第39話 意地悪

 シロルが姫乃先輩に捕まった翌日。

 それは同時に、相澤が新聞の取材を受けた翌日でもあり──。

 

「新聞……もう出来たのかよ」


 学年別に設置されている二年の掲示板、ソコには新聞部が作った新聞が既に貼られていた。

 その新聞は、掲示板の前に今までにないほどの渋滞を作り出している。


「おはよノア。どう? この人気っぷり」


 俺に挨拶をして、つつましやかな胸を張る茜。

 大勢の人で新聞は見えないけど、未だかつてない人混みに、人気なのは良く分かる。

  

「あぁ、凄い集客力だな。そんな大きな特ダネでもあったのか?」

「何言ってんのよ、一面記事の相澤ちゃんのインタビューが人気の理由に決まってるじゃない」


 茜の回答に、俺は理解できずに固まった。

 いくらシンデレラストーリーみたいな相澤の変化でも、全校で何百人も生徒が居るんだぞ?

 その中でも、極一握りのただの女の子が、学校新聞の一面に飾られたぐらいで、そんなまさか。


「いや~、でも驚きだわ。あんたら付き合ってたなんてね」

「……はっ? おい、ちょっと待て!!」


 茜の口から、サラッと問題発言が聞こえた。


 今なんて言った?

 誰と誰が付き合ってるって?


「あれ~、あんたじゃなかったの?」

「違うわ!! って、なんでそんな話になってるんだよ」


 茜は口元に手を当て半笑いだ。

 あの時、俺が飲み物を買いに行っていた数分間。その間に何があったら、俺と相澤が恋仲になるんだ。


「冗談よ冗談。実はあの記事はデマなのよ。相澤ちゃん立ってのお願いでね」

「も、もしかして、俺と相澤が付き合ってるって書いたのか?」


 それにしては、周りが俺を見る視線が少ない気がする。

 でも茜が、理由もなくそんなセンスの悪い冗談を言うとは思えないんだよな。


「ぷぷぷっ、違うわよ。相澤ちゃんには彼氏が居るって書いたの。嘘は本来不本意だけど、本人の証言そのままだし、インタビュー記事としては間違ってないしね」

「あっ、なるほど。アイツまた……」


 もしかしたら、鈴木に見られることを考慮してなのかもしれないけど、嘘に嘘を重ねやがって。

 俺が事態を知らなかったら、本当に彼氏もちだと思うだろ。

 こちらとしては、勘違いしたとしても、なんの問題もないけど。

「あの子、現実にして見せるから大丈夫ですって息巻いてたわよ? 恋する乙女には敵わないわ。ほら、噂をすれば」


 一年の教室から階段を駆け上がってきたのか、息を切らしながら相澤がトタトタと走って来た。


「はぁはぁ、あのですね日輪先輩、これは違って……」


 相澤は俺の近くにくると、第一声で言い訳を始めた。

 茜に言われた冗談に、なんとなく苛立ってたのか、


「なにが違うんだ? 俺は別に、相澤が──いたッ!」


 だが言い終わる前に、頭に痛みを感じた。

 そして目の前の相澤を見て、俺はハッとさせられる。

 彼女の目が、薄っすら潤んでいたのだ……。


 隣では茜が、少しムッとした顔で、持っている丸めた紙を、手の上でポンポンと鳴らしていた。


「意地悪しなさんな。大丈夫よ相澤ちゃん、ノアにはちゃんと説明しといたから」


 茜の言葉を聞き、ホッとした顔を見せる相澤。

 こちらとしては、なんだか複雑な気持ちだけど。


 相澤が居ることに気付いたのだろう。

 いつしか俺達の周りには、取り巻きが集まっていた。

 そして、話し終えるのを待っていたのか。


「ねぇねぇ相澤ちゃん、あの新聞の記事に乗ってた彼氏って、誰の事なの?」


 っと、その中の一人が相澤に話しかける。

 先程までの騒がしさは静まり、皆が相澤の答えに注目した。


「えーっと、すみません、私はこれで!!」


 注目から、相澤は逃げるように立ち去った。

 追いかけるまではしないものの、相澤を呼び止める声が上がる。

 本当に、学年が違うとは思えない人気だ。


「ねぇあんた。どうしてさっき、意地悪言おうとしたの?」

「何となく……」


 猫の姿のとき、普段から冗談を言ったり、からかったりしている癖が出たのか?

 いや、さっき口にしようとした言葉はもっと悪質で、きっと相澤を傷つけた。冗談では済まない。


 茜は小さく「はぁー」っと溜息をついたあと、俺に向けて手に持っている丸めた紙を突き出してきた。


「はい、そんな意地悪なノアには罰。これ貼っといで」

「あの人混みの中をか?」

「だから罰になるんでしょ」


 茜から丸めた紙を押し付けられる。

 これが罪滅ぼしになるかは知らないが、相澤を泣かす前に止めてくれた恩もあるか……。

 何よりこの人混みの中、茜に貼りに行かせるのも忍びない。


「じゃぁ、頼んだよノア。私は相澤ちゃんの事で質問攻めに合う前に、教室に行くわ」


 目的を達したのか、茜は罰と言う名の仕事を俺に押し付け走り去って行く。

 手に残された紙を見つめ、諦めるように肩を落とす。

 そして「よし!」っと覚悟を決め。


「ちょっとすいません、通らせて下さいー」

 

 人波をかき分けて、掲示板へと向かった。

 目の前までたどり着き、俺は早速ピン型の画鋲で手に持っている紙を、新聞の近くに掲示する。

 その内容は、


「迷子の、犬探し?」


 朝のニュースでやっていた、首輪を切られ逃げ出した犬、その特徴と飼い主の連絡先が書かれたポスターだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る