アブダクション
突然だが、俺はアブダクションされた。
え?アブダクションが良く分からないって?
アブダクションとは、宇宙人にUFOで連れ去られる事を言う。よくキャトルミューティレーションと混同されがちだが、キャトルミューティレーションはアブダクション後に実験された動物が変死体で見つかる事を指す。
夜道を歩いていたら俺は突然怪しい光に照射されて、急に身体が浮かび出しUFOの中へと吸い込まれたのだ。
そして今現在、俺はアブダクションされ無機質な白い空間の中に一人ポツンと座っているのである。
一体どうしたものか。
UFOの中にいることは分かる。
小窓の様なものが壁にありそこから見える景色は街を見下ろしているのだ。飛行機に乗っている時を思い出す。けれど飛行機特有の空を飛んでいる音や振動はなく、そもそも乗り物に乗っている様な感覚は無かった。部屋がそのまま浮いている。そう表現するのが適当であった。
「おーい誰かいないのか!」
俺は大きな声で問う。しかし無機質な空間にただ虚しく音が吸収されるだけだった。
「うちゅーーじーーん!」床を蹴ってみた。
しかし何の反応もない。
「なんなんだよ!なんのためにUFOに乗せたんだよ。」俺はこの環境に早くも慣れてきて悪態をつく。
宇宙人がアブダクションをする理由は大抵一つしかない。
地球生物の調査だ。
UFOに連れてきた地球の生物を宇宙人が解剖し生態を調査する。アメリカでは牛や豚などの変死体が発見された。そのどれもが内臓や血液が抜かれた状態で発見されたのだ。
他にも昔見たテレビでは、チップを脳に埋め込まれそれ以降、超能力を使える様になった人や宇宙人と交信ができる様になった人がいるというのを見た覚えがある。
他にも解剖した人間の皮を被って擬態した宇宙人が俺たちの社会に潜伏しているなんて話もある。
怖い話だ、隣にいる人間が実は宇宙人であってもなんら不思議じゃないのだ。
そう考えていると不安に襲われてきた。
俺は一体この後どうなるんだ?
俺も牛や豚の様に内臓や血液を抜き取られるのだろうか?それとも謎のチップを埋め込まれでもするのか?はたまた、俺の皮を被って宇宙人が俺に成りすまして地球の調査でもするのだろうか?
どれに当たっても悲惨な結果しか見えてこない。
俺は自分の人生を振り返る。
3秒で終わった。
……その程度の人生だった。
だから宇宙人。俺を調べたところでたかが知れてるぞ。俺の皮を被った所でコミュ障だから知り合いなんて皆無だし、唯一いるのは小学生の頃からの親友、石田だけだ。そんな奴の皮被った所でこの社会生きにくいだけだろう。
あれ、なんだか目から水が溢れてきた。
少し塩っぱいや。
そんな風に悲哀に満ちていた時である。
目の前に小学生ほどの大きさの何かがいた。
「な、なんだお前。」
俺は突然のことに震えた声で言った。
「あまり騒ぐな。うるさい。これだから地球人は、野蛮だから嫌いだよ。」
小学生ほどのそれは、口振りと格好から宇宙人だと分かる。コイツが俺を連れてきたのだろう。
どうやって宇宙人と俺は意思の疎通が取れているんだという冷静な疑問が浮かぶ。
「そんなの簡単だ。脳の周波数を合わせたんだ。」
なんと!俺の考えが読まれているということか。俺が思ったことは相手に言葉として伝わるわけだ。
「それで、なぜ俺をこんなところへ?」
「私は調査に来た。」
「調査?」
「そうだ、この星の生物調査だ。」
「調査って俺のことをどうするつもりだ。」
「だからうるさい。いちいち質問するな。」
宇宙人は俺を睨みつける様にして言う。
「あぁ、気味が悪い。君ら地球人って、哺乳類から進化したんだろう?体毛を頭にのせたりしてさ宇宙的に見て君らはかなり珍しいんだ。」
「何を言っている?」
宇宙人は面倒くさそうな表情をしてから話し出した。
「普通は爬虫類が星を支配するんだ。この星だって最初に陸上に上がったのは爬虫類だろ。そして彼らの時代が始まった。けれどこの星は不運なことに隕石か地殻変動の影響で彼らは絶滅に追いやられた。そして君たち哺乳類が台頭したわけだ。」
宇宙人はやれやれと言った風である。
たしかに目の前の宇宙人の姿を見るとツルツルした緑の肌にどこか鱗の様なものがあり爬虫類らしさがうかがえ、地球の恐竜が絶滅していなければもしかしたら地球人は爬虫類の中から生まれていたのかもしれないと思えた。
「それにしても君たち地球人は変わっているよ。やっぱり哺乳類なんて下等生物が進化した結果なのかな?」
「どういうことだ?」
「なんでもかんでも人に答えを求めるな。お前のその脳みそは何のためにあるんだよ。後で解剖でもしてやろうか?」
俺は解剖という言葉を聞いて押し黙る。
「まぁいいや。自分たちの過ちにすら気付かない愚かな種。地球人はやはり野蛮なようだ」
どうやら俺は地球代表らしかった。
すまない地球のみんな。俺みたいなやつが地球の看板を背負う事になるなんて……
「癌という病気があるだろ。あれは細胞の増殖に異常をきたして起きるものだ。正常な細胞をコピーして増やす筈が何かの拍子にエラーが起きて異常な細胞が生まれてそれがどんどん増殖していく。……君、星を一つの生命体として考えたことがあるか?」
俺は素直に「無い」と答えた。
きっと地球人の半数がそう答えるだろ。
宇宙人は「だろうな」と笑って話を続けた。
「星を一つの生命体と考えた時、その星に住む生物は言わば星の生命維持をする為の細胞だ。星という母体に住まわせてもらっているのだ、その星を守るのがその星に生まれた生物の
俺はそれを聞いて反論しようにも出来ずにいた。宇宙人の言う通り人間は地球の限りある資源を貪り食っている。全ての人間が一概にそうとは言い切れないが、現代社会に生きるという事はその連鎖を紡ぐという事に等しい。仮に現代社会の暮らしを捨てるとなると俺たち人間は
癌細胞を治療するとなるとどうなるか、医療の知識を持たない素人の俺でも分かる。
摘出されるのだ。
社会でもそうだ、異常をきたす存在は爪弾きにされる。
「それじゃあ、俺たち地球人はお前ら宇宙人に殲滅させられるのか?」
「そのための調査だ。地球人を残すべきか見極めるために私はここにやって来た。手始めに君で実験をしようと思ってね」
「じ、実験?」
「あぁ、君の脳にチップを埋めてこの星の生態調査をする。地球人の築いた社会にも興味があるから、データを取るのに君を媒体にすると決めた」
宇宙人がそういうと、俺の身体に違和感があった。身体が動かない。みるみるうちに手術用のベッドが用意され、機器が整っていく。
「大丈夫。麻酔もするし、記憶は書き換えておくから」
俺が最後に聞いた声。
俺の視界は一瞬で暗くなった。
それで?それで、その後はどうなったんだ?
と、俺の向かいに座る唯一の親友、石田が俺に尋ねる。
俺は現在、カフェで石田と、ある雑談をしていた。
石田は俺を見るなり笑いを堪えるのに必死な様子だった。
「あぁそれで、俺はその宇宙人に改造手術を施されたんだ」
「改造ね……ぐはっ、ダメだ笑いを堪えられん」
石田は口に含んだコーヒー吹き出して言った。
「馬鹿だなお前、床屋で髪切って失敗した話を良くもまぁ、宇宙人に連れて行かれて改造手術された。なんて嘘に変えたもんだ」
石田はゲラゲラと笑いながら「その髪型はないな」と指を指す。
「しょうがないだろ。それくらい言わなきゃやってらんないんだよ」
俺の頭髪は、頭頂部に髪が少しだけ残り緑色に染められ他は丸ごとバリカンで刈られていた。
「いやー、くだらねーよ。宇宙人に連れて行かれて髪型だけ改造されましたって」石田は涙が出るほど笑っている。
俺はそんな石田に腹を立てながらアイスコーヒーを飲む。
冷たい感触が喉を伝う。
そして、俺は記憶を辿る。
実際いつ、この髪型になったのか思い出せないのだ。
気付いた時にはこの髪型になっていた。
最初こそ床屋で失敗したという記憶があったのだがそれは日に日に薄れていく。
そして、なぜだろう最近やけに雑音が耳に入る。
耳鳴りから始まったそれは最近では人の話す会話の様に聞こえてきた。
けれど変なのだ、そこに人はなく、ペットショップを通った時、特に爬虫類が並ぶ所で顕著にその症状が現れるのだった。
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