えっとなりながら、数ページ見てしまった。実物見られるとは思ってなかったし。


「ユー、ビーッグ?ビーッグ?」


すると、売店のおじさんは、背後から僕の股間をまさぐり出した。大きくなってるか?ってことらしい。この本のことを事前に知っておいてよかった。これは崇高な古典。エロ本と思ってうっかり大きくなっていたらとんでもなく恥ずかしいところだった。まあ、それでも大きくなりかけてたけど、すんでのところで助かった。いや、安心してる場合じゃない。売店のおじさんは背後からまだ、僕のことを、股間をまさぐっている。


「オー、ユーアーグッドボウイ、グッドボウイ、アッハッハッハッハー!」


売店のおじさんは背後から股間をはじめ、体中を攻めてきた。グッドボウイ?なんということだ。僕とは趣味が異なる人に迫られている!僕は椅子に座って、背後からがっちり固められて動けない。股間をまさぐられ、胸に手を入れられ、後ろからキスをしようとしてきた。いや、頬にキスはされた。 


「ユーアーグッドボウイ、グッドボウイ、アッハッハッハッハー」


この人とは性的志向が違うのに迫られている。どうすればいい?この状態。動けない。次々攻められてくる。僕は、


「ウェイト、ウェイト、チャイ、チャイ!」


この行為には同意しているが、チャイが飲みたい、という旨に聞こえる言い訳をして、一旦股間をまさぐって、攻めてくるのをやめてもらった。売店のおじさんは一旦、攻撃をやめた。僕は、


「チャイ、チャイ、オー、グッドチャイ。」


チャイを持って、飲むそぶりを見せながら・・・・一瞬の判断。チャイを持ったまま、一目散にダッシュした。 走って売店のカウンターの内側、周りの人から見えるゾーンまで来た。これで助かった。カウンターの下のくぐり戸を通って、売店ソーンからも出た。売店のおじさんはここまでは追ってこなかった。危機一髪、助かった。 こうなるとチャイ代は払った方がいいのかな。いや、いろいろされたしお互い様だろう。


ほどなく僕は、飛行機に乗った。 飛行機は小さく、満員で、すごく上下に揺れた。隣の席の若い女性が、揺れが相当怖かったらしく、反射的に他人の僕の手を握ってきてなかなか離さなかった。嬉しかった。あ。よかった。あんな目にあったが、反動で性的好みが変わったりはしてないや。そう思いながら、ネパールの独特の女性の香しい匂いと、手の温もりとを感じながら、すごく上下に揺れながら一人ひっそり癒された。

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