つまらない映画

 映画が始まる。

 俺以外に館内に人はいない。

 閑散とした映画館。今日は俺だけのために映画が上映される。目の前には大きなスクリーンが広がり座席がいくつもある。貸し切りと言えるため、1番観やすそうな席を探しそこに座った。

 人がいないのは当たり前だ。これから上映される映画は特別面白い訳でも、特別つまらない訳でもない。本当の物好きくらいなものだろうこんな内容の映画を観る奴なんて。


 あぁ、そういえば映画を観るのはいつ振りだろうか。妻との初デートは確か映画を観たはずだ。あの頃の俺はウブで、デートで何をしていいか分からなかった。

 だから友人に相談したら「映画がいい」と返ってきた。


 実際友人の言う通りだった。待ち合わせをして適当な映画を観る。その後は互いに感想を言いながらご飯を食べる。最初こそ緊張したが、さっき観た映画の感想を言い合えば会話がそれなりに成り立ち初デートは成功に終わった。


 あれは確か二十代の頃だからもう60年も前の事か。……懐かしい。


 そんな遠い日の記憶を思い出していると、館内が暗くなり映画が始まった。


 スクリーンには小さな赤ん坊が映し出される。

 彼はまだぎこちなく足を動かしながら掴み立ちをしている。

 それを温かい目で見守る2つの影。


 シーンは代わり彼が学生になった。

 友人に恵まれ、充実そのものと言える生活を送っている。


 館内には俺しかいない。最初にも言ったが、こんな映画を観るのは俺くらいなもんだろう。


 スクリーンに映る彼も映画を観ていた。


 彼の横には女性が座り2人で1つのポップコーンをシェアして食べている。

 映画を観終えた彼らはすぐ側のチェーン店で昼食を済ませて適当に散歩してその日を終えた。


 俺はそれを眺めているだけで頬まで涙が伝う。


「結婚して下さい。」

 遂に主役の彼は、付き合っている彼女にプロポーズした。彼の手にはリングケースが握られそれを不器用に開いて見せた。

 奮発して買ったその指輪は、キラキラと輝くダイヤモンドが飾られ小さいながらも本物の輝きを見せていた。


 彼女の答えは聞き取れないほど小さい。

 けれどそれは「YES」と取れる反応で、彼らは互いに抱き付いて喜びを分かち合った。

 程なくして彼らの子供が生まれ子育てに追われる日々が続く。男は生真面目に仕事の傍らしっかりと子供の世話をする。


 最初に見たシーンと映像がシンクロした。赤ん坊が自らの力で立ち上がろうと踏ん張っているのだ。

 それを今度は彼が親の目線に立ち「頑張れ! 頑張れ!」と我が子の背を押し応援していた。


 ____



 ある一室に柔らかい表情を浮かべ眠る老人。


 彼の横には、同じく年老いた女性がいた。


 ……ガラガラガラ。部屋の戸が開いた。


「母さん…父さんとの別れは済んだかい?」

 部屋に入った男は女性にそう聞いた。


「えぇ、済んだわ。今までありがとうって。」

 彼女の顔に刻まれた幾つもある皺には涙が薄っすらと残っていた。


「人はね心臓が止まっても3分間は意識があるんだってお医者様が言ってたわ」


 知らなかったよ。男はそう返した。


「それでね、その3分間は周りの音が聴こえたり、明かりを感じるんですって」


 男はそれを頷きながら聞いている。


「お医者様の中では、その3分間がよく言う走馬灯なんじゃないかって考えているそうよ」


「走馬灯って、あの死ぬ間際に人生を振り返るってやつ?」


「そう。最後の3分に人生という映画走馬灯を観るの」


「映画って、母さん。父さんがそんなの観るような人だった?」


「あら、私たちの初デートは、映画館だったのよ。流行りの映画を2人で見て……」

 話しながら女性は当時を思い出し涙を流す。


「この人ったら、デート中ずっと映画の話ばっかりで、私はちょっと呆れちゃったの。それにご飯を食べに連れて行かれたのもチェーン店で……」

 そう続けると今度は笑顔を浮かべた。


「初デートがチェーン店って、父さんらしいな」

 男もその話を聞いてつられて笑う。



 ____


 俺はエンドロールまで観終え、一人静かに座っていた。


 映画の内容はどうってことない。平凡な男性の平凡な日々が淡々と繰り替えされた。その上映時間は、男の人生そのもので74年もの長い月日を追うように観ていた気もするし、経った3分に全てをまとめられていた様な気もする。


 館内の照明は明かりが灯り、支配人と思わしき人がやって来た。

 彼の身なりはキッチリとしたスーツに包まれ、髪型もしっかりと整えられ清純さが伝わってくる。


「どうでしたか? 楽しんでいただけましたか?」

 彼は俺にそう問いかける。


 自分でも気付かない内に目に一杯の涙が溜まっていた。「……つまらない映画でしたよ。……本当に本当につまらない」。

 

「な……何かお気に召さない点でもございましたか。」彼は心配そうに俺に聞く。


 俺は彼の目を気にせず嗚咽混じりに、「本当に本当に、つまらない映画でした。けど、幸せな人生でした」と、呟いた。


 それを聞いて支配人はニコリと笑い、

「そろそろお時間ですので参りましょうか」

 優しい声でそう告げた。














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