第3話 見知らぬ女性教師

「さて、どの先生に聞くのが良いかな?」と僕は呟く。


 翌日の放課後である。僕らは早速、本校舎一階の職員室前に集合していた。


「学年主任の四谷先生に聞いてみたら? 長く学校にいると思うし、校内の事にも詳しいんじゃない?」


 隣に立っていた星原が答える。


「スムーズにいくと良いんだがな」と明彦がため息を漏らした。


 狭間さんはその後ろで「早く早く」と急かすように胸の前で拳を上下に小さく振りながら僕を見ている。


「わかった。……じゃあ僕が行ってくる」


 僕は職員室の扉を開けて足を踏み入れた。部屋の中にはいくつもの机の島があり、何人かの先生がデスクワークをしていた。その中で髪を後ろになでつけて眼鏡をかけた精悍な印象の男性教師が一人、渋い顔で書類を睨んでいる。学年主任の四谷先生である。


「失礼します、四谷先生」

「む。月ノ下か? どうした?」


 先生は書類から目を外して僕に向き直った。


「いや、実はですね」


 変なオブジェを見つけて宝があるかもしれないから探しにいきたい、なんてことは言いづらい。僕は適当に言い訳をでっちあげることにした。


「作業教室棟の裏に小さな丘があるじゃないですか。昼休みに友達とサッカーで遊んでいた時にボールが飛び込んじゃって。……探しに立ち入っても良いですか?」

「作業教室棟の裏、か。あそこは確かに一応うちの学校の敷地内ではあるが……」


 四谷先生は難色を示すように眉をしかめた。


「まずいんですか?」

「昔、あそこにはうちの学校の理事長が文化や芸術の勉強をさせるための教育施設を建設していてだな」

「はあ」

「だが、七年くらい前の今頃に集中豪雨が発生したために隣接する土地の地盤がゆるんで、土砂崩れを起こしたんだ。それで建物は半壊してしまった。撤去して立て直す予算もないから、そのままになっている。立ち入ること自体は問題ないが、瓦礫でも踏んで怪我をするといかんからなあ」


 ここで四谷先生はぐるりと周囲を見回した。


「生徒だけで行かせるのは賛成できないな。……誰か同行してくれるといいんだが、担任の亀戸先生は外しているようだな」

「……先生」


 横から細くて静かな声がかけられる。振り返ると立っていたのは、眼鏡をかけて黒い髪を伸ばしたどこか陰のある雰囲気の女性だった。


「そういうことなら私が同行しましょうか?」

「片倉くん、良いのかい?」

「ええ。どうせ私はまだやることがそんなにありませんから」

「そうか。知っているとは思うが、あの場所には武家屋敷跡が隣接していて崩れかけた石垣も残っているからくれぐれも気を付けてな」

「……はい」


 片倉と呼ばれた女の人は無表情で僕に向き直り「それでは、私が付き添うからそのサッカーボールを探しに行きましょう」と促す。


 見覚えのない先生だ。こんな先生、うちの学校にいただろうか。顔立ちは整っているのだが、目に生気がなくて雰囲気が暗い。僕は気後れしながらも「あ、はい。それじゃ運動場横の作業教室棟の前で待っています」と答えた。






 外に出てみると空は少し薄曇りだが雨の降る心配はなさそうだ。


 あれから数分後。僕らは運動場横の作業教室棟に移動して片倉先生を待っていた。

「まだですかね?」と狭間さんがはやる気持ちを抑えきれない様子で声を漏らす。見ればどこから準備したのか、軍手をはめて背中にシャベルが入ったリュックサックを背負っている。


「あのな。一応僕らはサッカーボールを探しに行くという名目で入り込むわけだから、そこは注意してくれ」


 僕が彼女をたしなめたところで、星原も口を開く。


「それと……。盛り下がることをいうようで悪いけれど。仮に宝とやらがあったとしても、それが盗まれたものなら警察に届けて本来の持ち主に返さないと拾得物横領になるわ。仮に持ち主がいなくても土地の所有者に半分の権利があるらしいし」

「まあ、確かに本当に曜変天目なんてものがあっても、持ち主に返すだけで俺たちのものにはならないけどよ。失われた宝を探す、という行為そのものにロマンがあるじゃんよ」


 明彦が胸の前でこぶしを作りながら目を輝かせてみせる。まあ、そこは僕も同意するが。

 僕らがそんな風に雑談に花を咲かせかけていたその時。つかつかと速足で歩く眼鏡の女性が僕の視界に飛び込んできた。片倉先生である。


「お待たせ」

「あ、すみません。よろしくお願いします」

「……それじゃ、行こうか」


 お辞儀する僕に片倉先生はそっけなく返事をした。そしてそのまま運動場の片隅にある山道の方へ足を進めていく。冷淡というのでもないが何となく事務的な雰囲気だ。明彦と狭間さんは彼女の発するどことなく重苦しい空気を感じ取ったのか、もの言いたげに顔を見合わせていた。





 

 木々の合間を走る細い道を片倉先生はずんずんと進んでいき、その数メートル後を僕らはついていく。山道に足を踏み入れてから五分は経っただろうか。急に明彦が「なあ?」と小声で僕に話しかけた。


「何だ?」

「いや。あんな先生、うちの学校に居たっけ?」

「僕も知らないけど、他の学年の担当なんじゃないか?」


 最後尾を歩いていた狭間さんがここで口を挟む。


「でも私も、あの先生のこと知らないですよ?」


 そこで片倉先生が急にピタッと止まって、僕らの方を振り向いた。思わず僕らはびくりとして立ち止まる。


「そういえば自己紹介をしていなかったね。私は片倉なつめ。この天道館高校の卒業生でね。去年までは別の仕事をしていたのだけれど、来年度からここで教鞭をとることになったんだ。今は新しい職場の下見と勉強もかねて学校に来ている。科目は生物。よろしく」


 平板な声で自己紹介をした。……聞こえていたのか。


「よ、よろしくお願いします」


 僕が改めて挨拶すると、片倉先生はまたくるりと前をむいて歩き出した。


「何というか、こう、……独特な雰囲気の人ね」と星原が小さく呟く。


 そうだな、と僕も小さく同意しながら足を再び前に踏み出した。

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