戯言
「ねぇ、マスター。永遠に生きられるとしたらどうする?」
俺は大きな仕事を一つ片付け馴染みのBARで、酒を楽しんでいた。
マスターとはもう二十年来の仲で、俺は酔いが回りだすと、理屈ぽっくなるというか、どうでもいい話を深掘りしたりして、管を巻く。そんな俺にマスターはいつも付き合ってくれていた。
「永遠ね……」
マスターはグラスを拭きながら考え込む。
「俺はね。死から解放される訳だから不安がなくなって人生楽しくなるんじゃないかなって思うわけよ」
「うーん」
マスターは首を傾げながら拭いたグラスを置いて話しだす。
「死から解放というより、生に縛られているに近いんじゃないかな」
「生に縛られる?」
「そう。永遠に生きるってことは死ねないって事でしょ。最初こそ楽しいかもしれないけど、段々とこの世界に飽きが来るんじゃないかな?」
「飽きるって……ゲームみたいに?」
「あぁ、そうだね。やり尽くしたゲームほどつまらないものは無いだろう。きっと永遠に生きた最期は絶望なんじゃないかな?」マスターは永遠に最期なんてあるのかなと自分で言って笑っていた。
「なるほどね」
マスターの話を聞いて俺は一人附に落ちる。
マスターは俺のグラスに目を向けて「お代わり?」と聞いてくるので「頼むよ」とグラスを渡した。
マスターは器用に氷をピックで削り、最初は四角かった氷がみるみるうちに丸みを帯びていき水晶のような球体へと姿を変えた。
それをさっき拭いていたグラスに慣れた手付きで、コロっと入れて、メジャーカップに琥珀色の液体を注ぎ入れ、グラスへ移しバースプーンで軽く氷を回してから俺へと手渡した。
俺は目の前のグラスをマジマジと眺める。
透き通る様な球体と美しい琥珀色した液体が絶妙な色気を見せ、一瞬飲むのを躊躇わせる。
ずっとこの景色を眺めていたい……そう永遠に。
考えているとマスターは不意に言った。
「ロックで飲むウイスキーの楽しみ方は、徐々に氷が溶けて最初はキリッとした舌触りが段々と丸みを帯びていく所にある。もし永遠に溶けない氷があったらどうかな?僕はつまらないと思うけど」
「なるほど。流石マスター」
グラスに入っていた氷が、溶け出して、カランと心地よい音が鳴る。
「ほら、諸行無常の響きあり……なんてね」
マスターは自分で言って「今のはクサかったか」と戯けてみせた。
俺はそれを鼻で笑い、軽くグラスを回してからウイスキーを口に含む。鼻からは甘い香りが抜け、舌で液体を転がし、よく味わってから喉へと流し込んだ。
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