嫁入り前の女子高生

龍鳥

君は僕の運命の人じゃないけど


 僕は、孤独だ。


 どういう風に孤独か?


 家族はいる。


 友人もいる。


 仕事もしている。


 じゃあ、僕に足りない人生といえば何か。


 小さい頃、夢があった。何かの世界チャンピオンになりたい。僕はビックになって、誰にも追いつけない才能を持っていると、そう信じていた。

 スポーツ、文芸、話術、なんでもしたが、どれ一つとして僕の才能はなかった。だから、誰にも怒られない人生。安定した生活と安定した進路を目指して、誰かの将来のために働くことなのだ。


 僕にとって何故、これほど大きい存在にこだわるのか。だってそうだろ?誰しも夢を叶えて大成したい気持ちはあるだろ?それは地球上の誰しもがそう思っているはずだ。


 女が欲しい。


 金が欲しい。


 名誉が欲しい。


 さて、しょうもないサラリーマンの愚痴はここまでだ。

 

 今日も僕は、誰も迎えてくれないアパートの一室への帰路に立つ。ただいま、と言ってくれない部屋に入るのは、本当に寂しいものだ。

 いつもの業務、いつもの夕飯、いつもの、いつもの……



 「なんだなんだ、僕の人生は」



 歩く死人が、1人呟く。


 そう思っていた矢先、二階にある僕の自室に階段を上がり終えた時、ドアの前に見知らぬ女性が立っていた。

 セーラー服を着ており、足下まで届きそうなスカートと癖毛がない清潔な髪質に、お嬢様な気質を感じる。



 「あの、こんな真夜中に、僕の家に何か用ですか」



 新手の勧誘か、僕は少し警戒心を出して女子高生に声をかけてみたが、彼女は僕を見て驚いたような顔をして、振り向いた。



 「正雄さん……」



 正雄、それが僕の名前だ。世界の中で一番嫌いな文字、夢を叶えられなかった、哀れな男の紋章だ。しかし、何故に彼女が僕の名前を。



 「失礼ですが、どちら様ですか」


 「やっと会えましたね‼」



 名前も知らない彼女は、泣きながら僕に抱き着いてきた。いや、これは何かの間違いか。僕は人を騙すような犯罪を犯したのか?



 「あの、いきなりな、なんですか」


 「あなたのお嫁さんです‼」


 

 僕の思考は止まった。両端の髪を三つ編みに止めた、綺麗なブラックパールの色をしたヘアカラーに、小鳥のような羽ばたきを見せる仕草に、僕は見惚れてしまった。いやいや、そもそも女子高生から求婚されたのは、きっと何か彼女は誤解しているに違いない。



 「ま、待ってください‼話が見えないのですが‼」


 「あれ?覚えてないのですか?正雄さんは私を救ってくれた勇者様なのですよ」


 「記憶にございませんが……」


 「思い出してください‼あの時の出会いを‼」


 「すみません‼そんなに顔を近づけないでくさい‼」


 なんなんだ、この子は。グイグイと迫ってくるタイプだし、僕のことを救世主か何かと勘違いしている。とにかく、記憶にもないことだがら僕が誤解を解かないと。



 「あのね、僕は君の事を本当に何も知らないんだ」


 「そんな‼せめて一緒に住むことでも‼」


 「話が飛び過ぎだよ!!」


 「ほら…私を痴漢から助けてくれたじゃないですか‼」


 「…僕は車で会社を通勤しているのだが」


 「あっ」


 …やはり勘違い、という訳ではなさそうだ。彼女が言った曖昧な答えを否定した僕は、更に詰め寄ろうとしたが、泣きそうな顔をする彼女を見るのが心が痛くてやめた。



 「とにかく、君は一体なんなんだ。適当な事を言って僕を騙そうとして。素直に帰りなさい」


 「それはダメです。だって…今から帰ったら…」


 

 暗い顔を落とす彼女から、何か重い事情があるようだと察する。このまま帰すわけにもいかない僕は、彼女の話を聞いてあげる。



 「どうして、僕に会いたかったの?本当の理由を教えてくれ」


 「……」


 「君はきっと、優しい子なんだろうね」



 これは僕の憶測であるが、彼女と初対面時に、僅かに助けを求めているような感触を感じたのだ。勿論、見た目が可愛いから余計にそう見えたのかもしれないが、


 助けて、そう呼ばれている気がした。



 「恥ずかしながら、私。学校で虐められてまして」



 大方、予想が当たった。彼女から放たれる言葉をゆっくりと僕は聞いてあげた。



 「私のクラスは、いくつかのグループに別れているのです。そのグループのどれかに入らないと、自然とクラスに浮く存在になり、その標的が私になったのです」


 「そうか…」


 「彼女らは、別に悪い人たちではないのです。最初は、三つ編みは古いね、とかの弄くる程度だったのですが。次第にエスカレートして」



 『ねぇ、どうしていつも一人なのよ。あたしらが友達になってあげるからさ、パンを買いに行ってよ』


 『隣のクラスの男子にさ、あんたみたいなボッチがいるんだ。ボッチ同士、その子に告白してよ。どんな反応するか見たいんだよ、うちら』


 『あんたが鈍いからさ、友達ができないんでしょ。だから、あたしらが友達になってあげてんのに、なんで素直に言う事を聞かないの。友達やめるよ?』



 話を聞いた僕は怒りしかなく、ただ拳を握っていた。


 彼女も僕と同じ、特徴も才能もなく生きていた。僕は虐めらたことはなかったが、彼女は自分よりも悪い環境に合っている。

 弱い人間は、強い人間に淘汰されるしかない。そんな格言を誰かが決めつけたかもしれないが、僕は許さない。



 「それで、次の罰ゲームが。僕への告白だと」


 「はい。適当にいる、そこらのサラリーマンに告白して来いと、言われまして。それができなかった、友達を辞めると…」


 「ならさ」



 僕は、女子高生と叶うはずもない約束をした。本当に、この時の僕はどうかしているか、いざラブストーリーが始まれば、ロマンスとは開幕するものだ。



 「本当に、お嫁さんになろうか」



 君が僕の運命の人じゃなくても、僕は君を救いたいから。

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嫁入り前の女子高生 龍鳥 @RyuChou

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