第5話 「白い鳥」と桜の木

 僕らが明彦の後について門の先を左に曲がるとなだらかな上り坂の途中で「石畳のような道」が現れて瓦礫の山の反対側へ続いていた。この瓦礫の山はおそらく以前建てられていた文化施設の跡なのだろう。彼は「……こっちだ」とさらに回り込んだところへ案内する。


「これなんだけどよ。どう思う?」


 明彦が指し示した先にあったのは、どうやら石でできたモニュメントのようだ。周辺にはコンクリートのかけらや建物の土台が散見している。そして肝心のモニュメントなのだが、どうやら「大きく翼を広げた水鳥」のようである。その石像を狭間さんが撫でまわしたり、シャベルで周りを掘り返したり必死に調べまわっていた。


「……これは白鳥ね。知識とか美しさの象徴として使われると聞いたことがあるから文化施設のモニュメントに使われてもおかしくはないけれど」

「白鳥?」


 僕は星原の言葉を反芻して、すぐに思い当たる。


「じゃあ、これがあの盆景に置かれていた『白い鳥』の事なのか」

「俺もそうだと思うんだけどよ。問題はこれに何が隠されているのかってことなんだよ」


 明彦はどうしたものかと困り顔で頭を掻いてみせる。


「普通に考えればこの石像かその下にでも何かがあるのかと思うんだが、土台はしっかり固定されて動かないんだよ。メッセージでも書いてないかと思ったが見つからん」

「ふうん? しかし他に手掛かりになりそうなものもない、と」


 僕は周囲を見回してみる。すると、石像から少し離れたところに低めの円柱のようなものが目に入った。高さは五十センチ程度で石の蓋がされている。


「あれは?」

「ああ。あれか、……一応あれも調べたんだけどな」


 言いながら明彦は円柱の上に乗せられた蓋をずらして見せた。だがその中から現れたのは目を見張るようなものではなく、二メートル弱ほどの深さの底に土があるだけだった。


「昔使っていた井戸だったんだろうけどよ。集中豪雨だか土砂崩れだかで土が入り込んで見てのとおりだ」

「なるほど。蓋はしてあったけど他のところから泥が入り込んだのかな。これそのものは手掛かりじゃなさそうだ」


 となると、あの白鳥像そのものに何かあるのだろうか。僕がそんなことを考えながら足を踏み出したその瞬間。


「どわーっ!」


 僕の下半身が唐突に地面の中に吸い込まれ、思わず奇声を上げてしまった。気が付かなかったが、足元に大きな穴が口を開いていたのである。


「ああ、すまんすまん。この周辺に何か埋まってやしないかと思って俺と狭間で穴を掘ってみたんだ。だが、特に何の収穫もなくてなあ」

「……この短時間で良くこんな穴を掘ることができたな」


 深さ一メートル以上はある。人間の欲望の力は恐ろしい。


「迷惑だから後で埋めておいた方が良いよ」


 僕はぼやきながら穴を這い出すと、狭間さんを見やる。彼女はまだ諦めがつかない様子で白鳥の像の周囲を掘り返していた。見かねた僕は遠慮がちに声をかける。


「あの、さっきも言ったけどさ。ここは以前に文化施設があって集中豪雨の土砂崩れで半壊したんだよ。ということは……」


 星原が僕の言葉に「なるほどね」と頷いてみせる。


「つまり、もしかしたらここには何かあったのかもしれないけどその時の豪雨で流されてしまったんじゃないか、と」

「うん。そういうこと」


 現に石像のすぐ近くは削り取られたかのような崖なのだ。七年前の集中豪雨による土砂崩れは容赦なくこの場所にあった文化施設に襲いかかり、ここにある石像も辛うじて流されずに済んだかのような状況なのである。もし何かが隠されていたとしても無事では済まなかったのかもしれない。


「えーっ。そんなあ」


 狭間さんは僕らの言葉に落胆したかのように肩を落とす。


「とりあえずこれ以上ここを調べても何も見つかりそうにないわ。もう一つの黒い鳥の所も調べれば何かわかるかもしれないし、そっちを調べてみたらどう?」


 星原は彼女になぐさめるように声をかけた。


「でも……もしここにあった手掛かりが宝の場所を探すのに必須だったら」

「まあ、そういう事もあるかもしれないけど。もう一つの手がかりが見つかれば、ここに隠されていた物についても何かわかるかもしれないでしょう?」

「そう。……そうかもしれないですね」


 狭間さんは眉をしかめながらもとりあえず頷き返す。

 星原とて本気で宝を信じているわけでもないだろうが、探索に情熱を燃やす狭間さんを気遣っているのだろう。


「それじゃ、僕は片倉先生を呼んでくるよ。確か山道の先の方へ歩いて行ったと思うんだ」

「おお、頼むわ」と明彦が少し疲れた表情で返事をする。


 僕は三人に背を向けて歩き出した。






 瓦礫を迂回して山道を横切ると、一本の大きな木が立っていてその下に佇む女の人の後姿が目に入った。


「片倉先生?」

「ああ、君か。用事は済んだの?」

「はい」


 先生は物憂げな表情でその木に手をあてて見上げていた。まだ花は咲いていないがどうやら桜の木のようだ。


「私は当時、部活動でよくここにあった建物を訪れていた。他の場所で野外活動をすることもあったけどね。この桜はね、当時の部活の仲間と卒業する記念に思い出として植えたものなんだ」

「そうだったんですか」

「もう一度集まって、この木を見ようって約束したんだ」


 片倉先生の表情には何故か切なく苦し気な何かが浮かんでいる。

 僕はそんな先生に何を言うべきなのかわからず、言葉が出てこなかった。


「変なことを言ったね。……それじゃあ校舎に戻ろうか」

「あ、そうですね」


 僕は片倉先生と共にとりあえず星原たちのいたところへ向かうべく、足を踏み出した。






 白鳥の石像の場所に戻ると、もう狭間さんもシャベルを片付けて帰る準備をしていた。星原と明彦もその隣で僕らを待っている。

「待たせたね」と声をかける。


「おう、それじゃ戻るか」

「ええ」

「……帰りますか」


 三人がそれぞれに返事をして、僕も校舎に向かおうとした。しかしふと振り返ると片倉先生が白鳥の石像に近づいて凝視している。


「片倉先生?」


 そして彼女は石像と僕らを見比べて、探るような目で睨む。


「君たち、サッカーボールを探しに来たんだよね?」

「え、はい」

「……見つかったの?」

「いや、それがほかの所に転がっていったみたいで見つかりませんでした。もう少し下の方だったのかもしれませんね。はは」

「……そう」


 片倉先生はそれ以上は詮索せずに、僕らに背を向けて校舎に戻る道の方へ歩き始めた。明彦が訝し気に眉をしかめて小声で呟く。


「何だったんだ、今の?」

「ちょっと、怖い雰囲気だったんですけど」


 狭間さんも自分の肩を抱いて、怯えたように首をすくめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る