第3話 シロルと通学

「おい、いったい何処に行ってたんだよ。昨日は大変だったんだぞ!」

 

 俺はまるで、溜まったストレスを吐き出すかの様に文句を口にした。

 しかしなにやら、シロルの様子がおかしい。

 なんていえばいいか、真っすぐ立たず、千鳥足って感じだ。


「どうした、体調でも悪いのか? あれ、何か変わった匂いがする気が……」


 この匂いを嗅ぐと、俺までも視界が揺らぐ。

 なんか気持ちいいような、骨抜きにされたような。


「どうにゃら兄さん、ひくっ。猫の姿になって感覚が鋭くなったみたいだにゃ」

「お、おい。本当に大丈夫か、いったい何があったんだよ?」


 ベランダと部屋を繋ぐ窓のレールから飛び降り、つまづき倒れてしまうシロル。

 そしてふらふらと二本足で立ち上がると、腰に手をあてた。


「大丈夫にゃ~。お姉チャンが沢山居る所で、マタタビキメて来ただけにゃから」

「マタタビって、人が大変な時に何やってんだよ! 心配して損したぞ」


 まさか本当に酔っぱらっている様な状態とは……。

 でも今は、そんな事より確認しないといけない事が一つ。


「まぁ何も良くはないが、今はその話を置いておこう。それよりシロル、お前知ってただろ? 相澤のストーキング癖を」

「ひくっ。何が不満にゃ、純粋に、一途に兄さんを思う乙女心。少しぐらい変わっている愛情表現には目を瞑るにゃ」

「少しどころじゃないし、相澤のは純粋とは言わない! 不純か、病的か、もしくは狂気と呼ばれるものだ」


 この酔っぱらい、他人事だと思って楽しんでるだろ。

 他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、不敵な笑みをうかべ、尻尾をピーンと立ていた。


「にゃら、ハッキリ言ってやるかにゃ? 人の姿で自分を好いてる後輩に、俺にまとわりつくにゃって」

「それは……。出来ないけど」


 正直、相澤の行動や言動は恐ろしくは感じている。

 でも現実の俺に直接被害が出ていない以上、文句の言いようもない……。 

 なにより異性に好かれている事は悪い気がしないし、好いてくれてる子をなるべくなら傷つけたくはない。


「にゃらその話はここまでにゃ。あの子の願いも一歩近づいて、めでたしめでたしにゃ」

「相澤の……願い?」


 シロルは両手で口を塞いだ。

 どうやら話してはいけない事らしい。

 俺は俺で、これ以上は恐ろしくて聞き返すことは出来ないが。


「それに俺っちの気持ちも考えて欲しいにゃ。毎晩毎晩、好きな男のノロケ話を、何時間も聞かされる俺っちの気持ちを。休みの時ぐらい、マタタビぐらいにゃいとやってられにゃいにゃ……。ひくっ」


 先程落ちた窓枠に飛び乗り、シロルは文句を垂れながら外へと出て行く。


「あ、ちょっと何処へ行くんだよ。話はまだ──」

「何処って学校にゃ。兄さん無断欠席する気かにゃ?」


 そう言うと、シロルは屋根づたいに歩き出した。


「待ってくれ、俺も行く!」


 そして俺もよっらぱいの後に続き、相澤の部屋から外へと飛び出した。


 ◇


 学校へと向かう道中、俺はシロルについていきながらも色々と話を聞いている。

 その中でも特に興味がそそられた話に、魔法少女とゾーオの正体についての話があった。


 負の感情。知らぬ間に人から溢れ出す、ストレスなどの集合体、それが人類の宿敵であるゾーオの正体。

 魔法少女とはそれに対抗すべく、相反する正の感情を多く有するもの。

 特にゾーオが苦手とする恋する想いを、魔法に変え戦う存在を指すらしい。


 正の感情? あれがか? っとも思わなくも無かったが、話がすすまないので黙っておいた。


「雰囲気だけはなんとなく分かったよ、雰囲気だけは。それはそれとしてずっと疑問だったんだけど、なんでシロルが使い魔を続けないんだよ」

「俺っちもやる事があるにゃよ。いつまでも澪ばっかりに負担はかけられにゃいにゃ」

「シロル……」


 酔っ払いが何を言って……。

 いい話風に言ってるが、言葉と行動が伴ってないってツッコミを入れるべきなのか?


 ただ、横から覗いた顔は真剣そのものだ。

 まぁきっと、俺よりシロルの方が相沢の事をよく知っている。

 口出しするほうが、野暮と言うものか。


「それにしても、少し想像と違ったな。魔法っててっきり、魔法少女が杖とか使って出すイメージだったけど」

「何も違ってないにゃ、澪が特別なだけにゃから」

「特別?」

「そうにゃ、特別にゃ……。思い出すだけでも酔いが醒めるにゃ」


 シロルが足を止め、後ろを歩く俺へと振り返る。

 その表情は先程とは違い、とても険しく、どこか怯えても見えた。


「前に飛ばすはずの魔法が、真横に飛んでくる。そんな子に直接魔法を使わせるとか、自殺行為もいいところにゃ」

「アレが……真横に?」


 そういえば相澤のやつ、極度の運動音痴だったな。

 マネージャーなのに、部活でも歩く度にしょっちゅう転んで……。


「それに杖ってのは、魔法の増幅装置なのにゃ。あの娘にそんなのを持たせたら、町が一晩で焦土とかすにゃよ」

「それはまた……。笑えない話だな」


 そう、笑えない。

 実際に魔法を見たから分かるが、現代兵器でもあの威力の兵器などそう多くはないだろう。

 さらにそれ以上の大規模の破壊魔法なんて……。考えただけでも頭が痛くなりそうだ。


 そんなこんなで頭を悩ませている内に、俺達は学校に到着し、柵を潜り容易に中に忍び込む。


「ココにゃ、ついてこいにゃ」


 そしてシロルは身をかがめ、ひとっ飛びで校舎の窓に飛び乗った。


「そこは確か……。トイレ?」


 二年の教室がある棟、その一階の窓にシロル隣に飛び移る。


「ここでなら元の姿に戻っても誰にもバレないにゃ」


 なるほど。確かにここなら鍵もかかる。

 万が一にも正体がバレる事はないだろう。

 俺もシロルに続き、トイレの窓へと上がった。


「ドアに掛かってる制服、あれってもしかして俺のやつか?」

「今回はサービスで運んでおいたにゃ。変身は元の服装に戻るから、今後はそれを踏まえて変身するにゃよ。変身の魔法は、首輪をしたままメタモルフォーゼと唱えるにゃ 」


 伝える事を伝え終わったのだろう。

 彼は外へと飛び降り、そのままスタスタと歩いて行く。


「シロル、ありがとう!」


 俺のお礼の言葉にシロルからの返事が帰って来る事は無く、ただ立てた尻尾をフリフリと振りその場を去って行ったのだった。

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