第48話 ノープラン

「中央棟に来てみたものの、どうしたものか……」


 姫乃先輩の学生証を拾った、翌日の昼休み。

 俺は返すべく三年の教室がある中央棟、その一階にいた。

 職員室があるためか、あまり他の生徒は通らない。

 そんな中、行動に移る前にいくつかの返却プランをイメージしていた。


 プランA、職員室に落とし物として返却する。


「駄目だ、そんな事をしたら先生は当然中身を確認する。それで拾い主を姫乃先輩に問われたら、間違いなく答えるだろう……」


 プランB、間接的に姫乃先輩の親しき友人に返して貰う。


「プランAと重複するが、そもそも中身の写真を見られたら不味い、これも却下だ!」


 プランC、猫の姿になって直接返す。


「これは行けそうな気がするな。でもまてよ。もしあの人の手によって、拉致、監禁でもされようものなら……。人の姿なら事件沙汰になるから、無茶しないかもしれないけど、猫だと大事になりにくいよな?」


 流石に無いとは思うが、本能が止めておけと危険信号を鳴らしている。つまり却下だ。


「プランD、人の姿で真っ向勝負! なんてそんな勇気があれば、こんな所で悩んだりしてないんだよなー」

「こんな所で自分の不甲斐なさを暴露出来れば、勇猛なんじゃないかしら? いえ、ただお馬鹿なだけね」

「──ひっ!?」


 し、心臓が止まるかと思った!!


 俺はゆっくり振り返る。

 すると手帳の落とし主である彼女が、呆れた顔で俺を見ていた。


「何故ここに!」

「何故って、職員室に用があったのよ。少し探し物をしててね」

「探しもの? あ、学生……んっ!?」


 俺は慌てて口を噤む。

 しかし少しばかり遅かったらしい。


「日輪君……。どうして貴方がそれを知ってるのかしら?」


 彼女からの質問に、上手いこと誤魔化す術を、頭をフル回転させて思考する。

 しかし、このピンチから抜け出す方法がまったく浮かばなかった。

 ので、ズボンのポケットから学生証を出して見せる。


「そう……。よりにもよって貴方が」


 姫乃先輩は、右手で眉間を抑える。

 その表情は非常に厳しい。

 

 少し経ち、何となく重い空気をブチ壊すように、タイミング良く次の授業の予鈴がなり響いた。


「まぁ良いわ。話したいことがあるの、今日部活が終わった後、一人で部室に残って頂戴」

「えっと、拒否権なんてのは……」


 俺の返しに、姫乃先輩は怒っているような、それでいて困っているかのようにも見える表情で、無言のまま見つめてくる。

 

 いつもなら、問答無用で強制してくるのに返って断りづらい。


「いえ、何でもないです」

「ありがとう、日輪君。こちらの都合で悪いのだけど、お願い。もちろん、その学生証も」


 姫乃先輩は軽く頭を下げ、こちらに向かい歩き出す。

 そして俺とすれ違い、彼女はそのまま静かに階段を上がっていった。


「あ、あ、あ、あの姫乃先輩が下手に出た!?」


 天変地異の前触れか?

 いや、違うよな。それだけコレが……。


 手に持っている姫乃先輩の学生証を、俺はズボンのポケットに大切にしまう。


「俺も戻ろう、授業が始まる」


 自分の教室へと歩き出す。


 俺はその後、しばらくの間去り際の姫乃先輩の顔が脳裏にチラついていた。

 

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