婚約破棄された聖女は、死神と幸せに暮らすことに決めました

時雨

第1話 聖女の前に死神は現れる

「サリア・ローズレイス。君との婚約を解消したい」


 夕食後、婚約者から告げられた言葉に私の頭は真っ白になった。どうりでホールに残るよう言われたわけだ。音楽が流れなかったのも、氷のように冷たい空気が流れていたのも…………テーブルに珍しく客がいたのも、客がやたら婚約者に引っ付いていたのも、そういうわけか。

 脳の処理が追い付かず、いやに冷静になった頭でそんなことを思う。


「サリアさん。ごめんなさいね」


 婚約者であるリーベタース王国第一王子――ベルトラン・リーベタースの腕を抱えた女が、私を見て嗤う。


「でも、貴女だって思うでしょう? 王室につくのは私達侯爵家の方がいいって。それに……仕方なく結婚をさせられた貴女よりも、王子に真実の愛を捧げる私の方が、ふさわしいのではなくって?」


 女はその紅茶色の瞳をゆがめた。王子に深い笑みを向ける。王子は頷いた。


 ――あぁ、貴女、本当は王子のことなど愛していないのでしょう? 目を見れば分かる。ただ、私が憎らしくって、富と名声が欲しくって、ベルトラン様に近づいたんじゃないの?


 言いたいことはたくさんあるのに、どれも言葉にならない。ただ口をハクハクと動かして、ベルトラン様の瞳を見つめた。嘘だと、言ってほしい。私はずっと、貴方のことを、愛していたのに。


「リリー、できるだけ早く君がこの家に来られるよう、力を尽くそう。君との生活が待ち遠しいよ」

「まぁ、ベルトラン様。とても嬉しいわ!」


 リリーに愛を送る王子の視線がこちらを向いた。まるで、軽蔑したような、そんな表情。


 早く出ていけ、お前がいるせいで彼女は来ることができないのだ。


 そう言いたいのだろうか。


「わ、かりました。実家に連絡して、3日以内に、ここを発ちます。最後に……愛しておりましたと、それだけ申し上げさせてください」


 顔を上げる。王子はもはや、私のことなど気にかけていなかった。視界に写るのは、きっとリリーだけ。圧倒的敗北。愛の言葉は、耳にも入らなかっただろうか。迷惑にさえ思ったかもしれない。

 黙って、ホールを出た。これから私はどうなってしまうのだろう。ただでは済まないことは分かっている。

 侍女達の冷笑に耐え、ぐちゃぐちゃの気持ちのまま自室に戻ると、待っていたのは見たことのない男達だった。予感はあった。ホールに現れなかったのは、王子に私の醜態を晒したくなかったからか、それともリリーとの時間を邪魔したくなかったからか……


「サリア・ローズレイス。国を陥れ、王子を誑かしたとして、貴様を処刑する!」


 来るべき日が、来てしまったのだろう。手首にかかる冷たさに耐えて、耐えて、耐えて、俯く。


――そういえば、今日はの声を、聴いていない。








 小さい頃、私はとても体が弱かった。熱を出しては家族を焦らせ、何度も死と生の世界を行き来した。そうして、今までにないほどの高熱を出したある日のこと、目覚めた私は‘‘声”を聴いた。


『やっと繋がったか』


 低い、男の人の声。まるで脳全体に響きわたるような、そんな声。不思議と恐怖は湧かなかった。むしろ懐かしいような気さえして、ベッドの上で家族に尋ねると、父母は手を取り合って喜んだ。


「繋がったのだわ、神様と!」

「よくやった。よくやったぞ、サリア。本当によくやった!」


 見たことがないほどのはしゃぎように首を傾げる。私は素直な子どもだった。


『あぁまったく、うるさいな。だから人間は好きじゃないんだ』


 やれやれ、とでも言いたげな。私は反対方向に首を傾げた。


 頭の声の正体を知ったのは、それから三年経ったときだった。声の主から教えてもらったのだ。当時私は八歳。


『そろそろ、自分なりに物事が考えられるようになっただろうからな。簡単に説明しよう』

「説明?」


 確かちょうど、昼食を食べていたときだったと思う。久しぶりに降ってきた声に、私は首を傾げた。家族は嬉しそうに私のことを見ていた。話の内容、聞かれてないはずなのにな。


『あぁ、そうだ。俺のことと、それからお前にしてもらうことについて。そ、れから……そうそう、儀式をしてもらわなきゃいけないんだ』

「儀式……」

『まだ完全に、お前と繋がったわけではないからな。俺はお前のことを把握しきれていない』


 繋がる、繋がらないとはいったい何なのか。おそらく今から説明されるのだろう。

 私は、深く頷いた。


『まず俺のことから話そう。俺は、死神、だ』

「それは知ってます。お名前は?」

『まぁ、お前の家族が喋ってるか……名前はないし、要らない。死神とでも呼んでくれたらいい』


 相変わらず、安心する声だ。死神だなんて物騒な名前だけど、きっと心優しい人ではあるのだろう。子ども特有の勘が告げている。


「分かりました、死神様」

『別に様は要らないんだがな……それで、お前に頼みたいことについてなんだが』


 死神は口ごもった。声色に、申し訳なさのようなものが滲んでいる。私はぐっと唇を噛んだ。死神と繋がってからというもの、私を取り巻く環境は激変していた。第一王子と婚約させられていたり、淑女教育が厳しくなったり。ある意味で、私は死神を憎んでいた。だって、別に私は王子と婚約したいわけでもないし、勉強なんてもっと嫌。家族は喜んでたけど、何が嬉しいのかさっぱり分からない。

 だから、また嫌なことを押し付けてくるのだろうと思ったのだ。


『その……俺の代わりに、国を助けてほしいんだ』

「国を?」

『あぁ、国をだ。こんなこと言うのもなんだが、俺は直接人間界に干渉することができない。依り代に近い存在であるお前の魂を通じてしか。文字通り、俺は神だから』

「本当に?」

『じゃなきゃこんなことできるわけないだろう? ……まぁそれはおいといて、だ。ともかく、俺は死を司る神なのだ。死んだ人間を集計し、生の神へと知らせる。生と死のバランスを取り、人間界を安定させる。俺に課された仕事だ』

「むぅ」


 教育のおかげで他の子どもより聡明だったとは思うが、私はまだ八歳。意味不明な話にまた首を傾げた。家族が見守る中、死神との会話は進んだ。


『今は理解できなくともいい。そのうち分かるだろうから』


 どうやらこちらの状況を把握したらしい死神が告げる。私は黙ったままでいた。


『お前には、俺の代わりをしてほしいのだ。お前が生死の境を彷徨ったとき、完璧とは言えないが、俺はお前の魂と繋がりを持つことができた。お前の家系のおかげだろうな。お前もその――神と魂を共有できる力を引き継いだのだろう。俺が話しかけられる人間は、お前しかいない。俺はこの国についている。お前がいるからな。お前の命を奪われるわけにはいかない。依り代となることができるお前の家系は、神にとって重要……宝、いや、それ以上のものなのだ』


 ふわふわと、現実味のない声。


『この国は、いずれ崩壊する。今から俺は、お前と完全に繋がって、お前に国を救うための‘‘言葉”を渡す。お前は俺の代わりに、王に予言を伝えてほしい』

「予言を、私が、陛下に?」

『そうだ』


 脳内ではどうしても結び付かない三つの単語。口に出しても、やっぱり理解しがたくて。


『儀式は、言葉を伝えるために必要なのだ。急にはなってしまうが、今日は新月だから。年齢的にも今がぴったりなんだ。今から手順を教えるから、従ってほしい』


 神様のくせにちょっと腰の低い死神。まだ事態を理解できなかった私は、ただ一つ、気になっていることがあった。


「私、お前じゃなくて、サリア・ローズレイスという名前です」






「こんなこと今更思い出してもなぁ」


 声も聴こえなくなってしまったのに。鉄格子の中、私は呟いた。

 死神の言う儀式を執り行ったその日から、死神の声はより鮮明に、より頻繁に聴こえるようになった。そして十四歳になったある日、死神は言ったのだ。


『三日後、地方の村で、農夫が暴動を起こす。彼らをただちに取り押さえ、暴動を止めろ。革命の火種になる』


 私はすぐに国王陛下に伝えた。どうやら神様からの言伝、というのは昔からあったらしい。私の言葉を信じた陛下はすぐに動いた。

 結果として、暴動は起こらなかった。農夫が皆、捕まったからだ。村に計画書が残されていたあたり、本当に起こすつもりではあったのだろう。

 この一連の騒動で、私は聖女だと呼ばれるようになった。神の声を聴く、奇跡の少女。選ばれた光。名声は高まり、本格的に王子の婚約者として据えられることになる。


「死神様の言うことを全て無視していたら、今頃幸せになっていたのかしら」


 考えるだけ無駄なことなのに。そもそもそんなこと、できないくせに。あの人の言うことだもの。

 

 農夫事件からしばらくして、王妃教育が始まった。その一環として、元婚約者の家で暮らすようにもなった。厳しくて、辛い修行だった。

 何か失敗すれば、すかさず鞭が飛んでくる。肌の見えない部分を、義母は徹底的に打ち抜いた。きっと私のことが気に食わなかったのだろう。婚約に伴って公爵家に格上げされたものの、私の家は、元男爵家だったから。血液至上主義の王族は、上流貴族に比べると身分の低い私をまるで蠅か何かだと思っていたのだろうか。分からないし、分かりたくないことではあるけれど、辛いことに変わりはなかった。

 だから……そう、酷い嫁いびりと義母の肩を持つ侍女の冷笑に耐え続けた私は、人間では唯一他の者と変わりのないように接してくれる婚約者を慕っていた。態度に変わりがなかったのは、今から考えたら、あまり興味がなかったからかもしれないけど。

 けれど私は、彼を愛していたのだ。恋愛感情とは少し違っていたかもしないけど、彼と見た星は美しかったし、彼と飲んだお茶は美味しかった。彼と過ごした時間が楽しかった事実に、変わりはない。


「でもベルトラン様は、リリーの手を取った」


 牢の壁にもたれかかる。長らく掃除されていないのか、異様な臭気が辺りを包んでいる。血と汚物と、あとは吐瀉物が混じったような匂い。貴族なら、たとえ処刑されるにしても、もっと待遇がいいはずなのに。どうしてだろうか。私が……国を騙したから? いいえ、私はそんなことしていない。でっち上げよ。

 もしかしたら……ベルトラン様の名誉を守るためだろうか。

 国民の中で、私は聖女だ。神の声を聴き、戦争をいくつも未然に防ぎ、王の命を守った少女。買いかぶりで、自意識過剰かもしれないけれど、国の後継者の婚約者として認められているはず。

 そんな王子が、侯爵家の娘の誘惑に負けた。リリーの家は国一番の勢力を誇る家だから、仕方ないことであるとは思うけど。最近、私が予言したって、陛下も貴族達も、あまり耳を傾けないようになったきていたし。まるで神が何だ、とでも言うように。  

 神への信仰心が薄くなってきているのも、肌で感じていた。そうね、ベルトラン様だって、新しいもの好きだったし。


「辛いなぁ」


 独り言が、唇から滑り落ちる。今まで私は、ずっと頑張ってきたつもりだった。

 死神との会話は普通にできるけれど、‘‘言葉”を受け取るのは、想像以上の苦しみに襲われる。頭痛のあまり意識が飛ぶこともあるし、食欲が無くなって、一週間何も食べられなくなったりすることもある。‘‘言葉”が途中で途切れることもあって、全てを理解するため、勉強にも勤しんだ。今やリーベタース王国の政治に関して、知らないことはほとんどないほど。そういえば、儀式を行ったときだって、しばらく高熱を出し、死にかけた。

 それでも頑張れたのは王や王子の命を守りたいからで、国を救いたかったからで、死神様がずっと傍にいてくれたからだった。


「声は聴こえなくなってしまったけれど」


 婚約を破棄されたからだろうか。死が確定したからだろうか。絶対に見放さなかった彼もが、私から離れて行ってしまった。


「神様だから仕方ないわよね。私みたいな人間を依り代にして、支えてくれるだけありがたかったのよ」


 自室から見えていたのは、いつだっておどろおどろしく輝く世界。夢見ていた世界とは違ったけれど、きっと触れることができただけで幸せだったのだ。


「それに今から、楽になれる……」


 もう体に鞭が降ることもない。もう蔑んだような目を向けられることもない。他の女の家に遊びに行った婚約者を、仕事のせいで遅いのだと思い込んで待つこともない。国を救うためと、自分を殺す必要もない。民の笑顔を守るためと、陰で犠牲になることもない。


 静かに目を閉じる。もういっそ、ここで死んでしまおうかしら。明日になったら、私は悪者になっているだろう。何て説明されているのかしら……本当は、全てサリアが企てたことだったとか? 神からのお告げだと王に申告し、自ら事件を起こし抑えることで、王妃の座を狙った。面白いシナリオじゃない?


 薄く笑ったときだった。

 看守のうめく声が聞こえてきた。私の他に罪人でもいて、何かしたのだろうか。

 気にはなるが、様子をうかがう気にはなれない。もう何もしたくないし、もう何も考えたくない。

 目を瞑ったままでいると、不意に私のいる牢の格子が揺れた。急いで耳をふさぐ。折檻で、閉じ込められた檻を揺さぶられたときの音と似ている。


 ガシャン。バリ。ガリガリ。ウッ……。ガチャン。


 大きな音にさらに耳を強く押さえつける。長い髪が背中で震えた。


「おい。おい、サリア……大丈夫か?」


 誰かが私を呼んでいる。この声は……死神様……? でもそんなのおかしいわ。だって、ここに来るはずなどないもの。前に言っていた。神の世界から逃れることはできないのだと。いや、逃れた者がいないから分からないのだと。

 どんな犠牲を伴うのか。自分がどうなってしまうのか。


「おい、サリア!」


 いっそう強い声で呼ばれ、まるでガラスの人形に触れるかのように、優しく、優しく手をほどかれた。途端、音が鮮明に聞こえるようになる。


「ごめんな、サリア。来るのが遅くなって」


 夢にまで見た彼。いつか助けに来てほしいと、そう願っていた。

 あるとき私は彼に言ったことがある。




「いつか迎えに来てほしいのです。けれど生きているうちに会えないことは分かっているし……死ぬときは、真っ先に貴方の元に行きたい。迎えに来てほしいのです、死の世界の入り口まで。それくらいしてくださったって、いいでしょう?」


 今から考えたら、私は神に何て失礼なことを言ってしまったのだろう。

 月が綺麗な夜だった。私の青い目と同じような夜空に星が浮かんでいて。窓から景色を眺めながら思わず呟いたのだ。その日はいっとうお仕置きが酷くて、ベルトラン様は帰ってこなかった。


『そうだな。もしサリアの身に何かあったら、俺が迎えに行くよ』




「迎えにきたぞ、サリア」

「……私は、死ぬのですか?」


 言ったそばから、頭では自分が生きているのだという希望を否定する。そんなの、死ぬに決まってるじゃないか。

 明日にはこの世にいない身だもの。だからこれはきっと幻覚か……もしくは死神様がわざわざここまで迎えに来てくださったのだ。


「いや、サリアは死なない」


 力強い声が鼓膜を揺する。


「絶対に、死なせない。俺が、死なせない」

「どうして? 死ぬから、私を迎えに来てくださったのではないのですか?」

「違う。俺はサリアを助けるために来たんだ。死なせるはずなんてない。絶対に守り抜く」


 私と同じ、青い瞳に見つめられれば、何も言えなくなってしまった。必死な目だ。こんな真剣な表情で見つめられたこと、今までの人生にあっただろうか。


「どうして……私の力を、残す必要があるからですか?」


 だって、危険を冒してまで来てくれたんだもの。そういえば、そもそもの始まりは、私の血を絶やさないため、国を守ることだった。


「違う。俺はただ……」


 死神様はそこで言葉を切った。深い青が私を射抜く。黒髪が、月明かりに照らされて、明るく見えた。




『俺、実は他の神達から嫌われているんだ。まともな話し相手が、生まれてから今まで、君しかいなかったくらい』


 切なげな声が響いたのは、いつのことだっただろう。


『死を司る神だろう? 他の神はみな、率先して死神になった俺を気味悪がって、近づこうとしなかった』

「どうしてわざわざ死神様になったのですか?」


 私に神の国のことはよく分からない。ただどうやら、世代交代することはあるようだ。死神様の言葉の端々から伺い知ることができた。


『人を救いたかったんだ。人を救えるのは、生の神ではなく、死の神だと思っていた』

「人が嫌いなのに?」

『人は嫌いだ。嫌いで仕方ないけれど、俺は彼らのことを神として愛してもいる。人間は強欲だが、人のために自分を投げ打つ美しい人もいる。普通の人もいる。何もしない人もいて、だから俺は、そんな人達を助けようと思った』


 当時の私には難しくて、癖みたいに首を傾げたっけ。





「手を、取ってくれないか?」


 いつの間に目の前に白い手が差し出されていた。

 あぁ、そうだ。この人はいつも人のために無理をする人で、それから自分を犠牲にする人。自分がどうなってしまうのかすら分からないのに、私を助けに来てくれた。


「……っえぇ!」


 そっと手を、重ね合わせる。今でも信じられない。やっぱりこれは、夢なんじゃないだろうか。もう死んでいるのかもしれない。でも、こんな幸せな最期って他にある?

 けれど予想に反して、死神様の手は暖かかった。


「きっとこの国は滅びる。今までサリアのおかげで戦争や革命を回避することができていたが、火種はそこら中に散らばっているんだ。王は傲慢だし、王子も珍しいこと好き。民は他の国に比べて血気盛ん。そのくせ、文明レベルは劣っている。戦争や革命が起これば、たちまち負けるだろう。だから」

「今すぐ、ここから逃げよう。二人で、ここから。隣の帝国なら、移民に寛容的だ。それに、俺には神の力が残っている。君には絶対に苦労を掛けないから、だから……」


 そっと、立たされた。本当に、ここまでどうやって来たのだろう。分からないけれど、目の前には確かな“重さ”がある。

 けれど、それにしても……


「どうしたんだ?」


 ふふっと笑った私に、死神様は首を傾げた。幼い頃の私みたい。


「だって、想像していた姿とそっくりで」


 黒髪に、切れ長の目。声。話し方。本当に、想像していた姿とそっくりだ。何がそんなに面白いのか分からないまま笑い続ける私を、死神様は、眉を下げて微笑みながら見つめていた。


「そうだ、死神様」

「俺、死神じゃなくて、レイという名前だ」


 おそらく、昔の私の真似をしたんだろう。思わず、もう一度微笑んだ。死神様――レイに手をひかれるまま、牢を脱出する。看守は、どうやら気絶させられているだけのようだった。


「私もう一つ気にかかっていることがあります」


 レイの力で空を飛び、城からも脱出。本当に、夢みたい。私達は、小高い丘の上にたった。草原で、ところどころに小さな花が咲いている。

 目の前に輝くのは、薄青い月。夜空には星が輝いている。


「どうして私を、助けにきてくださったんですか?」


 レイは驚いたような顔をして、私から目を逸らした。


「それは、それは……」


 口ごもる。暗いから見えないけど、きっと耳は真っ赤なのだろう。そんな声色だった。


「俺がその、君をただ……」


 暖かい風が、私達を撫でるように駆け抜けていった。派手ではない金髪が、ふわりと舞い上がる。


「君をただ好きで、愛しているから」






────────────────────────

「ベルトラン様! 王都が陥落しました!」

「なに!?」


 婚約者であったサリアが忽然と消えてから三ヶ月。周辺国との競争が活発化し、戦争にもつれ込んでいた。王であるベルトランの父親は暗殺され、代わりにベルトランが王を務めている。

 サリアは、不思議な少女だった。死神とやらの声を聞き、予言をした。素直な反面、何をされても黙って耐える。そんなサリアのことがベルトランは気に入らなかったが、どうこうしようとは思わなかった。そもそもベルトランは神を信仰していなかったし、あまり興味がなかったから。それよりも、ワガママで可愛らしいリリーのことを気に入っていたし、実際婚約者にした。

 サリアのことは自分の名誉を守るため、そして煩わしがったから、火炙りに命じた。もっとも、その前に逃げ出したが。彼女がいるせいでなかなか刺激もなかったし、戦争だって未然に防がれていた。戦争されすれば、我が国はもっと領土を獲得し、もっと強くなれるだろう。革命がどうたら言っていたが、きっと民は俺につき、そんなものなくなるはず。

 戦争に、勝ちさえすれば良かったのに。


「もうそろそろここにも軍が……」


 宰相が口籠る。ベルトランは舌打ちをした。サリアに出会ったのがきっと運の尽き。死神なんてものを味方につけるから、こうなるのだ。

 あいつは疫病神だ。どこへ行ったが知らないが、早々に死んでいてほしい。女一人で無事なはずはないだろうが。


「兵は」

「皆殺しです」


 どうやらもう勝ち目はないらしい。

 ベルトランは薄く笑った。


「リーベタース王だ!」


 何やら部屋の奥から叫び声が聞こえる。敵国の兵だろう。すぐに扉は開けられ、宰相は殺された。他の大臣も皆殺された。あとは、俺だけだ。


「さようなら。王様」


 敵国の王子が、手を伸ばす。剣一振りでは足りず、何度も振り落とす。九度目で、首を刈り取れた。


 その日、サリア達が逃げ込んだ国にリーベタース王国は倒された。

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婚約破棄された聖女は、死神と幸せに暮らすことに決めました 時雨 @kunishigure

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