第43話 足止め1

 ゾーオに取りつかれた男に飛びかかった俺は、ズボンの裾に食いついた。

 そして動物園の中に入れまいと、全力で引っ張る。


「邪魔ダ!」


 しかし男は足を蹴り上げ、俺はあっさりと引き離された。


 吹き飛ばされても、何度だって‼


 依り代がなるべく傷つかないよう配慮しつつも、靴にバックに色んな所に噛み付いては振り払われを繰り返えす。

 すると流石に見過ごせなくなったのだろう、男は真っ直ぐとこちらを見つめ、俺を標的に定めた。


「フゥーフゥー!」

「おぃおぃ、目が完全に据わってんじゃねーか……」


 充血した目に、荒い息遣い。

 歯をむき出しにした口からは、涎が流れ落ちる。

 まともではない相手を前に、俺は喉をゴクリと鳴らした。

 それと同じくして、首輪の鈴がチリンと鳴る。


「正体を現したか」


 男の体から淡黒うすぐろく、朧気で半透明の二つの頭を持つ化け物が現れる。そして、

 

「邪魔スルナァァァァァ‼」


 咆哮を上げると同時に、ゾーオは体の一部をこちらに向け投げ飛ばす。

 俺は液体の様なそれを、間一髪で避けた。

 そして、それはアスファルトに付着する。


「溶解って、熱なんかと思ったけど違うのか……。しかもアスファルトも溶かすって」


 液体の様な物が付着した部分からは、白い煙が上がる。

 その後そこには、握り拳ほどの穴が空いていた。

 

 あんなの当たったら、体に風穴が空いちまう……。


 そんな事を考え、一瞬目を離した時だった──。


「──やば!?」


 ついさっきまで、両の足で地面に立っていたはずの男が、人並み外れた跳躍力で俺の頭上へと飛んでいる。

 それを見て咄嗟に、近くの車の下へ飛び込み身を隠す。

 するとすぐ、頭の上ではガラスが割れるような音が響いた。


 一先ず攻撃を回避した。

 とっ、安堵していたが……。


「と、溶けて‼」


 頭の上が明るくなり、目の前に溶けた金属が滴った。

 車の下から飛び出ると、フロントガラスは凹み、蜘蛛の巣の様にヒビが入っている。

 そして車両のボンネットの中央に、子供一人が入れるほどの、巨大な空間が出来ていた。


「く、車が!? 無茶苦茶しやがって、結界内じゃ無いんだぞ!」


 くそ、こんなの洒落にならない。

 早い事結界を張らないと被害が拡大する。


 でも俺は結界魔法は使ったことないし、もし出来たとしても相澤程の規模の結界が出来るのか?

 下手に依代から追い出して、自由に動き回れるようにした方が危険かもしれない。


「お、おい。どうなってんだ、あの車が突然溶けたぞ!!」


 しまった、見られた!?


 声の先には、子連れの家族の姿があった。


 ゾーオに取り憑かれている男の標的が、俺からその家族に切り替わる。

 

「や、やめろ!!」


 家族連れは、ゾーオに取り憑かれている男から走り距離を取る。

 俺は噛みつき、何とか阻止しようとするものの、簡単に引きずられてしまう。そんな時だ、


「──お待たせ、ノアちゃん!」


 空から声が聞こえ頭上を見る。

 すると相澤が真っ直ぐと、俺に向け急降下していた。


「相澤、手を!!」


 俺は空を飛び、彼女に手を伸ばす。

 そして触れた瞬間、俺達はコネクトを繋いだ。


「相澤、結界だ──急げ」


 俺は手を上げ、結界を張る体制を取る。

 するとゾーオも、手らしきものを掲げていた。

 

「アジール!!」


 相澤の声が響き、俺の手から結界の魔法がドーム型に展開する。

 結界は瞬く間に広がるが、ゾーオも逃げる家族連れに向けて、体の一部を飛ばしていた。

 

 ゾーオの攻撃が家族連れに当たる直前、俺は目を背ける。

 その後ゆっくり目を開けると、周囲一帯の色と言う色はせ、子連れの家族は居なく、地面には穴が空いていた。

 あたりには血痕も何も残っていない、結界が間に合ったと信じたい。


「ノアちゃん、あれ見て」

「……もしかして、オルトロスって奴か?」


 結界により、依り代から引きずりださたゾーオ。

 朧気だったその姿はハッキリし、二つの頭を持ち、蛇のような尻尾を持つ巨大な黒い犬に見えた……。

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