第30 話 恐怖

「そ、れて……くれた?」


 轟音ごうおんと共に、俺達の隣にあったマンションに雷が落ちる。

 建物の外壁の一部がくずれ、建物内の一室が揺らめく赤で染まり出す。


「な、何が……起こったの?」


 相澤は、今の状況を飲み込めていないようだな。


 くそ、あんなの目で見て避けれるものなんかじゃない。

 こんなところでフラフラしていたら、いい的になる──。

 

「相澤こっちだ!!」


 俺は相澤の服の一部を掴み、引っ張って逃げた。

 射線に身を晒し続ける事は、死を意味する。

 この業界に精通してるわけではない俺にも、アレのヤバさは理解できた。


「くッ、また来る……。当たったら黒焦げだ」


 高度を下げ、建築物を盾に逃げた。

 頭上では何度も雷鳴が轟く中、逃げて、逃げて、ひたすら逃げ回る。

 その中、窓の空きっぱなしになってる集合団地の一室を見つけた。


「しめた、あそこに避難するぞ」


 俺達はその部屋へ飛び込んだ。

 雷鳴はいつしか鳴り止み、俺達の息遣い以外は聞こえない。

 察するに、どうやらゾーオはこっちを見失ったらしいが。


「はぁはぁ、助かった。あの雷、命中精度は低いみたいだな。それに次の落雷までに多少の溜めがある。そこを突けば……」


 思考を止めるな、考える事を辞めれば死が近付く。

 勝ち筋が無いわけじゃないんだ。

 こっちには一撃必殺の、相澤の魔法がある。

 それを、いかに相手に先に当て……。


「はぁはぁ……はぁはぁはぁ……」

「相澤?」


 付近にまた雷が落ちたのだろう。

 大きな音と共に、空気が震えた。


「きゃぁぁぁ!!」


 相澤は悲鳴を上げ耳を塞ぎ、その場にうずくまる。

 目の前には、雷に怯える普通の女の子がいたのだ……。


 今まで平然としている様に見えたので、気にもしなかった。

 今回は敵の脅威が増しているのもあるだろうが、そもそも敵意を向けられたり、死が目の前に迫っていて、怯えない人間がいるはずがない。

 完全に失念していた……。


 しかし、そんな事はお構いなしに、連続して雷鳴が響き始めた。

 

「音の方角がバラバラ? 無差別に攻撃を仕掛けてるのか」


 落ち着け、落ち着くんだ。

 普通の雷と同じであれば、火災の心配はあれど建物内ならまず平気。

 でもここからじゃ、奴を視認できない。

 魔法を放つ準備と、狙いを定めるためには、最低でも数秒の時間と視認が必要だよな……。


 相澤は恐怖で体が震えている。

 彼女を連れて動き、パニックになるのが一番危険だ。


「……俺はなんのために使い魔になった、思い出せよ」


 借金返済のため。

 それは分かってる、だけどそれだけじゃないだろ?

 後輩の女の子を──相澤澪を守るためにここに居るはずだ、覚悟を決めろ!!


 俺は相澤の近くにより、優しく彼女の頭を撫でた。そして……。


「大丈夫、建物内なら安全だ。相澤はここに居てくれ、落ち着いていつでも魔法を撃てる準備を。その間、俺が囮になる!」


 彼女にこの先の作戦を伝えた。

 するとハッとした表情を見せ、俺の手を握る。


「そ、そんなのダメだよ、危ないもん! 私も一緒に行くから」

「いいや! 俺一人で行く……」


 俺の強い言葉に、相澤は瞳に涙を浮かべる。


 生きるか死ぬかなんだ、怖いのは俺だって同じ。

 それでも、男ってのは強がらないといけない時がある。

 きっと、今がその時なんだ……。


「ねぇ、どうして? ノアちゃん死んじゃうかもしれないんだよ」


 俯向きながら、相澤はポロポロと涙を流す。

 そんな彼女に、


「相澤の事が、だから」


 っとだけ伝え、俺は手を振り払った。


「えっ? ノアく……」


 目を丸くする相澤をその場に残し、俺は外へと飛び立つ。

 最後に一言「頼んだぞ」っと、彼女に言い残して──。

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