失恋と水星、あと、ソーダーフロート

 高校2年の夏。

 時刻は19時を過ぎた所。やっと鬱陶しい西日が過ぎ去り、夏特有の暑さを残しながらも過ごしやすい気温になりつつあった。


「貴方のことが好きです……」


「ごめんなさい」


 失恋をした。

 それは、まるで絵に描いたように綺麗なものだった。

 さっきまでバチバチと勢いよく爆ぜていた線香花火が、急にシュンっと萎んだ様な錯覚を覚える。


 彼の事が好きだった。

 何度かデートもして、きっと彼にも私に気があるのだろうと思っていた。……思ってしまっていた。

 今なら分かる。舞い上がっていたのは、私だけだったのだと。


 目の前の彼は「えっと……」と、頭を掻きながら言葉を探している。きっと私をこれ以上傷つけさせまいと優しい言葉を探っているのだ。それが私をより一層辛く傷付けているとも知らずに。


 もう私はここにはいられない。

 振られたショックのあまり私はその場から逃げ出すように走り出した。


 どこか、どこか、遠くへ少しでも遠くへ。

 私は走った。必死に走った。背後から彼が追ってくる気配はない。

 私は誰からも追われていないのに走る。きっと止まってしまえば、自らの羞恥心と醜態が私を襲い私が私でなくなってしまう。

 だから、逃げなければ。

 私は私すら置き去りにするくらい速く走った。

 私は私から逃げ出したかったのだ。

 時間も空間も私には追いつけない。

 私のどこにこれだけの体力があったのだろう?

 速度が変わらぬまま一心不乱に走った。

 これだけ走れるのは彼への強い想いがあるからだ。


 なんで?どうして?あんなに楽しい日々を築いてきたのに?


 言葉に出来ない想いが沸々と私の中で煮えたぎるように生まれそれが私の原動力になっている。


 気づけば私は水星にまで辿り着いていた。


 私は足を止め後ろを振り返る。


 地球が豆粒の様に小さく見えた。

 教科書に載っている月から見た地球は青々しく広大で美しさを滲ませたが、水星から地球を眺ると、全く持って良さが分からなかった。


 私は笑った。


 告白したことは私のエゴだ。

 自分の気持ちを彼へと押し付けて、一人気持ちよくなろうとしていたのだ。

 私はただ、彼との時間をこれから先も楽しく過ごせればそれで充分だった。

 それなのに私はそれより先を求めてしまった。

 恋は盲目。その通りだ。

 自らを見失い、自分の思う通りに事が運ぶと思っていた……思ってしまっていた。


 私は適当な所に腰を下ろし水星から彼のいる地球を眺める。


 地球から水星までの距離はどれくらい離れているか私には分からない。スマホで調べ様にも水星ではスマホが使い物にならなかった。


 ついさっきまで、彼との距離はとても近いと感じていたが今では彼との間に途方も無い距離がある事を実感する。


 私はそらを眺める。

 星々の瞬きが煌びやかに輝きを見せる。

 私はスマホでその光景を写真に収める事にした。

 何度かシャッターを切り、保存先のライブラリから今しがた撮った写真を眺める。

 肉眼で見るそれと、画面に映るそれらは似ても似つかなかった。スマホに映る星はただの点でしかなかったのだ。何枚か撮ったどれもが同じ様に残念な写真で、私はそれらを雑にスクロールする。

 すると、ふと、彼との思い出の写真が流れてきた。


 私は一瞬動揺したが、それらの写真をひとしきり見た後、さっきの星々の写真と共に纏めて彼の写真も消去した。


 躊躇いなく押したその手は数秒後に震え、その更に数秒後には私は泣いた。嗚咽を交えながら泣いた。人目が無い事が救いだった。只々、溢れ出る彼への想いが私を咽び泣かせた。


 私はひとしきり泣き。

 なんとか感情の整理を済ませて、来た道を帰ることに決めた。


 来る時は全速力で走ってきた道を今度は、ゆっくりゆっくりと歩いて帰る。


 途中、歩いていると、小さなカフェが一軒あった。看板には水星屋と書かれていた。

 私はそこでソーダーフロートを注文した。青々としたソーダーはまるで地球の様でいて、それを啜ると炭酸が口の中で弾けて、不思議な味がした。上に乗ったまん丸としたバニラアイスは月を模している様で可愛く、更にその上には、シロップ漬けのさくらんぼが、ちょこんと添えられていて太陽を表していた。


 振られて失ったものはあるが一つかけがえの無いものを手に入れた。

 それは、私の彼への想いは本物だということ。

 それだけは紛う事なき事実である。

 それが、叶わない想いだとしても、私はもう少しこの想いと共にいよう。

 

 そう決意して私は彼のいる地球へと帰る。


 私はソーダーフロートの残りをズズッと啜り、

さくらんぼを頬張った。

 シロップ漬けのさくらんぼは、甘く、それでいてどこか、酸っぱかった……。

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