四都物語

学生時代のとある冬の日、まだ、携帯電話を持っていなかったころの話。


駅のホームで寒さに目が覚ましました。僕はベンチに座っていました。午前一時でした。記憶を辿りながらゆっくり立ち上がりました。 そうだった。僕は京都で友達と飲んで飲みすぎて、やっとのことで京都駅からJRに乗ったのだった。確か友達は、べろんべろんの僕を抱えながら、


「この電車は大阪駅止まりだから、大阪駅でちゃんと神戸方面行きに乗り換えろよ。じゃあな。」  


と言って、見送ってくれたのだった。ところでここは、なんだかなじみのない駅だから、家の最寄りの六甲道駅じゃないな。なんだかたくさんホームがあるから大阪駅だな。眠り込んで乗り換え損ねたんだ。とにかく、もう電車はないから駅を出ないといけないや。改札口にのそのそと向かい、意識朦朧のまま出ると、道の向こうに大きなお城が見えました。今夜は大阪でどうにかしなきゃいけないなあ。しかし、ホテルに泊まるようなお金の持ち合わせもない。寒い。野宿もできないなあ。深夜で悪いけど電話で神戸の友達に迎えにきてもらおう。電話番号を覚えている友達を思い浮かべ、公衆電話を探して、電話を掛けました。財布の中には百数十円しかありませんでした。何人かに電話を掛けたのですが、いないのか寝ているのか、留守番電話でした。公衆電話の中に次々と十円が吸い込まれていきました。このままでは野宿になって、凍死してしまうという危機感が募ってきました。そんな中、やっと一人、電話をとってくれました。


「もしもし。」

「もしもし。」

「あ、僕だけど、ごめん、深夜で悪いんだけど、迎えにきてくれないかなあ。」

「どこ?」

「大阪。遠いよね。ごめんね。神戸から三十キロぐらいはあるよね。」

「大阪って言っても広いじゃん。どこよ?」 「ごめん。分からん。目印もなんて伝えたらいいのか分からない。とにかく、大阪城の外側にいるようにしとくからぐるっと回ってみてよ。」

「・・・分かった。じゃあ、今から行くから。一時間ぐらいはかかると思う。」


友達は酔っ払っている僕に呆れた様子でした。まだ、携帯電話がそんなに普及していないころでした。そんな大雑把な伝え方だけでは探すのに苦労するのは目に見えていたのですが、酔っ払いからこれ以上詳細は聞けないと思ったようでした。 本当にぐでんぐでんで頭も回らない、足取りもおぼつかないていたらくでした。とにかく、とても寒いので、まずは、城周辺で友達が探しやすい、目に付きやすい場所を見つけておいて、そのあとどこか近くにコンビニエンスストアがあれば、友達が来そうな時間のちょっと前までそこで暖を取っておこうと思いました。ゆっくりとお城に向かって歩き始めました。 べろんべろんではあったものの、朦朧とした意識の中で、友達に多大なる迷惑を掛けている自分を反省していました。一生懸命、急いでいるつもりですが、ゆっくりゆっくり歩きました。ああ、まさかこんな夜遅く大阪城に行くことになろうとは。しかも、目印もろくに伝えきれなかった。友達、僕を探すのに苦労するだろうなあ。大阪城って広いし。以前行ったときも迷いそうになったし。だいぶ前だよなあ。確かあの時は大阪駅から環状線に乗り換えて大阪城公園駅で降りてそれから・・・


ん? はっとしました。朦朧とした意識が少しずつ覚め始めました。大阪城は大阪駅からは見えないはずでした。城に向かって歩いていた僕は立ち止まって、駅の方を振り返りました。駅名がはっきりと表示されていました。『JR姫路駅』とありました。


酔いが一気に覚めました。僕は大阪駅でちゃんと乗り換えていたのですが、乗り換えた電車を乗り過ごしていたのでした。朦朧とした意識の中で改札を抜けるとき、駅員さんに声を掛けられて何か財布を取り出してお金を出した感触を思い出しました。無意識にやりとりをして、追加料金を払っていたのでした。どおりで財布の残金も少ないのでした。慌てて公衆電話に走り、友達の家に電話を掛けました。すでに留守番電話でした。受話器を置きました。またひとつ、十円玉が公衆電話に吸い込まれました。酔いが覚めた割には意味のない行動なのですが、もう一度、最後の百円玉で電話を掛けました。 もちろん留守番電話でした。発信音の後に、


「姫路だったーっ!」


と叫んで、受話器を置きました。最後の百円玉が、公衆電話の中にチャリンと音を立てて 入っていきました。後日、それまでの人生で例のないほど謝りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る