D reamer 夢買い人

「貴方の夢買い取ります」

「えっ?」

 突然のことだった。

 大学4回生の高橋大輔の前には見知らぬ初老の男が立っていた。辺りを見渡すと薄暗がりで人気がない。大輔にとって見覚えがない場所だった。

「僕の夢なんかよりここはどこでしょう?」大輔は困惑した表情を浮かべながら開口一番口にした台詞だ。


「ここが何処なんてことはどうでもいいのです。貴方の夢をお聞かせください。私が買い取ります」老人はニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、ハエが自らの前足を舐めるように、両手を擦り合わせ大輔を見つめ言った。


「夢って?」

「夢は夢ですよ。ほら、あったでしょ。将来思い描いていた自分の姿が。……間違っても昨夜見たユメの話はなさらないでくださいね。まぁ、人それぞれでは御座いますが相場は二億円程でございます」

「えっ⁉︎ に、に、二億円⁇」

「えぇ、まぁ先に言った通り人それぞれでございますがね」

 突然の二億円という言葉に大輔は驚きを隠せないでいた。そもそも目の前に立つ小汚い老人がそんな大金を持っている風には見えなかった。それに夢を語るだけで大金が手に入るなんてそんな夢の様な話あるだろうか。



 どうしてこの老人は、俺の夢を聞きたいのだろう。しかし、なんとなくだが今自分の置かれている状況が分かってきた気がする。このなんとも言えないモヤモヤした情景と謎の人物と脈絡の無い会話。これはユメだ。きっとスマホをいじりながら寝落ちしてしまったのだ。大輔は内容のないユメをしばしば見るためそう結論付けた。


「夢って言われてもな……」

 大輔は俯いて少し考える素振りをした。彼は大学4回生。20年と少し足らずの人生を振り返る。

 確か小さい頃はテレビの中のヒーロー、ハイパーマンに憧れた。悪を倒す姿に感銘を受けて自分も正義の味方になりたいと本気で思った。親にねだってベルトだって買ってもらった。鏡の前で何度も何度も変身ポーズの練習をして妄想の悪を次々と蹴散らした。けれどそれも数年経てばゴミへと変わってしまう。

 小学校に入ってからは、サッカー教室に通った。運動神経が良かったことも相まって、すぐさまチームの要となり6年生の最後の大会では全国大会に出場するまでになった。あの時は本気でプロサッカー選手を目指していた自分がいた。けれどそれも小学生まで。中学に上がると自分よりも優れた同級生が数多くいることに気づいた。その時だ、自分は沢山の中に埋もれていると思ったのは。

 中学に上がってからは、本気を出すのを辞め世の中を斜めに見るようになった。今思えば本気を出して自らの底が知れるのが怖かったんだと思う。なんでもそこそこにこなして、周りと合わせていればいい。そんな風だったので特に将来のビジョンも見出せないでいた。

 高校に入って、ギターを始めた。

 先輩と同級生で組んだバンドは地元のライブハウスで一番の人気になった。

 本気を出さないと考えていた中学時代とは打って変わって、何か一つのことに本気で打ち込むことの素晴らしさに気づいた。

 あぁ……青春とはこれをいうのだろうか。

 いっときはプロを目指そうと思ったが、メンバーは皆「そこまでやる必要ある?」とのことだったのでここでもプロの道は諦めとりあえず大学に進学した。


 そしてほぼ現在、果たして自分は何になりたかったのだろうか?


「えっと……小さい頃はテレビの中のハイパーマンに憧れてて、小学校はプロサッカー選手でした。……最近だとバンドマンですかね」大輔は自分でも青臭いなと思ったのか少しヘラヘラとした態度でそう言った。

 なんなら目の前の老人にも笑ってもらいたいほどだった。


「どうして、笑うんです。貴方が本気で追いかけていた夢なんでしょ? 私は笑いませんよ」老人からは意外な答えが返ってきた。

「いえ、多分本気で追い掛けていなかったから笑ってるんですよ。本気で夢を追いかけてたら、今僕は大学なんかに進学しないでアクション俳優になる為にバク転を練習するか、サッカーボールをひたすらに蹴ったり、狭いアパートの一室でギターをかき鳴らしているはずですから」

「まあ、貴方がそう考えるのならそれでいいですけどね。勝手にお時間頂いてすいませんでした。いい夢をお持ちです」

 そう言って老人はどこからか、そろばんを取り出して何やらパチパチと弾きながら、これくらいの金額で買い取らせていただきます。と言った。


「二億と、三千万ほどですね」

「本当に貰えるんですか?」

 大輔はどうせユメを見ているのだろうと内心では、思いながらも心の中では喜びが止まらなかった。


「それでは、私はこれで失礼して。どうぞこの先、長い人生頑張ってくださいね」

「えっ!?……二億は?」

 しかし、大輔の前に老人の姿はなく耳元で、小うるさい音が鳴り響いた。すぐにその音の正体に気づく。携帯のアラームだ。


 大輔はハッと目を開けた。やっぱりさっきまでのはユメだった様だ。当たり前だが2億はどこにもない。あるのは昨日食べ掛けにしたカップラーメンの汁が入った容器だけだった。


 大輔はスマホの画面をチェックした。

「えっ!」

 スマホの画面には一通のメールが届いたと知らせていた。そのメールは彼にとって待ちに待ったメールだった。

『先日は弊社面接にお越し頂き、誠にありがとうござました。厳正なる選考の結果、貴殿を採用する事が内定致しましたのでご連絡差し上げました。つきましては……』

 先月受けた地元企業からの内定メールだった。

 あまり世間には知られていないが、いくつもの企業にエントリーシートを送り面接を受けた結果この1社からだけ、いい結果を貰えた。


 日本の生涯年収はおよそ2だという。これが多いのか少ないのかは分からない。

 果たしてどれだけの大人が子供の頃思い描いた自分になれているのだろうか?そしてどれだけの子供が夢を諦め大人になっていくのだろうか?


「夢は誰しもが抱く物。その夢を買い取るのが私の仕事です。まぁ、私に買い取られたが最期……夢は夢で終わってしまいますがね。夢を掴み取るのはなんとも難しいものです。なんたって、人が見る夢と書いてと読むのですから。私は誰の前にも現れますよ。……おや、時間だ。そろそろ次のお客様を待たせているので、私はこの辺で」

 

 初老の男は今日も誰かの夢を買い取りに街を彷徨い歩き出す。



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