第18話 番外編 餌の時間

 これはそう、相澤の家に泊まる事になって数日がたった、とある晩の出来事だ。



 部屋主の相澤は、さっきから何かの写真を見て、気味の悪い笑いを浮かべている。

 シロルは相変わらず、またたびボールと格闘して酔いどれ中。

 そして俺はと言うと、一人と一匹の姿を横目に、座ってテレビを独占していた。


 多少なり思うことがあるものの、残念な事に普通ではないこの環境にも、少しずつ慣れ始めていた──。


「澪ちゃん、入っていいかしら?」

「はーい、どうぞ」


 そんな時だ、相澤の返事の後ガチャリと彼女の部屋の扉が開けられた。

 するとそこには、相澤を大人びさせた美人が現れた。

 察するに彼女の母親だろう。


「澪ちゃんご飯よ……。ってあら、また新しい猫ちゃん連れてきたの?」


 ヤベ、そう言えば勝手に居着いてたんだ!


 この後の展開、テンプレだと『捨ててきなさい!!』だよな。

 こりゃ、追い出されるか?


 シロルには、迅速に行動できるようなるべく一緒に居ることと言われたが、彼女の家族の同意が得られない以上は仕方ないよな?


 残念だ、実に残念だ!! 


 俺の心配と少しの期待を他所に、相澤は「うん、ママこの子飼っても良いかな?」と何食わぬ顔で尋ねた。

 

「んー多分良いと思うけど、後でパパにもお願いしなさい」


 あれ、おかしいぞ。

 アッサリ許可が降りてしまった……。


 ガッカリして床に伏せた俺を、相澤の母はおもむろに抱きかかえた。

 そして「よろしくね」っと、顔を覗き込む。


「んっ? あら、この子」


 ビクンッ!?


 相澤の母は、部屋にある写真と何度も俺の顔を見比べる。


 も、もしかして俺の正体に気付いたのか!?


 品定めをされているかのように、まじまじと見つめてくる相澤の母に、抵抗することの出来ない俺は、たじろぐ事しかできず顔を伏せた。

 

「ふふっ。いえ、何でもないわ。君、ご飯はねこまんまで良いかしら」

「にゃ、にゃぁ……」


 会心の鳴き真似を聞き、相澤の母は、


「ふふっ、分かったわ」


 っと、結局何事もなく俺を床に解放した。

 見事に危機を回避することに成功した俺の、今後ここでの食事は困らずに済みそうだ。

 こっそり菓子パンで腹を満たさなくていいのは、身バレする可能性的にも、経済的にも良いことである。


 相澤ママ、ありがとう!


 やな汗をかかされたが、結果的には無事、事なきを得たと思う。


「あ、そうそう。分かってはいると思うけどお父さんも居るから、猫ちゃんたちはリビングの立ち入りは禁止ね。出来ることなら、一階にも連れて来ないように」

「はーい」


 相澤の母は、注意発起をして部屋を後にした。

 それを聞いた俺に、疑問を残して……。


「えっと、一階はダメって言ってたけど、お父さん猫アレルギーか何かなのか? それなら俺が居たら、やっぱ迷惑だよな」

「えっ? そんなことないよ、むしろお父さん無類の猫好きだし」


 相澤の母は、彼女の父親が居るから俺達の出入りは禁止って言ってたはずだ。

 でも、好きなら普通逆じゃないか?


「それじゃなんで、一階は立入禁止なんだよ?」

「じ、実はね、以前シロルちゃんを連れて帰ったとき……」


 相澤の声のトーンが一段回下がり、場の空気が重くなる。

 そして深刻そうな面持ちで、視線をそらした。


 一体何が……。


 俺は、ゴクリと生唾を飲み込む──。


「お父さんが、すごく嬉しそうにシロルちゃんを抱きしめてね。そしたらお母さん、嫉妬しちゃって……。シロルちゃんを奪って、絞め殺しかけちゃったの」

「なるほど。それで相澤の母親を見て、急に部屋の隅で寝たフリをしたんだな」


 相澤の、私生活での愛情表現の歪みの由来が垣間見えた。


 遺伝かよ、世襲制かよ!


 考えてもみれば、俺の写った盗撮写真だらけの部屋を見ても、相澤ママは差も当然の如く、変わった様子を見せなかったもんな……。


 外を見ると、俺の世界だけを置き去りに、いつもと変わらぬ穏やかな日常が続いている。

 

「……俺はこの仕事を、色んな意味で無事に終えることが出来るのか?」


 この生活を続けていると、きっとこれだけじゃ済まないんだろうなー。

 この日は、そんな不安に駆られた夜を、一人悶々と過ごしたのだった……。

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