記憶
目を開けると雲一つない、青空が一面に広がっていた。
俺は目を擦りながら上体を起こす。
伸びをして、辺りを見渡す。
俺の頭には?が浮かんだ。
ここは一体どこだ?
そう、俺は今自分が置かれている状況を理解できていなかった。
頭がぼーっとする。
昨日の事が思い出せない。
いや、昨日に限ったことではない。
自分の名前は?
自分の歳は?
自分の家は?
何も思い出せなかった。
安直な感想で申し訳ないが、記憶喪失というものだろうか?
ドラマや物語でしか見た事がなかった現象にまさか自分が成るなんて、と驚く。
ただ唯一の救いは、自分に関しての記憶はすっかり無いが、一般教養などはそのままあるようだった。
そして、さらに驚くことに俺は全裸であった。
誤解を招かない様に言っておくが、裸族なんて趣味は無い……とは、記憶が無いので否定は出来なかった。
なにか思い出そうと頭の中で記憶の検索を行う。
しかし、何か記憶を手繰り寄せようとするとズキズキと頭が痛み、二日酔いの様な感覚に襲われる。
俺は、まぁそのうち記憶を取り戻すだろうと呑気に捉え今の状況について考えることにした。
まず外にいるのだ。
外で寝ていた。
俺には外で寝るなんて趣味は……無いはずだ。
そして、不幸中の幸いとでも言うべか、頭上は雲一つない晴天だった。そして目の前には海が広がっている磯の香りが鼻を刺激する。そして極め付けは、背後に木々が生い茂るジャングルがあった。
なるほど、島にいる様だ。
俺の今置かれている状況を整理すると、何故か記憶を失い謎の島に流れ着いた。
俺はそんな事を考えながら、記憶が無く謎の島に辿り着いたにも関わらずこれだけ落ち着いている自分に我ながら驚く。
そして、この先について考える。
この場から動いて良いものか?
遭難した際はその場から動かないのが鉄則だと聞く。救助が来るのを待つ。それに尽きるらしい。
けれど、どうやら俺は記憶を失う前は大胆な性格だったのだろうか、俺は鬱蒼と生い茂るジャングルへと足を踏み入れた。
人工物の類は一切ない。
裸足の足に土の感触が伝わる。
ヒヤリと冷たく、しっとりとしている。
木の枝や、石を踏むと痛いのでなるべく避ける様に進んで行く。
だいぶ奥の方までやって来た。
頭上では鳥が鳴いている。
ジャングルの中には沢山の動物がいた。
木の上では猿が木のみを取って食べていたり、野ウサギが目の前を駆けて行き、鹿や猪と遭遇することもあった。見た事のない動物も何度も見た。自分が住んでいる国にはいない様な動物もいたから、ここはもしかしたら外国なんてこともあるのだろうか。
俺は木の実に齧り付く。
さっき見た猿が食べていたのと同じ物だ。
猿が食べられるのだ、人間が食べても大丈夫だろう。木の実はみずみずしく、甘くあっという間に食べ切ってしまった。
とりあえず、体に異常はなくこれで食料は大丈夫だろうと安心する。
後は寝床だろうか。どのくらいで救助が来るか分からない。いや、そもそも救助なんて来るのだろうか?分からないからこそ、長期戦を覚悟に寝床を作らなければいけないと考えた。
寝床を作ろうと辺りを見渡すと、ちょうど良いところに洞窟があった。中は薄暗く薄らと冷たかった。とりあえずは、ここを拠点にすればいいだろう。そう考えていた矢先のことだった。
洞窟の奥がやたらと、生臭いというか、獣臭い様な動物の匂いで満ちていることに気づく。
俺は、恐る恐る洞窟の奥へと進んでいくと、足で何かを蹴る感触があった。
蹴ったそれは、グシャッという音と共に少し先をコロコロと転がった。
洞窟の内部は光が届かず、俺は自分が蹴った物が何だったのかよく分かっていない。
辺りには俺が蹴った物と同じような物がちらほら転がっていたので、とりあえずそれを一つ拾い上げ、洞窟の入り口へと向かった。
「卵?」
光が差した所で俺が手にしていた物が何かの卵であることが分かった。しかし、その卵は俺の知る卵ではなかった。
サイズがやけに大きかった。
鶏の卵と比べると五倍はあるのではないだろうか。
俺はこの卵一個で普段の五個分の目玉焼きが食べられると、馬鹿なことを考えていた。本当に考えるべきは他にあるというのに……そう、俺は、この卵が一体なんの生き物の卵なのか考えていなかったのだ。
そんな折である。
目の前に得体の知れない生き物が現れた。
どこからその生物がやってきたのかは、分からない。一つ分かるのは大きなトカゲだった。
……大きなトカゲと表現したがそれは間違いだとすぐ気づく。
目の前のそれは恐竜だった。
俺には恐竜の知識が豊富にあるわけではないため一体なんという名前かは分からないが、その見た目から直ぐに肉食のそれであることが分かった。
なんで、恐竜が現代に?なんて呑気な事を考えられる訳もなく、俺は走った。逃げなければ。俺の本能が告げている。
木々をかき分け必死になって走った。
裸足の足が痛い。
しかし、そんなこと気にならないくらい必死になって走った。
後ろを振り返ればすぐそこに死があるのだ。
不運なことに足に木の枝が刺さった。
あまりの痛さに悶絶する。
後ろからは涎を垂らした食欲の権化が迫っていた。
終わった。
もう走る事は出来ない。
俺はあの大きな爬虫類に喰われる。
こんな状態でもどこか冷静な自分がいることに笑いながらその時を待つことにした。
その時。「こっちよ」と、女の声がした。
同時に俺の手を取り無理矢理に走らせる女の背があった。
女は俺を岩の窪みへと招き入れた。
「ここなら大丈夫よ」
やつら体が大きいからこの岩の窪みには手を出せないのよ。女は息を切らしながら笑って言った。
「えっと、ありがとう……」
俺は感謝を述べるが、相手を直視出来なかった。それも、そうだ。彼女もまた、裸だったのだ。
「助けられてよかったわ。えっと、名前は?」
「名前が思い出せないんだ。気づいたらここに居て……」
「私も貴方と同じで記憶が無いの……気づいたらこのジャングルにいたの」
「それにしてもここはどこなんだ?さっきの生き物、あれは恐竜だろ?」
「そうね、この辺はあんなのがゴロゴロいるわ。貴方、奴の住処に入ってたのよ」
俺はそれを聞いて一人、なるほどと、腑に落ちていた。さっきの洞窟はあのデカい爬虫類、もとい恐竜の住処で、俺が手にしていたのは恐竜の卵だったのか。
そんなことを無言で考えていると、女は大丈夫?ぼうっとして。と、俺を気に掛けながら、「もっと奥に行くと草食の……角が生えた……なんだっけ?」と、問いかけてきた。
「トリケラトプス?」
「あぁ、それそれ。貴方詳しいのね」
「いや、たまたま。なんか映画に出てたのを覚えていただけで……ほら、あったろ?恐竜のDNAを採取してそれを科学技術で復元させるって映画」
女は「あぁ、あったわね。そんなの。昔見た気がする」とあまり映画には興味が無い様だった。
俺はあの映画が好きだった。
絶滅した生物がもし現代に蘇ったなら。と、想像するだけでワクワクしたものだ。
俺は調子に乗って思い出す。
そういえば昔、読んだ小説に朝目覚めると恐竜が街に現れた。なんてのがあった事を。
その恐竜はホログラムの様に透けていて、徐々に徐々に現代の動物へ進化していく過程が街中で起きるのだ。
それは地球の走馬灯であり、それに気づいた主人公は最後家族を抱いて話は終わる。そんな内容だった気がする。
「そんなこと。今はいいわ。そもそもこれが地球の走馬灯?とやらなら、なんで私たちは記憶を失ってたり、こんな謎の無人島にいるのよ?それより私、素人ながら分かった事があるの」
女は俺の話など知らん顔で話し出した。
「分かったこと?」
「ここにいる動物の多くが絶滅した動物なのよ」
「えっ?」
「さっきの恐竜もそうだけど、色んな絶滅動物を見たわ」
そう言って彼女は、ドードーでしょ、エントロドンにマンモス、ニホンオオカミ……と指で数えだした。
俺はそんな簡単に絶滅動物の名前が出るのなら、なぜトリケラトプスの名前が出なかったのか疑問に思ったが、それは野暮だと口にせず、「なんでそんなに絶滅したはずの動物が現代にいるんだ?」と、話を進めることにした。
「分からないわよ。自分の記憶すら有耶無耶なのにそんな事分かるはずないじゃ無い」
彼女も記憶を失っているとのことだった。
二日前に目を覚ましたらしく、あたりの散策をしたと説明された。
「絶滅した動物がいるって事は俺たちタイムスリップした。なんて可能性はないか?」
「無いわね」
俺の閃きはすぐさま却下された。
「どうしてそんなすぐ違うと言い切れるんだ?」
「簡単よ。絶滅した動物達が生きていた時代がそれぞれ違うのよ。混在してるの。意味が分からないわ」
「混在してるって?」
「簡単なことよ恐竜がいた時代にニホンオオカミなんかいるわけない。それがここでは一緒くたになっている。こんなのデタラメもいいところ」
「デタラメ……」
「えぇ。デタラメよ。けどね、この状況に似た場所なら知ってるわ」と彼女はどういう訳か、いやに笑って言って見せた。
「この状況に似た場所?」
そんなところあったか?という、俺の疑問に彼女は真剣な顔をしながらも口調は自分でも何を言っているのだろう。という風に話した。
「…………」
それを聞いて俺はその表現は言い得て妙だなと感心し、「まさかな」と笑った。女も「えぇ、冗談よ。それよりこれから先の身の振り方について考えましょう」と話を進めた。
◇◇◇
遥か彼方、遠くから青く美しい球体を眺める親子が居た。
「ねぇ、パパ?」
「なんだい?坊や」
「あの青い星、あの星には昔沢山の生き物が住んでいたんでしょ?」
「そうだよ。それはそれは沢山の生き物がいたんだ。けど全部いなくなってしまったんだ」
「どうして?どうしていなくなっちゃったの?お引越ししたのかな?」
「お引越しだったらさぞよかったね。けどね。あの星に住んでいた、ある生き物が戦争をしたんだ」
「戦争って?」
「同種が同種同士で殺し合うんだ」
「なんで?なんで同じ種同士で殺し合わなければいけないの?」
「さぁ、こればっかりはパパにも分からない。それだけ彼らは愚かだったんだろう。殺し合いの末、あの星の生き物は皆、絶滅してしまったんだ。そして、パパ達があの青の星を見つけて、また生物が住めるように環境を整えて、あちこちに散らばっていた動物のDNAを採取して
「やっぱりパパ達は凄いや。でも、青の星の動物を復元させて何をするの?」
「生体調査をした後、あそこは珍しい動物が沢山いるテーマパークとして開園する予定なのさ。坊やも好きだろ?動物園」
子は無邪気な笑顔を浮かべ「うん!」と、大きく頷いた。
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