夢の中では

阪神・淡路大震災のすごさについて僕の文章ではとても表現できないので書きません。ただ、当時神戸に在学中だった僕のことについて言えば、住んでいたアパートはどうにか地震に耐えられたもののそれなりに傷みが激しかったらしく、大家さんがこれを機に大掛かりな修繕をすることにしたため住人全員が退去することになり、結局は住む場所を失いました。


不動産屋を回ってもなかなかアパートは見つからず、どうしようか困っていたところ、僕の一番親しかった大学の友人山本が、三月になって学生用アパートが空くまでの約二ヶ月間、幸い無傷だった自分のワンルームマンションの部屋に居たらどうだというとてもありがたい申し出をしてくれたので、お言葉に甘えさせてもらうことにしました。


六畳の部屋を無理やり詰めてもらい、そこに一・五キロ離れた僕のアパートから何度も歩いて往復して自分の物を運び込みましたが搬入も整理も一日では終わらず、とりあえずその日の作業は途中で終えることにしました。


「とりあえず今日は仕方ないから俺のベッドで一緒に寝るとして、もうちょっと整理したら床に人一人寝転がれる隙間ができそうだから、明日からそこに布団敷いて寝るようにしてね。えらい狭いけど、いい?」

「いや、そんな。寝られれば十分だよ。」

「あとひとつお願いなんだけど・・・」

「何?」

「俺の彼女がうちに遊びに来るときは、あらかじめ言うから、そのときはどこか他の友達のところに行っといてもらってもいい?」

「あ、いいよ。そりゃそうだよね。分かった。悪いね、せっかく彼女来ても部屋足の踏み場もないよね。」


本来、男同士同じひとつのベッドで寝るというのは普通ではないことですが、街全体が普通ではない状態だったので、そのときはまるで普通のことのようにひとつの布団に入りました。しばらく二人で仰向けに寝た状態でしゃべっていたのですが、やがて左の山本が先に眠りに落ちていきました。右の僕もそのうち眠ってしまっていました。


不思議な感覚に目が覚めました。一体これは何なんだと思いました。なぜか僕の胸が他人の手により揉まれていました。街の明るさはまだほとんどないため照明を落とした部屋はまさに真っ暗だったのですが、やがて目が慣れてきて全貌が明らかになりました。


山本が僕のほうに寝返りを打って、左手で仰向けに寝ている僕の右の胸を揉んでいました。全貌は明らかになったものの、一体どういうことなのか、どうしていいのか分からず、胸を揉まれたまましばらく戸惑っていたのですが、


やっとどういうことなのか理解できました。山本と僕が今寝ている位置関係は、山本と彼女が一緒に寝るときの位置関係と同じだったため、山本は無意識にいつもの行動をしているのでした。焦りましたが、しかしここから何かしら始まるわけではなく、ただ、ただ胸を揉んでいるようで、こうすることによって落ち着いて寝ることができているようでした。内心ホッとしました。しかしホッとしている場合ではありませんでした。どうにかしないとこっちは落ち着いて眠れません。ましてや決して気持ちいいことではありませんし、やめさせなければと思い、僕は山本の体をポンポンと叩いて名前を呼び、起こそうとしました。しかし、困ったことに山本は全く目を覚ましませんでした。仕方がないので両手で山本の左手を掴んで持ち上げ、ゆっくりと体側にその手を戻し、気をつけの姿勢にしてあげました。これでよしとホッとしたのも束の間、山本はまた左手を僕の胸のところに持っていき、胸を揉み始めました。しかも今度は山本の表情は寝ながらうすらにったら笑っていました。どうやら位置関係どころか、胸を揉まれたことに対する行動まで、彼女と同じことをして夢の中で燃え上がらせてしまったようでした。


僕は焦ってもう一度両手で、揉んでいる山本の左手を気をつけに戻して、素早く山本に背中を向けて寝返りを打ちました。しかしやはり戻ってきた山本の左手は諦めず、特段慌てた様子もなく僕の体を辿りながら今度は背中を向けている僕の左胸を襲ってきました。拒否されることに慣れているようでした。これもいつものことなのか、と思いました。しかも今度は探りさぐり揉んでくるのでおとなしく揉まれているよりよっぽどこちらとしては落ち着きませんでした。背中を向けているので山本の表情は見えませんでしたが、なんだか嬉しそうにも思える寝息が聞こえました。


仕方がないのでとりあえず仰向けに戻り、基本通りに山本の左手に僕の右胸を一旦揉ませてから、もう一度左手を気をつけの状態に戻し、今度は勢いよくクルッと百八十度体勢を変えて一気にうつ伏せになりました。これなら胸は揉まれようがありません。慌てていたので気が付きませんでしたが、よく考えれば、さっきの背中を向けた寝返りの状態からそのままこの体勢に移行すればわざわざ一旦揉ませる必要はなかったとあとになって気付きました。


そんなことを考えているうちにやはり戻ってきた山本の左手は僕の背中をうろうろし、やがてどうやらここは背中だということに気付いたらしく、散々迷ったあと、今度は僕の右尻に居場所を見つけました。右尻をむんずと掴まれて堪り兼ねた僕はうつ伏せのまま左手でぎこちなくその手の甲をピシッと叩きました。山本の寝息がプシューッと漏れ、もう一度にたっと笑った後、今度は僕の肩に手を掛けてきて、そこで止まりました。どんな対策をとってもいつものことのように手慣れた感じで無意識に楽しそうに次、さらに次と攻めてくるようで、この際肩を抱かれるぐらいならいいやと思って僕は妥協してもうこのまま寝ることにしました。


決して太っているわけではない、そして男性である僕の胸は、はたして山本にとっていつものようなものだったのだろうかとか余計なことを考えながら寝ました。


あれからかなり経ちましたが、遠く離れても相変わらず山本とは仲良しですが、 あの夜のことはなんとなくまだ言っていません。

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