ベッドの底

うりた

ベットの底

16歳になろうかという少女がいた。幼少の折から人との交わりを極端に恐れていたというその少女は、中学生の後半になるころから、不登校を貫き、風呂や食事など、最低限の行動を除いては、自室のベッドで毛布に身を包み、1日そこに横たわっていたという。


いづれは元気に学校に戻っていくのではないかと、一縷の望みを両親は抱いたが、数年がたってなお、一向外に出る様子もなかった。


さりとて、少女自身が悲痛な面持ちをしているかというと、そんなこともなく、むしろ大変幸せそうにしていて、家事の手伝いをするときなんぞは、呑気に鼻歌を歌うこともしばしばであった。


そんな娘と過ごす日々は、平穏そのものだったが、少しばかり奇妙なことがたびたび起こった。


自室で過ごす少女の部屋からは、時折妙に塩っぽい匂いや、雷鳴のようなものが聞こえてくることがあった。


そして、小魚だろうか、食卓に並べられなかったはずの食材が、ゴミ箱に入れられていることがあった。


「ネットで知り合った人から送られてきたの。」

「自然の音を流すのが、最近の趣味なの」


そう少女は言葉を継いだ。


大体は家にいる母親は、そのような宅配があった記憶はなく、なにか不穏なことが起きているのではないかとひどく怪しんだ。しかし、これといった外出の形跡もない娘に、他に考えられる理由もなかったため、月日が経つうち、気にすることもなくなった。


そんなある日、少女は忽然と姿を消した。部屋の何もかもと、玄関の靴も残したままに、どこかへと。


捜索は十分になされたが、手がかりひとつ見つけられなかった。


1年が過ぎ、ようやくこの一件から立ち直りかけていた母親は、娘の部屋を整理にとりかかりはじめた。


すると、不思議なことに、見慣れない貝殻のコレクションや、どこで使うのやら、釣竿をはじめとした、立派な釣り用具がクローゼットから出てくるのだった。


そうした発見が立て続けに起こるうち、ふと気づくと、ベッドの中から漣のような音が聞こるようだ。シーツをめくってみると、そこにはマットレスの中央を貫通するように、大きな穴が穿たれていた。その奥から、音は流れ出てきている。


誘われるように下を覗けば、そこには、地平線の彼方までつづく大海原が広がっていた。するりと滑空する海鳥たち、青青と煌めく海面、群泳する魚らの影が見える。


いたく不思議な経験をしてからのち、母親は、たびたびベッドの上に余計につくった料理を供えるようになったという。何かの直感が彼女の行動を支えた。供えたものが、数日もしないうちに消えることを知りながら……。


今でも、眠れない夜が来るたびに、母親は自室を抜け出して、この穴の縁に腰かけるのだという。


娘が残した釣竿を片手に、穴の中へと糸を垂らしては、月光の下、塩の満ち引きに耳を澄ませる。


消えていった少女との日々を回想し、流れる涙に心を預け、長く暗い宵を、ただ一人過ごすのだという。

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