第37話 教皇の野心と聖女の思惑

「ほう。また汚らわしい魔物の侵入をふせいだか」

大灯台の上では、太った教皇マルタールが満足の笑みを浮かべて最上階に設置されている祭壇を見る。

そこには、キラキラと輝く『輝きの球』が安置されていた。

「誠にこの『輝きの球』は素晴らしい至宝でございます。これを盗み出したライトは、とんでもない大罪人でしたな」

教皇に仕える枢機卿たちが、そう褒めたたえる。

「その通りだ。これこそが神の奇跡。光の神コスモスそのものなのだ

「そして、それを操れるのは教皇様のみ」

1人の枢機卿がそうへつらう。

「ふふふ。民たちも真に崇めるべきは、国ではなく教会だと思い知っただろう」

教皇は大灯台から眼下を見下ろす。そこには大勢の民衆が集まっており、『輝きの球』に祈りをささげてきた。

「ああ……光の神コスモスよ。私たちを守ってくださいまして、ありがとうございます」

「なにとぞ、第二の魔王と化したライトから私たちをお救い下さい」

薄汚れた格好をして一心不乱に祈っているのは、ライトの反乱によって家を追われた各都市の住人である。

彼らはなんとか逃げ出したものの行く場所もなく、最後の救いを求めてこの宗教都市に流れてきた者たちであり、全財産を教会に寄付することを条件に受け入れられた。尤も、教会に無償奉仕をする奴隷としてだが。

そのおかげで教会はうるおい、わが世の春を迎えている。

奴隷にした奴らも、こうして神の権威をみせつけると、文句も言わずにわずかな施しだけでありがたがって何でも言うことを聞いてくれた。

「奴隷……いや信徒のうち、使えそうな者は兵士として鍛え上げよ。魔王ライトに対抗するための聖戦士とする」

「はっ」

教会による魔王迎撃の準備は、刻刻と整えられていく。

だが、それは表向きのもので、本当の目的は別な所にあった。

「ライトを倒せるでしょうか?」

枢機卿の一人が不安そうに漏らすのを、教皇は聞きとがめた。

「貴様は神の力に疑いをもっているのか?」

「い、いえ、滅相もございません。ですが、ライトの魔王の力に、一般人の兵士が役にたつのかと……」

そう疑問をもらす枢機卿に、教皇は冷たい目を向けた。

「神の意思に異を唱えるとは。貴様は破門じゃ!衛兵!すぐにこやつを追い出せ」

「ひっ!お、お許しください」

土下座する枢機卿を、屈強な聖騎士が引っ立ててつれていく。

他の枢機卿は、絶対的な力を持つ教皇の前で恐怖のあまり平伏することしかできなかった。

彼らの様子をみて、教皇は愉悦に浸る。

(ふふふ……ワシが王家から追放されて教会に送られてきたときは、名ばかりの教皇として誰も言う事を聞かなかったのに、今はワシが奴らの生殺与奪の全権を握っておる)

以前は、教皇とは一種の名誉職であった。国王になれなかった王族はすべて出家させられ、名ばかりの教皇として権威の象徴にされていたのである。

当然、教会の内部での実権は無いに等しく、ただ枢機卿たちの命ずるまま民衆の前で手を振るお飾りにすぎない。

王位争いに敗れ、不満をもっていた教皇マルタールは、そんなお飾りの人形でいることに耐えられなかった。

だからライトの反乱に乗じて、王国に対してクーデターを起こす計画を練っていたのである。

奴隷になった民衆たちを、使い捨ての兵士として徹底的に利用するつもりだった。

(もっともっと権威を高め、兵力を養うのじゃ。そして魔王ライトを倒した暁には、王都に侵攻して兄である国王を蹴落とし、王国を乗っ取ってやる。そうなれば、ワシは教皇王マルタールとして世俗のすべてを手にいられる)

マルタールの野望は、始まったばかりであった。



その時、衛兵から報告が入る。

「申し上げます。王都から使者として聖女マリア様がいらっしゃいました」

「何?わが弟子マリアじゃと?すぐに通せ」

こうして、マリアは大聖堂に通される。まるで玉座の間を模したかのような懺悔室に通され、マリアはふふっと笑った。

「ここもだいぶ変わりましたね」

「すべては神の思し召しじゃ」

教皇の聖帽をかぶったマルタールは、豪華な懺悔室に設置された玉座の中でそっくり返った。

「それでマリア、わが兄はなんと言ってきておる?」

「教会の至宝『輝きの球』を貸し出して欲しいとの陛下のお言葉です」

うやうやしく国書を差し出してくる。教皇はそれを一瞥すると、フンっと鼻で笑った。

「くだらぬ。『輝きの球』はそうそう簡単に貸し出せるものでは無い」

「ですが、以前は私にお貸しくださいましたよ」

マリアは色っぽく笑う。

(ぐふふ、白々しい。それと引き換えに何を差し出したか、お前はわかっておろうに)

教皇はマリアをいやらしく見つめながら、心の中でそう思う。

「それは、魔王を倒したいというお主の崇高な献身にほだされたのじゃ」

マリアの華奢な体を引きよせながら、教皇は耳元でささやいた。

「あ、あれぇ、教皇様。いけません。神様が見ておられます」

「ぐふふふ。成長したのぅ。何人の男に抱かれたのじゃ。勇者か?ギルドマスターか?それとも国王か?」

マリアの豊かな胸をまさぐりながら、なぶるように問いかける。

「き、教皇様……意地悪でございます」

「よいよい。じゃが、お主の初めての男はワシじゃ。ワシはお主の主人同然。さあ、ベッドに行くとするか」

教皇はマリアを抱え上げ、私室に連れて行くのだった。


ワシは隣で眠るマリアの美しい体を見ながら、これからのことを考えていた。

「輝きの球」を貸し出せだと?ばかな。そんなことができるわけがない。

おとなしくダンジョンで勇者たちが来るのを待っていた先代魔王と違い、魔王と化したライトが直接襲ってきているのだぞ。

それに、今となっては王都が滅ぼうがどうでもいい。

そうなったら、ワシが即位して教皇王マルタールとなるだけだ。

ワシはマリアの寝息を聞きながら、以前彼女に持ち掛けられた計画を思い出していた。

「教皇猊下、お願いがございます」

聖女として修業を終え、勇者パーティに参加することが決まった夜、ワシの私室を訪れたマリアは、黒い清楚なシスター服を着ていた。

わが弟子ながら美しい。一度でいいからその修道服をはぎとって、思うさま蹂躙してみたい……こほん。

いかんな、薄暗い松明の下での妖しい雰囲気に、つい不埒な思いを抱いてしまった。

「願いとは?」

「私に『輝きの球』をお貸しくださいませ」

マリアはそんな事を願ってきた。

「断る。いかに可愛いお主の願いとはいえ、『輝きの球』は教会の至宝。そう簡単に貸せぬ」

ワシはそう答えるが、マリアは引き下がらなかった。

「ですが、魔王を倒すにはどうしても必要なのです」

マリアはその理由を話し始めた。

「魔王は不死であると?」

「はい」

魔王のことが書かれた古文書を広げながら説明してくる。

「魔王の本体は、彼が着ている『復讐の衣』です。それは宿主が死のうが、また別の宿主を探してあらたな魔王とします」

なんということだ。それなら勇者が魔王を倒そうが、根本的な解決にはならぬ。

「ならば、どうすればいいのだ」

「まず、現在の魔王を一度倒します。その後、第二の魔王を故意に作り出せばいいのです。そうすれば、魔王の力を一度リセットできて、大幅に弱体化させられます」

マリアは、生贄としてなるべく弱い人間を冤罪に落とし、復讐心を抱かせ魔王に仕立て上げる計画を告げた。

「第二の魔王が生まれたら、『輝きの球』で再び浄化すればいいのです。そうすれば、数百年は平和な世界が訪れるでしょう」

「しかし、浄化するまでに第二の魔王が大勢の人間を殺すのでは?」

ワシの疑問に、マリアは冷たい笑みを浮かべた

「よいではありませんか。所詮は下々の者たち。『輝きの球』があるかぎり、この聖地エルシドは安泰」

確かにその通りだ。このエルシドさえ無事なら、他の都市がどうなろうが知ったことではない。

「それに、その過程で王国の現在の体制は滅びるでしょう。そのあとから救世主として世界を救うのは、教皇様、あなたです」

それを聞いた途端、ワシの中で諦めていたはずの王位への執着が蘇った。

そうだ。ワシこそが無能な兄よりも王にふさわしい。ワシを選ばなかった今の王国など魔王に滅ぼさせて、ワシが聖王マルタールとして新たな王国を創り出すのだ。

「教皇様、我ら神の使徒は、ときには愛をもって非道をなさねばなりません。世界の秩序(コスモス)を守るために」

マリアの美しい顔が、ワシに迫る。赤い舌がワシの首筋を這いまわった。

とてつもない快楽が伝わってくる。

「お、おう、そうであるな」

「その為には、この身すら捧げさせていただきます」

黒い清楚な修道服がはらりと落ちる。

ワシはわが弟子の華奢な体を抱きしめ、ベッドに押し倒すのだった。




マリアの計画はうまくいき、ライトは第二の魔王になったらしい。これで王国を滅ぼすことができる。エルフ王国も滅ぼしたし、ワシは世界の支配者になるのだ。

唯一の懸念はライトがあまりにも容赦がなく、虐殺を繰り返して予想以上にレベルアップし過ぎてしまったことだが、所詮は汚らわしい魔王だ。

『輝きの球』があるかぎり、奴はこのエルシドに手出しはできないだろう。

ワシは隣で眠るマリアの顔を見ながら、良い弟子を持てたことを神に感謝する。

改めてマリアを抱いたが、まるで天上の女神を手に入れたかのようだ。ほかのどんな修道女を抱いても、これほどの快楽は得られなかった。

ぐふふ。一度は勇者たちに貸し出してやったが、やはりマリアは惜しい。もう王都には返さず、これからずっとワシの愛妾として可愛がってやるか。

ワシはマリアの隣で、心地よい眠りに入るのだった。



私はマリア。聖女と呼ばれている者。

教皇が眠りに落ちるのを確認して、私はベッドから起き上がった。

「ふふふ、人間とはなんと愚かな生き物なのでしょう。あなたごときに私を支配できるとでも?残念ながら、私の魂は愛するお兄様のものです」

ただの肉の塊にすぎないこの肉体に執着して、私の思い通りになるとは本当に哀れな生き物だ。

勇者だの国王だの教皇だの威張っていても、その本質は獣と同じ。愛しきアスタロトお兄様の足元にも及ばないわ。

私は隣でだらしなく寝こけている教皇に軽蔑の視線を向けると、ベッドから出て懺悔室に向かった。

「わが主、光の神コスモスよ。わが祈りに応えよ。『起動(アウェイクン)』」

呪文を唱えると、魔法陣が展開され、私の魂は肉体を離れて魂だけになって天に導かれる。

やがて上空に、無数の光で出来た計算式(プログラム)が浮かんできた。

「各種族の生存者数を検算」

光の計算式の一部に手を触れて、データを抽出すると、地上に存在する人間やエルフ、ドワーフ他の各種族人口の適正値と現在値が浮かび上がってくる。

以前は人間が突出して上回っていたが、ライトによる復讐の影響でその数を減らし適正値に近づいていた。私も人間の力が弱まるよういろいろ手を尽くしてきたし。

そして、人間の次に世界の主役となる予定のエルフたちも、私が教会や王国を扇動してエルフ王国を滅ぼしたおかげでかなり数が減っている。

おそらく彼らは今回の件で逆に結束力が強まり、人間が衰退した後は繁栄するに違いない。

「神(コスモス)の計画は順調にいっているようね。世界にのさばりつつあった人間の数が急減しているわ」

そう、これはこの世界のバランスを保つのに必要なこと。

魔王となったライトは、順調に役目を果たしてくれている。

「今後のライトの復讐による死者を計算すると、おそらく神(コスモス)が定めた規定の適正値に到達するわね。ならば、もう私は必要ないはず。契約は果たされたわ」

神とは非情なものだ。ただこの世界を維持することだけを目的とする存在で、そのためには理不尽をも強いるのだから。

「ライト……早く来なさい。あなたを利用したお詫びとして、せめて最後に真実を明かしましょう」

私は宗教都市エルシドの近くに存在する、黒く染まった魂に向けてそう呼びかけるのだった。

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