迷惑かけない患者

突然原因不明の頭痛と腹痛と嘔吐に襲われたため、学校を休んで病院に行きました。


当時の僕は一人では学校と駄菓子屋以外のところに行ったことがほとんどない、世間ずれしていない高校二年生でした。


受付の人に呼ばれて診察券を作ったり、保険証を提出したりだけでもおろおろするような、それはとてもとてもウブで、今思い出せば自分で自分を抱きしめてあげたいぐらい可愛いものでした。


診断は最初は問診から、続いて聴診器、脈拍など、仰々しく行われました。どこら辺が痛むのという問いかけに一生懸命指でここら辺がなんか痛いとしか答えきれませんでした。医者も痛みの具合について、キリキリ痛むの?ジンジン?ジワッと?等と一生懸命こちらの様子を知ろうとするのですが、言われてみればどの痛みも当てはまるようで当てはまらないような感じで何とも答えようがありませんでした。


結局いろんなやりとりや診断をして、医者としてもあたりがついたのか、それともあたりをつけるために新たな診断で症状を見ないといけないということなのか、いずれにしても、お尻を見てみようということになりました。その病院は内科・肛門科と書いてあるところだったため、ひょっとするとただ、ただ、医者が自分の得意分野に僕の診断を引っ張り込んだだけだったりしたのかもしれません。なにはともあれ、親に連れられて病院や歯医者に行ったことぐらいしかなかったのに、一人で病院に行ったうえにそんなことまでするような展開になりドキドキしました。


「では隣の診察室へ連れて行ってあげて。」


医者が若い女性の看護士さん二人にそう言って、ぼくはそれに従って隣の部屋に行きました。そこにはお尻を見るための仕組みになっているのが分かる診察台がありました。とりあえずはズボンまでを脱いで診察台のわきのいすに座っておくようにと言われました。しばらくすると医者がその部屋に入ってきました。


「じゃ、始めようか。」


その言葉を受けて、看護士さんが言いました。


「では、まずパンツをおろしてから診察台に乗っていただけますか。」


その言葉を聞いてから古今まれに見る頭の回転で、わずか一秒弱の間に以下のことを考えました。


―人前はおろか、若い女性の前であまり脱ぐという行為は基本的にはしたくない、しかし医者が言っているんだから脱いで見せないといけない、『えーっ』とか言ってとりあえずいやがり、わざとらしく照れて少しずついやそうに脱げばこちらの恥ずかしさは多少は紛れるが、一人で病院に行くようになった高校生としてはたしてそれでいいのだろうか。向こうはこれが仕事だからいくら看護士さんが若い女性と言ってももう慣れているはず。そう考えると患者が脱ぐのをためらうのは向こうにとってよくある鬱陶しい光景なのかもしれない。むしろためらわずスカッと脱ぐのが向こうにとって無駄な時間がなくて気持ちいいことかもしれない、いや間違いなくそうだ。自分は病院を困らせるような困った患者側ではなく、むしろ迷惑掛けない患者側にいたい。 よし、ためらわず脱ぐぞ。


「はい、分かりました。」


会話のテンポとしては全く止まった感じのしないタイミングで返事をし、しかも躊躇したそぶりを全く見せずにパンツを膝下まで一気におろしました。僕がいい患者側になった瞬間でした。脱いでいるくせに自分の瞬時の判断力と行動力にいたく満足でした。 それを見て看護士さんが困った感じで言いました。


「あのぅー、お尻が見られれば十分なので、前の方は見せないでいいんですけど。」

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