第38話 ココロ替え

「飾ってある写真……。変わってね?」


 シロルが姫乃先輩に連れて行かれた翌日の朝。

 俺は相澤の部屋で、テレビのニュースを垂れ流しながらボーッとしていたときだった。


 最近では慣れて、日常生活に溶け込んでしまって気にもしなかった、俺の額入り写真。

 そのラインナップがいつしか更新されていることに気付いた。


 もしかして月々変えてるとか?


「それにしても新作の写真、バッチリピントが合ってる。写真撮影に急成長がみられるな……」


 前回のと比較して、見違える程だ。

 それだけじゃない。構図そのものに、今まででは感じられなかった躍動感というか、動きがあるように見える。

 中には、素人目に見てプロ顔負けなものまである気がする。知らんけど。


「あれ? この写真、どこかで見た気が」


 数ある写真の一枚、真っ直ぐとカメラ目線な俺。

 その表情は何処か険しく、怒っているようにも見えるけど……。


 いつ撮られた? そんな事を考えていると、朝食を取り終えたのだろう、ドタドタと相澤が階段を駆け上ってくる音が聞こえた。


「──ねぇねぇノアちゃん! どうかな夏服、似合ってる?」


 突然現れた相澤は、俺に衣替えをしたばかりの夏の制服を見せつけてきた。

 窓の前でクルリと一周回り、軽くなったスカートはふわりと花の蕾のように広がる。


 最近では以前と違い、何かと注目されている自覚が出てきたのか、身なりにも多少は気を使うようになったらしい。……が、


「相澤……。下着透けてるから、下になんか着とけ」

「えっ、本当!?」


 詰めは甘々だ。

 こんなところは、相変わらずと言わざると得ない。


 相澤はクローゼットを開け、中に着る服を引きずり出す。そして、


「おい、相澤。目の前で脱ぐな!!」


 俺の目の前で、制服の上を脱いでいた。

 白地の生地に、赤いフリルのついた下着なんて見てない。見てないって言ったら絶対に見てない……。


 相澤から視線をそらし、横を見る。

 するとテレビのニュースに、興味深い内容が流れていた。


『本日未明。○○市で、繋がれた飼い犬の首輪が切られる事件が数件見つかりました。犯人は未だ見つかっておりません、家に入れるなどの対策を…………』

「なんだ、すぐ近くじゃないか」


 物騒な話だ。

 噛み癖のある犬も居るだろうし、犬だって車の往来する現代社会じゃ事故をする事もあろうに。


 そのニュースに気をつられてる間に、相澤の着替えは終わろうとしていた。


「ねぇノアちゃん、これなら大丈夫かな?」

「あぁ、ほとんど見えなかった……。じゃなくて見えないな、大丈夫」

 

 清楚感のある半袖のシャツ、可愛らしいリボンタイ、それとチェックのスカートだ。

 一年でも、小柄な方の相澤が着こなしている。にはまだ程遠いかもしれない。

 それでも、持ち前の魅力と合わさり、つい目で追ってしまう。


「では、改めて。どうかなノアちゃん、似合ってる?」

「あぁ、馬子にも衣装ってやつだ。ちゃんと高校生に見えてるよ」

「えへー。ってあれ? それって褒められてるのかな?」


 小首をかしげ、相澤は悩む素振りを見せる。

 彼女には、このまま何事もなく普通の女子高生生活を送ってもらいたいものだな。でも、


「なぁ相澤。話は変わるけど、もし次にゾーオが出たらなんだけど」

「──ノアちゃん。今度は私、ちゃんと戦うよ。例え魔法が使えなくたって」

「いや、むしろ逆で」


 俺は以前の戦いで怯えていた相澤を思い出す。

 出来ることなら、二度とあんな思いを彼女にして欲しくは無いんだけど。


「ここ数日ね。当たり前の日々の中に、沢山の憎悪が溢れてて、でもそれ以上に愛や優しさで満ちてる、なんて感じるようになったの」

 

 憎悪や驚き、怒りや恐怖、悲しみに嫌悪、そして喜び。

 命の危険を感じたからこそ、当たり前の日々の中にある感情に敏感になる。

 彼女が言っている意味が、俺には理解できた。


「家族や友達。それにノア君も、みんなみんな優しくて……。私、やっぱり守りたいと思うから」


 彼女にとって、周りの皆は自分の命を賭しても守りたいと思える大切な人ばかりなのだろう。

 それはとても素敵な話で、俺も──。


「分かってるな、今は攻撃する事も出来ないんだぞ?」

「うん、でも結界でゾーオを人から追い出すことは出来るよ。その後は、どうしたらいいか分からないけど……」


 どうしたらいいか分からないけど、この前みたいに動けなくなったりしない。

 だから一緒に戦いたい! っと言う覚悟が感じられた。


「それが相澤の願いなら、止めはしない。なんたって、俺はお前の使い魔だからな」


 借金のために、命を代価にするのはゴメンだと、最初は思ってた。

 でも決めた──俺の目の黒いうちは相澤を含め、なんとしてでも皆を守ってみせる!!


 彼女のように大切な家族や仲間を守りたい気持ちは、誰にも負けるつもりはない。

 そしてそれが出来るのは、ちっぽけでも魔法が使える者だけなんだ。

 

「あぁ〜!? もうこんな時間、電車に送れちゃうよ!!」


 相澤はカバンを手に取り、慌てて部屋の外へと飛び出して行く。

 部屋に残されたのは、俺と垂れ流しのテレビの音だけだ。


「それにしても、前回のゾーオの時のニュースがパタリと止んだな。関係各所から圧力でもかかったのか? まぁ、深く考えないほうが良さそうだな」


 恐怖から逃げずに、業界の事も少しは知って行かないといけないな。

 まぁ、聞ける相手は今頃どうなっているか分からないんだけど。

 引き渡した俺が言うのもなんだけど、シロル無事だと良いな……。

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