第二章 それでも変わらぬ毎日

駅から学校までは徒歩6分。その道中にはコンビニがあり、かつて進がバイトをしていた場所でもある。

だが、前まではあった『バイト募集』の張り紙に書き出されていた筈の『高校生OK』という文字はなくなってしまった。

元・バイト先には行きにくい上、彼の貯金精神では、コンビニのジュースでさえも高値に思えてしまう。

バイトをしていた当時は、賞味期限が切れるジュースや食品をありがたく頂いていたものの、その楽しみが無くなってしまったショックも大きかった。

バイトを始めるにあたって、進は両親からお小遣いを貰ってはいなかった。しかし、今回の件で、お小遣い制になる。

しかしそのお金は、進が頑張ってバイトを掛け持ちしていた頃の金額よりも少なかった。もちろんそのお金も、全て口座行き。

両親は使うように促してはいるものの、もはやここまでくると意地でも使いたくない様子。

だが、意地を張れば張る程、心に募る『鬱憤』と『虚無感』は増していた。


「おはよう、進。」


「・・・あぁ、月下か。

 おはよう。」


「・・・進、日増しにどんどん酷くなってるけど・・・

 そろそろ何か気分転換するもの見つけなきゃ身が持たないよ。」


「あぁー・・・うん。」


「・・・・・・。」


進の顔色を伺いながら、口をモゴモゴさせている彼の名は 相園 月下(あいぞの げっか)

進にとって一番の親友であり、進のクラスで学級委員を務めている。進の一大事を最初に聞きつけたのも、他ならぬ月下であった。

彼は人をまとめ上げる素質があるものの、大人数の前で発言をするのが苦手。クラスで初めて行った学級会議の際も、終始ずっと困り顔であった。

だがそこに、進が怒られる覚悟で補助を務めた事により、二人の距離は一気に縮まった。だが進は月下とは逆に、一人行動が目立つタイプである。

一クラスにつき、学級委員長は一人だけと決まっているのだが、クラス内の会議のみ、進は月下の隣に立ち、彼の補助をしている。

それは、担任の先生も公認してくれた。進自身も、「委員会に入るよりこっちの方が楽」と言っている。

進は部活にも入らなければ、委員会にも入っていなかった。その判断が、今になって猛威を振るう事になるとも知らずに・・・


「そういえば、昨日委員会の井ノ上さんがカラオケに誘ってくれたんだ

 けど、進も一緒に・・・」


「カラオケかぁ・・・

 俺あんま歌上手くないからなぁ・・・」


「自分、カラオケ行った事、一度もないんだ。だから進と一緒なら行け

 るかなーって・・・」


「俺、カラオケ店のバイトはした事あるけど、カラオケ店で歌った事は

 一度もないんだ。それでもいいか?」


「うん、ありがとう!」


進は靴箱に上履きを入れ、月下と共にクラスへと向かう。

廊下でもあちこちのクラスでも、これから来るであろう冬休みに向けて、色々と準備している話をしている生徒が多い。

「長い休み入る前に告白でもしとこっかなー」と匂わせる男子もいれば、「今年はお餅ダイエットする!!」と意気込んでいる女子。

だが、進はそんな明るい話にも乗っかる気分にならなかった。むしろ今の彼にとって、長い休みは『地獄』なのだ。

毎日ずっと、家の中で親の目に見張られながら過ごさなければいけない。

リビングにいても小言を挟まれ、自分の部屋に篭っていても文句を言われる。だからといって、安易に家を抜け出せない。

進はため息をつきながら、教室のドアを開ける。教室後ろの看板には、冬休みまでのカウントダウンがしっかり書かれていた。

自分の机にカバンをドサッと乗せると、進は何をするでもなく、ただ遠くを見つめる。

それが彼の編み出した、一番の『現実逃避』と『時間の消費方法』であった。

下を見れば、まだまだ校舎の中へ流れ込んでくる生徒が見える。

ポツポツとコートを着ている生徒が現れ始める時期。早い人だとコートに加えてマフラーもしっかり着込んでいる。

両手を擦りながら寒さを紛らわしている女子生徒が、いかにも寒そうな生足を露出させて登校していた。

そうゆう光景を見るだけで、教室にいる進も身を震わせている。

進は寒がりではないものの、やはり何もしないままじっとしているだけでは、寒さがじわじわと体を侵食してしまう。

乾燥している唇を噛み締めながら、灰色の空を見上げた進。ここ最近、進の気持ちを表す様に、ずっと曇り続き。

進の座っている窓際が、教室の中で一番温暖の差がある。夏は暑いし、冬は寒い。

だが、進にとっては温度差よりも、景色を眺められる方が大事だった。ボーッと景色を眺めているだけで、悩み事も忘れてしまうからである。

だが今日の空も、時間の流れが感じられない、一面灰色の風景。

もうこの風景にもそろそろ飽きがきてしまい、最近では下を覗き込んでは、通行人を眺めている。

だがその通行人も、毎日決まった人しか通らない。大抵、学校にも行かなくていい、会社にも行かなくていい、おじさんやおばさんばかり。


「・・・はぁー・・・」


進のため息は、クラスにいた全員の心を不安にさせていた。

普段から明るくて活発的な進がこれ程落ち込んでいるのは、もはやクラスメイトにとっては『天変地異』レベルであったからだ。

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