第34話 血痕式
私はメイドたちに導かれ、教会に入る。
黒で統一された教会に入ると、出席していた生徒たちが一斉にこっちを向いた。
「はあはあ……」
「たまらん。いい匂いだ……」
「私たちにも分け前はあるのよね」
なんだか変なささやきが聞こえるが、私は気にせず王子の隣に進み出る。
黒のタキシードを着た王子は、この上なく美しかった。
「コーリン。美味しそう……じゃない。綺麗だよ」
「王子、ありがとうございます」
頬をそめて王子を見上げたとき、ハゲ頭に黒い聖職者の服をきた初老の神官が教会の扉をあけた。
付き添いとして、同じように黒い修道女服を着たルルが隣にいる。
生徒たちはその神官を見るなり、一斉に頭を垂れて敬意を払った。
「あら……あの神官は誰かしら。見た事ないわね」
「ああ、王都から特別に呼んだんだ」
王子の言葉に違和感を覚える。今この学園都市は結界が張られているのに、どうやって入ってこれたのかしら。
神官とルルはそんな私の不審な視線を無視して祭壇に立つと、高らかに宣言した。
「それでは、ただ今からケッコン式を始めます」
それを聞いた生徒たちは、ワーと歓声を上げた。
「静かに。こほん。王子リュミエールよ。汝は賢者コーリンの主として、その血を最後の一滴まで愛することを誓いますか?」
「誓います」
ちょっと変わった宣誓の言葉だったけど、王子は堂々と答えた。
「では賢者コーリンよ。汝は王子リュミエールの僕となり、肥えるときも痩せるときもその身を捧げると誓いますか?」
変な言葉ね。だけどまあいいわ。
「誓います」
私が宣言したと同時に、ルルが声を張り上げた。
「今、魔王様の前で宣誓が行われました。これで賢者コーリンの血は、我々のものです」
それを聞いた生徒たちは、一斉にたちあがる。その目は飢えた獣のように光っていた。
「魔王に誓ったって?どういうことなの!」
「ふふふ。こういうことさ」
初老の神官が光に包まれていく。その光の中から現れたのは、黒いローブを纏ったハゲ頭の男だった。
「ラ……ライト!」
「久しぶりだな。会えてうれしいぜ」
ライトは今までみたこともないような邪悪な笑顔を浮かべて、手を差し出してくる。
反射的に下がろうとしたら、王子にがしっと腕を掴まれてしまった。
「離して!」
必死に振り払おうとするが、ものすごい力で離してくれない。
この力……まさか?
「魔王様の御前だ。おとなしくするんだ」
そういって笑う王子の口元からは、長くて鋭い牙が生えていた。
まさか、『ヴァンパイア』?人間が魔物化した、最悪のモンスター?
「ライト、王子を殺したのね!」
「違うね。僕は彼に救われた。同胞に対して裏切りを重ねる汚らわしい人間から解脱して、モンスターへと転生できたんだ。これで彼への友情を取り戻すことができた」
王子はそういって邪悪に笑った。
いけない!ヴァンパイアは人間の天敵ともいえる魔物だ。奴らは人間そっくりな姿をしているので、たやすく村や町に入り込み、人々を襲う事で仲間を増やしていく。
たった一匹入り込んだせいで、街ごと滅んだ例もあるほどだ。
でも、どうして?ここは聖水結界で守られているはずなのに?
「あんた!どうやってこの学園都市にはいってきたのよ」
ライトを睨んで詰問するが、奴は皮肉げな笑みを浮かべていた。
「聖水結界のことか?あんなもの、今の俺にとっては脅威でもなんでもないさ。風で霧を散らせばいいだけだ」
ライトの体に風がまとわりつく。
「あんた、その力は……」
「お察しのとおり、レイバンの力だ」
ライトが右の手のひらをかざすと、そこにレイバンの顔が浮かんだ。
「コーリン……逃げろ。こいつに殺されたら、魂まで支配されて永遠の苦しみが……」
レイバンの顔は苦しみにゆがんでいた。
「デンガーナもいるぞ。お前に会いたがっていた」
続いて、左の手のひらにデンガーナの顔が現れる。
「なんでうちだけこんな目に……コーリン。あんたのせいや。あんたもこっちに来い」
デンガーナからは、恨みと妬みがこもった視線をなげかけられた。
このままだと私も同じ目にあう。なんとかしてこいつを殺さないと!
「みんな!やっておしまい!」
振り返って貴族の生徒たちに命令するが、彼らはうっとりとライトを見つめていた。
「おお、我らが主(マスター)」
「なんなりとご命令を」
ライトをあがめる生徒たちの口元には、鋭い牙が光っていた
「残念だったね。この学園都市にいる者は、君を除いてすべて仲間になったんだ」
王子が嘲るように告げる。
「だけど、ライトを虐待した君は仲間にする価値すらない。僕たちの食糧になるだけだ」
「ふ、ふざけないで!」
私は王子につかまれた腕に、水魔法をかけてなんとか逃れようした。
「離して!『沸騰(ボイラー)』
王子の手の血液が気化し、千倍にまで膨張する。右腕ごと爆発して砕け散った。
どう、これが賢者の魔法よ。私は触れるだけであらゆるものを水蒸気爆発させることができる。これなら、たとえ魔王といえども敵じゃないわ!
解放された私は、一気にライトに迫る。
ライトの体に手が振れる瞬間、奴の体から突風が吹いて私を押しとどめた。
「おっと。『風盾(フォースガード)』」
奴を取り巻く風のせいで近づけない。この力……まさか、取り込まれたレイバンのもの?
「おとなしくしてもらおうか。『土重力(グラビティ)』」
ライトが放った土魔法により、私はなすすべもなく地面にたたきつけられた。
俺の前ではコーリンが、地面に押さえつけられて悔しそうにしている。
あれだけプライドが高い女だ。見下していた俺に手も足も出せないというのは屈辱だろう。
「ひどいことをするなぁ。また片腕になってしまった」
リュミエールがぼやいている。
「問題ない。それくらいの傷、いくらでも治るさ」
ヴァンパイアは再生力も高い。これから始まる儀式で血を飲めば、元に戻るだろう。
「こほん。それでは、あらためて『血痕式』を始めましょう」
ルルの指示により、コーリンの処刑道具が運び込まれる。
それは無数の穴が開いた棺桶のようなもので、人型をしていた。
口元の部分は漏斗状になっており、液体を注ぎ込めるようになっている。
参列者たちは、鋭く先がとがった鉄のストローのようなものが配られた。
「な、何をするつもりよ」
コーリンは精一杯強がっているが、その声は恐怖に震えている。
俺はこれから起こることを丁寧に説明してやった。
「ヴァンパイアという魔物には、常に食料問題がつきまとうんだ。直接人間の血を吸ったら、牙を通して自分の闇の血が入り込んで相手を仲間にしてしまう。それじゃせっかく捕まえた食料が長持ちしないだろ?」
ストローを見せびらかしながら続ける。
「だからこの刑を考えたんだ。異世界のある国の拷問に『凌遅刑(りょうちけい)』というものがある。存命中の人間の肉体を少しずつ切り落とし、長時間にわたり激しい苦痛を与えて死に至らすというものだ。それをヴァンパイア風にアレンジしてみた」
先のとがったストローを、棺桶の穴に差し入れてみる。サイズはぴったりだった。
「ま、まさか!」
「察しの通り、お前をこの中に入れて、ストローで刺して少しずつ血を吸う。喜べ。お前の血は一滴も無駄にならず、こいつらの食糧になるぞ」
俺の言葉に、生徒たちが一斉に騒ぎ出した。
「賢者様……血をください」
「ご主人様に血を吸い取られて、足りないんです」
みんな物欲しそうな顔でコーリンを見つめている。そんな彼らを、エルフたちはたしなめた。
「ステイ!お下がりなさい。私たちが先です」
「は、はい。すいませんでした」
生徒たちは謝りながら、エルフたちの『隷属の鎖』を外していく。主従関係は完全に逆転していた。
「さあ、血痕式を始めようか」
俺の合図とともに、棺桶の蓋が開かれる。
「や、やめなさい!助けて!王子!」
泣きわめくコーリンを土魔法で宙に浮かし、無理やり棺桶に押し込んだ。
「すぐに死んでは、血が腐ってしまいますからね。頑張ってください」
「ストローの先はかすり傷程度に抑えるように調整しました。これからじっくりと血を絞らせてください」
エルフたちはきっちり蓋を閉めて、中から開かないように鍵をかける。
「さて、最初は誰にする?」
「やはり、魔王様から」
ルルが勧めてくるので、俺は苦笑して首を振った。
「俺はヴァンパイアじゃないから、血を吸ってもまずいだけだ。お前からしろ」
「はい!」
ルルはうれしそうに、ストローを適当な穴に差し込んで吸い上げる。
「痛い!」
棺桶の中のコーリンの叫び声と共に、少しずつ血が吸いだされてきた。
「賢者とかいうわりには、下品な味ね。高貴な私にとってはちょっと合わないかしら」
ルルは口元から血を垂らしながら、その味を批評する。
「もういいわ。あとは皆、好きにしなさい」
「はい」
エルフたちは手にストローをもって、ブスブスと刺し続ける。
「あなたたち人間に親兄弟を殺された、私たちの痛みを思い知りなさい」
「魔王様まで裏切って……その罪を自覚なさい」
エルフは口々にコーリンを罵りながら、ストローを刺し続けた。
棺桶からは全身穴だらけにされたコーリンのすすり泣きが聞こえてきた。
「痛い……痛い……もう許して……」
「ふざけるな。お前は俺がそう言ったとき、許してくれたのか?」
コーリンがポーションを作れるようになるまで、俺はほとんど毎日のように薬の実験台にされていた。
何日も下痢が続いて、まともにトイレから出られなかった時もある。
光魔法の使い過ぎでハゲ始めた時、奴が「毛生え薬よ」と渡してきた薬のせいで毛根まで死滅して、二度と生えなくなった。
俺がハゲたのもこいつのせい……って、どうでもいいことだけどな。
エルフたちが満足した後、続いて生徒たちがストローを手に取る。
一斉に差し込もうとした時、ルルが止めた。
「お座り!待て!」
ヴァンパイアは、自分より上位の階層のヴァンパイアに決して逆らえない。叱りつけられた生徒たちは、よだれを垂らしながらその場に座り込んだ。
「なぜ止めるんだ?」
「エサの生命力が弱まっています。このままだと死んでしまうかと」
血の匂いでコーリンの状態を察したルルが忠告してきた。
「お願い……もう許して……ライト、私が悪かったから」
棺桶の中からコーリンの声が聞こえてくるが、俺は無視した。
「ああ、そうだったな。なら、治療してやるか」
俺は治療ポーションを手に取り、人型の棺桶の口元に流し込んだ。
コーリンが作った治療ポーションは効果を発揮し、穴だらけにされた体がふさがっていく。
「これでしばらくは持つだろう。後は好きにしろ」
「はい!魔王様、ありがとうございます!」
生徒たちは目を輝かせて、棺桶に群がった。
「そんな!ああ……おねがい!許して。せめて殺して!お願い」
そんな声が棺桶から聞こえてくるが、生徒たちは最後の一滴まで血を貪り続けるのだった。
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