第35話 エルフたちの解放

次の日

「お前たちは実家に帰って、仲間を増やせ」

「はい」

ヴァンパイアと化した生徒たちが、魔法学園を出発する。かれらはそれぞれの領地に戻って、騒乱を起こす予定だった。

「王子、いやリュミエール。お前はどうする?ルルと一緒にエルフ王国にいくか?」

「いや、僕は王都にいく。そこで仲間を増やしながら、君が来るのを待ってるよ」

俺とリュミエールは、昔のようにがっしりと握手を交わした。

それぞれ、夜の闇に紛れて去っていく。それを見届けると、ルルが聞いてきた。

「彼らは、領地で人間を支配できるでしょうか」

「難しいな。奴らはヴァンパイアとはいえ、真祖である俺から数えて孫世代に当たる。いわば劣化コピーだから力も弱いし、炎や太陽の光という弱点もある。まあ、おそらくは駆逐されるだろう」

闇血の注入による仲間の増殖方法は、世代が下るにつれて血が薄まって力が弱くなる。仲間を増やそうとしても、すぐに能力を失って、いずれは人間たちに倒されるだろう。

これがヴァンパイアが人間を征服できなかった理由でもある。

「それでも、大きな騒乱を起こして多くの人間を破滅させるだろうな。そして奴ら自身も親兄弟や仲間と争いながら死んでいくだろう」

これで王国の地方貴族たちも滅びるだろう。あとは宗教都市エルシドと王都だけだ。

「そうですか。これで人間の王国は滅ぶのですね。エルフの復讐は果たされました」

ルルを始めとするエルフたちは、満足そうな顔をしている。これで安心して国に帰れるだろう。

『魔王様、エルフを救ってくださいまして、本当にありがとうございました』

俺の体からララーシャとエルフ騎士団の魂が抜けていき、天に昇っていく。彼らも成仏できたみたいだ。

「お前たちは冒険都市インディーズで仲間のエルフたちと合流したのち、商業都市オサカに向かえ。そこで食料になる人間と船を調達しろ。オサカにはまだ大勢人が残っているだろうからな。必要ならこれを使え」

勇者の道具袋から金貨を大量に出して、ルルたちに渡す。

「魔王様、いろいろとありがとうございます」

ルルが頭をさげる。エルフたちもこぞって俺に礼をした。

「日光には気をつけろよ。当たると体が爛れてしまうからな」

「はい」

ルルはくすっと笑うと、親愛のこもった目で俺を見つめた。

「魔王様はお優しいのですね」

「優しい?どこが?俺は人間なら女子供でも殺すような非情な男だ。お前たちエルフにしても、復讐のために利用したにすぎん」

俺は冷たく突き放すが、他のエルフたちにも笑われてしまった。

「これが異世界の言葉で、『ツンデレ』というものですか?」

「おい」

まずいな。俺の血を入れたことで歴代魔王の記憶の一部でも伝わったのか、変な言葉を覚えている。

微笑みながら俺を見ていたルルが、真剣な顔をして聞いてきた。

「魔王様は復讐を終えた後はどうなされるのですか?」

「どうって……」

そんなこと考えたこともなかったが、予測はつく。俺はおそらく最後には破滅するのだろう。

暗い気持ちになりかけた俺に、ルルが提案してきた。

「よければ、私たちエルフの国にいらっしゃいませんか?」

「えっ?」

俺は思わず聞き返してしまうが、ルルの顔は真剣だった。

「私たちエルフは、魔王様を真の救世主として崇めます。その、私と結婚して、エルフの国の再興を……私は、優しいあなたのことを心から愛して……」

何か言いかけたルルの唇にそっと手を当て、黙らせた。

「残念だが、俺には人を愛する資格も、愛される資格もない」

「なぜですか?」

「最愛の人を俺の手で殺したからだ。復讐のために」

彼女のことを想うと今でも胸が苦しくなる。だが、俺は復讐をやめられないのだ。

そして復讐のために直接関係ない人間まで殺している俺は、幸せになる権利もない。そんなことは自分が一番わかっている。俺はただ、人間を巻き込んで破滅への道を歩むのみだ。

ルルはそんな俺の気持ちをわかってくれたのか、静かに頷いた。

「私たちはあなたの恩を永遠に忘れません。私たちは今後、あなたに救われた者として『ダークエルフ』を名乗るでしょう」

「好きにするがいい」

そういうと、俺は飛んでいく。ルルたちは、いつまでも俺を見送ってくれていた


王都 勇者の屋敷

「光司様、最近よく外出されてますけど、まさかほかに女ができたとか?」

この屋敷の女主人で、勇者の正妻予定のシャルロット姫が、膨れた顔をして俺を問い詰めてきた。

「ちげーよ。ただアルバイトしているだけだよ」

「アルバイト?」

お姫様育ちのシャルロットは、何のことだかわからずに首をかしげてくる。仕方なく、俺は何をやっているか話すが、呆れた目で見られてしまった。

「光司様。あなたは勇者様なんですよ。そんなことをする必要はないでしょうに」

「そうはいってもなぁ」

稼がねえと飯は食えねえんだぜ。それに最近はまっていることもあるしな。

「はまっていること?」

「お前もきてみるか?」

こうして、俺はシャルロットを誘ってカジノに行く。

最初は渋っていた彼女だったが、途中から目の色を変えてギャンブルにのめり込んでいった。

「赤の16番に金貨200枚!」

「お、おい。もう金はねえぞ。ほどほどにしとけって」

慌てて俺は止めようとするが、血走った目で睨み返される。

「お黙りなさい!ここで負けたら金貨1000枚も失ってしまうのです。王女としてのプライドが……あっ!」

ルーレットの球が投げ入れられる。

「ほら、そこです。あともうちょっと!」

ふらふらと勢いがなくなっていき、球が落ちていく。

「あーーーっ!」

惜しくも黒の16番に入ってしまい、シャルロットは膝から崩れ落ちた。

「きーっ!悔しい!」

ハンカチを握りしめて悔しがるシャルロットを慰めていると、黒い服を着たシスターが近づいてきた。

「あら?お二方も来ていたのですか?」

「マリアか、お前もギャンブルしに来たのか?」

そう聞くと、マリアは妖しい笑みを浮かべる。

「うふふ、違います。もっとお金儲けできるように、新しいお酒を開発したので、ボガード様に協力してもらおうと訪れたのですよ」

「新しい酒?」

俺が首をかしげると、マリアは黒紫色のワインの瓶を開けると、並々とグラスにそそぐ。そして白い粉をグラスにいれて溶かすと、俺に差し出してきた。

「よろしければいかかですか?食べるといい気持になるコカの実の粉を混ぜて作り出した「コカワイン」です」

グラスを差し出して注いでくる。

「なんだこりゃ。空気の泡が浮いているぞ」

「刺激があってジュースみたいに飲みやすくなるんですよ」

「ふーん。炭酸みたいだな」

興味をもった俺は、ぐっと飲んでみる。心地いい刺激と共に、芳醇な香りと味が口に広がった。

「こ、これはうまい」

「本当に美味しい!いくらでも飲めそう」

たちまちその美味さにとりこになってしまう。さらに飲み続けていると、だんだんハイな気分になってきた。

「あはは……俺は勇者だ……偉いんだそ!強いんだぞ」

「くすくす……私は高貴な姫。世界で一番幸せなのよ」

二人で手をとりあって踊りあかす。俺たちはたとえようもない幸福感にみたされるのだった。



次の日、気が付いたら俺はベッドの上にいた。

「あれ?いつの間に屋敷に戻ったんだ?」

マリアに会って新しい酒を飲んた所までは覚えているが、そのあとの記憶がおぼろげである。

隣を見ると、裸で安らかに眠っているシャルロットがいた。

「あ、思い出した。あの後戻ってから、ハッスルしたんだった」

いやーすごかった。あんなに頑張ったのは初めてじゃないだろうか。

昨日の余韻に浸っていると、不意に疲労感に襲われた。

「なんだか疲れたな。もうひと眠りするか」

そう思ってベッドにもぐりこむが、なぜか目が冴えて眠れない。

それどころか、なぜか不安感が襲ってきた。

(俺、こんなことしていていいのかな?元の世界はどうなっているんだろう。今頃、退学になっているんじゃないだろうか)

考えれば考えるほど暗い気持ちになってくる。

強引に眠ろうとしても、体は疲れているのに目が冴えて眠れなかった。

(お、俺はどうなったんだ!なんだこの気持ち!ああ、あの酒が飲みたい)

布団の中で紋々としていると、隣でシャルロットがうなされている声が聞こえてきた。

「ああ……お父様に叱られる。正式に結婚もしてないのにこんなことして。それにライトが反乱を起こしたっていうわ。もし奴が攻めてきたら……姫である私は確実に殺されちゃう」

いったいどうしたんだ?昨日はあんなに幸せそうだったのに。

もうろうとした頭で考え込むが、なかなか考えがまとまらない。

その時、ドアがノックされ、マリアが黒紫色のワインが入ったグラスを持ってくる。

「お二人とも、起きてください。お体の調子が悪いようですので、迎え酒を持ってきました」

酒と聞いたとたん、俺たちはベッドから起きて手を伸ばす。

「は、早くくれ」

「私にも!」

震える手で受け取って、コカワインを一気飲みする。先ほどまで感じていた不安感は嘘のように消え、自信が漲ってきた。

「ふう……一息ついたぜ」

「私も落ち着きました。それにしても。このお酒は本当に美味しいですね

俺たちは元気を取り戻し、新しい酒のことを褒める。

「うふふ……そうでしょう。教会とボガード様にお願いして、このお酒を王都に広めたいとおもっています。光司様も協力してください。勇者様のお墨付きがあれば、飛ぶように売れると思います」

「ああ、任せな」

俺は自信満々で胸を叩く。マリアはそんな俺を、妖しい笑みを浮かべて見つめていた。

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