第20話 雑貨屋

 ただ今の時刻は、午前十時を少し過ぎたぐらいだ。

 相澤より先に家へとついた俺は、人の姿に戻り、準備を終え、買い物に出ていた。

 そして妹へのプレゼントを買うため、家から最寄りのアンティーク雑貨店に来ている。


「おっ、珍しいな。今日は一樹が店番か?」


 ここは、幼馴染の茂木一樹もてぎかずきの両親が経営する店だ。

 店内は、シックで落ち着いた雰囲気。

 そして今は、店を開けて直ぐなためだろう。

 店には俺以外の客は居なく、眠そうにカウンターに突っ伏す一樹が、一人店番をしていた。


「部活が休みだってバレてな。ほらコーヒーやるよ」

「お、サンキュー」


 カウンターの下から、一樹は缶コーヒーを出し俺に差し出した。

 それ受け取り、店の商品を見ながら、頂いたコーヒーのプルタブを開け口にする。


「それより、ノアこそ約束も無しにこんな店に来るなんて珍しいな」

「おい、こんな店って。オバサンに聞かれたら怒られるぞ」


 一樹の母親は控えめに言って怖い。

 まぁそうなったのも、十中八九ろくな事をしない一樹のせいでもあるんだが。


「バイト代が入ったからな。母さんには食事を、小夜さよには、何かプレゼントでもしようと思ったんだ。オススメあるか?」

「普通、妹にまでやるか? 相変わらずシスコンだな。まぁ小夜ちゃん可愛いし、気持ちは分からなくもねぇが」

「絶対に手を出すなよ? あかねにチクるからな」

「なぁーんで茜が出てくんだよ」


 不満の声を上げながら一樹は立ち上がり、店内の品を眺めた。

 自分で選んでもいいが、センスが絶望的なのを自覚している。

 その点こいつは、雑貨屋の息子だけあってプレゼント選びの感性は優れている。


「まぁ、お前からの贈り物なら、何でも喜びそうっちゃ喜びそうだが……。おっ、これなんてどうだ?」


 一樹が手にした箱の中には、アンティーク調の、フェザーをモチーフにしたヘアピンが入っていた。


「んー、小夜さよが着けるには少し大人びてないか?」

「馬鹿だな、だから良いんだよ。俺らの年頃の女ってのはな、少し背伸びをしたいもんなんだって」


 コイツの持論が合っているかは分からないが、ヘアピンそのものは確かに可愛い。

 まぁ値段も高すぎず安すぎず、手頃で丁度いいか。


「じゃぁ一樹、包んでくれよ。もちろん、少しはサービスしてくれんだろ?」

「毎度あり。じゃぁ、さっきのコーヒーはサービスしてやるよ」

「おい、金取る気だったのかよ!」


 悪どい商売しやがって。

 俺は支払いのため、飲みかけのコーヒーをカウンターに置いて、肩掛けのショルダーバッグから財布を取り出す。


「──なぁノア。ところで、茜にはプレゼントしてやらなくて良いのか?」


 一樹が突拍子の無い事を口にした。

 平然を装い、俺は支払いをする。


「……なんで家族でもない茜にプレゼントすんだよ、近く誕生日でもあったか?」

「いや、なんでもない。そうか……」


 静かになった店内、レジを打つ音が無性に大きく聞こえる。

 釣り銭と商品を受け取る頃には、一樹の表情はいつものフザけた笑い顔を見せていた。


「残念だ。茜に何かやるってことは、同じ幼馴染の俺も何か貰えんのかなって期待したんだけど」

「なに馬鹿言ってんだよ、あるわけ無いだろ」


 俺は財布と商品をショルダーバッグへとしまうと、コーヒーを手に取る。


 いつからだろうな、昔は──。


 そんな事が脳裏を横切った時だ。


「なあノア、いつからだろうな? 昔はもっと、馬鹿みたいに、何も考えず笑えてたのに」

「……何いってんだ、一樹らしくない。別に、今も昔も何一つ変わってなんてないだろ?」


 商品が並んだ陳列棚を抜け、店の外へと向かう。

 そして指先が、冷えているドアノブに触れた──。


「まぁなんだ、時間が合えば飯ぐらい奢ってやるよ。もちろん、俺と茜とお前の三人でな?」

「あぁ、楽しみにしてる。何せタダメシは美味い」


 一樹の顔を見ないまま「じゃあな」っと、店からでた。

 そして建付けの悪いドアが、音を慣らし閉じられる。


「本当……。いつからだろうな?」


 昔は、毎日のように三人で遊んでたのに。

 ズレ始めた理由も時期も思い出せない。

 いや、理由だけはハッキリしてるか……。


 空を仰ぎ、日差しを手で覆う。

 五月晴れの清々しさとは程遠い、変わりゆく関係に、少し物思いにふけてみせた──。


「うぅ、寒気が」


 しかし、それも長くは続かない。

 突然、背中に寒気を感じた。


 五月も終わるこの時期に?

 いや、まさか……。

 

「でも、何故か居る気がするんだよな……」


 はぁー、実際にこれを使う日が来るとは……。


 ため息混じりに、右手で顔の右反面を覆う。

 そして人差し指と中指の隙間から、覗くように──。


「トレース!!」


 魔法を唱えると、アンティーク雑貨店の窓から、斜め向かいにある交差点に向かうほど濃く、赤い靄が見える。

 そしてその発生源だと思われる人物が、壁越しに透過して見えた。


「おい、なんで居るんだよ……」


 これだけくっきり、鮮明に見える靄の犯人の正体。

 それは言わずとしれた相澤 澪、その人でまず間違いないだろう……。

 

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