絶叫の岬

「早っ、もう脱いでるっ!」


すでに僕はすっぽんぽんでした。ちょっとしたひと笑いがありました。


松ヶ枝埠頭のファミリーレストランの駐車場で同僚の二人と待ち合わせ、三人でのツーリングに出発しました。ツーリングというものはだいたい山のてっぺんだとか、岬だとか、これ以上進めない、戻るしかないところが目的地になります。そういうわけで今回のツーリングも、西は野母崎半島の先端を目指すことにしました。さらに、旅にアクセントをつけるために、途中にある温泉でお風呂に入り、しばし旅の疲れを癒すこととしました。


温泉に着きました。さて、そこの券売機で、僕はさっさと入場券を買うことが出来たのですが、後の二人は一万円札しかなかったのか、貸しタオルも頼もうかとか迷っていたのか分かりませんが、券を買うのにちょっと時間がかかりそうでした。もちろん最初は二人が買い終えるのを待っておこうと思ったのですが、二人が脱衣室に入ってきたときに、僕が既にすっぽんぽんだったら絶対ウケる。ふとそうひらめいて先に脱衣室に突入しました。


僕は基本的には、肌その他の体の部分の過度なまたは全部の露出をして笑いを取る手法は大嫌いですが、ここは脱衣場であり、脱いで当たり前です。いずれ二人もも平等に裸になるわけです。ですから、全部露出しますが決して過度な露出ではありません。というわけで、僕が今からしようと考えていることは、脱衣場で脱ぐという当然の行為を行う頃合いの工夫のみで笑いを取る行動であり、僕自身の主義主張になんら反するものではありません。よって問題なし。


券売機から脱衣場までの小走り五秒間で自分がしようとしていることに対する気持ちの整理をつけ、早速作戦に着手しました。後の二人が券を買うのに時間がかかりそうとはいえ、せいぜいほんの三十秒程度でしょう。それまでに絶対すっぽんぽんにならなくては。僕は所要時間を最短にするために、ロッカーを選んでから脱ぐのではなく、大急ぎで脱ぎながらロッカーを見回してどれにしようか選びました。


あのロッカーにしようと決めたとき、つい気持ちが逸りロッカーに向かおうとしてしまい、脱ぎかけのズボンでつんのめりそうになりながら、急いで気を取り直してしっかり脱いでから荷物と脱ぎ散らかしの服をロッカーにあわててぶち込み、タオルを持って、何食わぬ顔をつくった瞬間、二人が脱衣場に現れました。予想通りウケました。


「じゃ、お先に。」


ひと笑い取れた僕は、やっと脱ぎ始めた二人をよそに、満足して浴場に入っていきました。 まずはサウナに入ることにしました。僕はサウナがあまり得意ではないのですが、後の二人もまずサウナに入るって言っていたし、その日の晩は当然お酒を飲むわけで、ビールがおいしくなるようにちょっと汗をかくのもいいかなと思って軽い気持ちでサウナに入り、二人が来るのを待ちました。 しかし、なかなか二人はサウナに現れませんでした。まあ、当たり前のことですが、僕と違ってゆっくり脱いでいるのでしょう。


熱気を浴びてもう数分たち、かなり体が熱くなってきました。まだかなまだかなとサウナのガラス窓越しに外の浴室をじっと見て待っていました。 熱さは僕が我慢できる限界になってきました。よく考えてみると、何故サウナから外に熱い視線を送りながら待たなければいけないのだろうか、別にお風呂ぐらい個人個人で好きなように入ればいいではないか。そう考え直し、我慢するのをやめてサウナから出ることにしました。しかし、体が火照って火照って仕方がないので、サウナのガラス窓越しに見えていた、隣の水風呂に挑戦することにしました。 勇気を出して水風呂に入りました。意外に気持ちいいものだと実感している僕の前を、今さら二人が通ってサウナに入っていきました。


さっきはお風呂ぐらい個人個人好きなように入ればいいと心の中で言ったばかりだったのですが、なんだか二人行動を見て、ちょっと寂しい気持ちになりました。水風呂で火照った体が十分冷めたらもう一回、二人のいるサウナに入ってかまってもらおうと思いました。 サウナの熱気に耐えられるぐらい体が冷めてきたので、水風呂を出てサウナに向かおうとしたそのとき、今度はちょうどサウナから二人が出てきました。また行き違いです。


これじゃあ僕サウナ入る意味ないじゃん!そう思いましたが、しかしもう僕はサウナに入ろうとしているわけで、二人が出てきたからやっぱり入らないってそんなまるで寂しがりやみたいな行動は取りたくないし、二人と入れ替わりにそのままサウナに入りました。 今度は二人は水風呂に入っていました。ガラス窓越しに隣の水風呂で楽しそうに話をしている二人を見ながら、サウナで一人僕はまた寂しくなってしまいました。しかし、水風呂で体は芯から冷え切っていて、今すぐ水風呂に行くわけにも行かない。でも、かまってほしい。


そのときまたひらめきました。ガラス窓の方に寄り、ガラスを触ってみました。確かに熱いけど数秒間は大丈夫。よし、ガラス窓に自分の顔を押し付けて、窓の反対側の二人を笑わせてやろう。早速僕はガラス窓の前に膝をついて、顔を押し付けやすくするため体制を工夫して、なるべく面白くなるように顔をやや傾けて押し付けようとしました。そのとき突然体の中心に燃えるような熱さが走りました。


「熱(あつ)っ!」


叫び声を上げたつもりでしたが、声になっていなかったようです。あまりの熱さに反射的に後ろに素早く飛び退きました。すっぽんぽんで素早いというのは滑稽でした。 何が起きたのかしばらく分かりませんでした。痛みの正体を分析してやっと分かったのは、僕が顔を押し付けようとしたときに、体の別の部分、顔や手よりよっぽど敏感な部分が先に熱いガラスに付いてしまい、火傷したということでした。僕の声にならない叫びやサウナ室内での騒ぎにはまったく気づかず、二人は水風呂で楽しそうに笑顔で話を続けていました。


二人が水風呂から上がった後、もう一回僕は水風呂に入りました。入るしかありませんでした。水風呂ってヒリヒリするけど本当に気持ちいいものだなとあらためて思いました。


その日はヒリヒリする体の中心をこっそりかばいながら、対外的には何もなかったかのようにバイクに跨り、行程を終えました。

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