首が回らない男
その男は借金をしていた。
それはもう大層な額だ。
首が回らないとはこの男の為にできた言葉ではないだろうか。
ありとあらゆる消費者金融から金を借りどの会社からも取り立てがやって来る。
コツコツ返したところで利息分しか払えない。
いつになっても元金に手が出せずにその日もなんとかして金を掻き集めて返済に勤しんだ。
「もう、ダメだ」
男は夜の公園で一人泣いた。
いつぶりかに乗ったブランコは、キーキーと音を立て嫌な浮遊感を伴った。
その浮遊感のせいかそれとも先の見えない未来に対してか男は吐き気を催す。
オェェ……オェォ。
嗚咽を上げながら出てくるのは胃液のみ。
それもそうだ、返済に金を全て当てているからろくなものを食べていない。
今だって公園にいるのは、水道水をたらふく飲んで空腹を忘れさせるためだった。
「俺の人生いつから狂っちまったんだ?」
男は自分の人生を見つめ直す。
直ぐに浮かんだのはあの上司だ。
「君、明日から来なくていいから」そう言ったあの上司。
男は解雇される理由が分からなかった。
特別勤労的だった訳ではないが、特別不真面目だった訳じゃない。
周りを見れば男よりも先に解雇すべき社員は居た。それなのにあの上司は、「君独り身だろ。大丈夫、君ならすぐ再就職できる」そう言って男に判を押させた。
それからは地獄の日々だった。
あまりのショックで酒に溺れギャンブルにまで手を出した。
男を止める者はいない。
いつのまにか貯金は底を尽き気付けば今に至る。
「クビになって首が回らないなんて……首吊りでもしようかな」
男は俯きながら、低く小さな声で自虐的なことを言った。もちろんそれを聞いて笑う者は居ない。……はずだった。
ホーホッー。
……なんだ今のは?
「クビになって首が回らないなんて……首吊りでもしようかな」
もちろんそれを聞いて笑う者は居ない。
ホーホッー。
男の他に公園には誰もいなかった。
それなのに男が自虐的なことを言うと何か聞こえる。
「クビになって首が回らないなんて……首吊りでもしようかな」
ホーホッー!
男は音の方に目をやった。
するとどうだろう、ギラギラした球が2つ宙を浮いていた。
「ば、バケモノ!」
男は突然のことに裏返った声が出た。
その声に反応してか、目の前の生き物も「ホーーー!」っと大きな声を上げる。
男はなんとか冷静さを取り戻し目の前の生物をもう一度確認する。
「ふ、フクロウ?」
そう、男の前にいたギラギラ光る2つの球は梟だった。
なんでこんなところに?と男は思った。
けれど、人間はなんとも面白いもので自分が理解出来ないことに対しては適当に理由を付けて正当化する。
男も「あ、梟は夜行性だから居てもおかしくないか」そう結論付けた。
「首が回らない俺の前に梟……不吉だ」
男は目の前の梟をシッシ!と追い払ったが一向に逃げ出さない。それどころか男の周りを付いて回る。
いつのまにか男は梟を可愛がっていた。
「金も、職もない……あるのは借金と…梟か」男がそう言いながら梟と戯れていると、梟の足に何か絡まっているのに気づく。
「紙切れ?」
それを取ってみると宝クジだった。
男はまさか当たっているとは思わなかったが、次の日近くのくじ売り場でそれをチェックしてもらうことにした。
男の肩に梟がチョコンと止まっている。
なんとも人懐こいというか、不思議な奴だ。
ただ、宝くじ売り場に向かうまで道行く人に変な目で見られてしまった。
「わ、ビックリ。梟ちゃん!」
例に習って宝くじ売り場のおばさんも肩に乗る梟を見て驚く。
男は「えぇ、まぁ」。と適当に相槌を打ってあの宝くじを渡した。
「あ、これ当たってますね。……それも高額当選ですよ」
男が驚くよりも先に、宝クジ売り場のおばさんのテンションが上がった。
それを見て、男は自分のことではないんじゃないかと疑うほどだ。
あれよあれよ言う間に銀行へ向かい当選額を換金した。
最初は落し物を自分の物にしていいか悩まされたが、男自身も社会の落とし物の様なものだと、適当に理由を付けて例のごとく自分を正当化し有り難く頂戴することにした。
悲しいことに、その当選額のほとんどを借金返済に当ててしまったが、初めて元金に手が届いた。
それからというもの、男は梟を引き連れて競馬やら競輪、競艇へと向かった。
するとそのどれもが高額配当だった。
借金なんてあっという間になくなるほどである。
男がどうして羽振りが良くなったのかは分からない。
ただ一つ言えるのは梟と出会ったことで男の運命は変わった。
森の守り神、知の象徴、不苦労、福来郎、福籠、福老、富来老。梟は様々な縁起を担いでいる。
しかし、男は思う。どの当て字もその意味の通りご利益があるのだろうけれど、なにかを忘れていると。
男は肩に留まるあの梟を見る。梟は男の視線など気にせず首を180度回転させてあらん方向を向いている。
「あぁ、そうか」男は梟の首の動きを見て何か腑に落ちた様だった。
「クビになって首が回らないなんて……首吊りでもしようかなー」
冗談めかしく男が、あの台詞を言うと、ホーホッー!と元気に鳴いた。
「首が回る様になったのはお前のおかげだ」男はそう言いながら梟を撫でた。
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