第21話
「くそっ!どこにいった」
あれから数時間、私たちはアポロンを追ってダンジョンをさまよっていた。
いつしか仲間とも散り散りになり、私は一人ぼっちである。
「くそっ。ギルドマスターともあろうものが、こんな目にあうとは……」
改めて、私は自分の愚かさを実感する。現役のころはもっと慎重だったはずだ。
魔王が倒されてモンスターがいなくなり、ダンジョンに入っても危険がなくなった。そのことが私のカンを鈍らせ、新人でもしないようなダンジョンの深入りというミスを犯してしまった。
消えかけたランプの明かりを頼りにさまよっていると、かすかに助けを求める声が聞こえてきた。
「誰か……助けて……」
声を頼りに進んでいくと、セローナが壁に縛り付けられていた。
「セローナ!何があったんだ!」
「あ、あいつを追いかけていたら、トラップに引っかかってしまって」
セローナは涙ながらに訴えてきた。
「よし、外してやる」
「待って、その前にどうしても伝えないといけないことがあるの」
セローナの顔は真剣だった。
「私が縛り付けられたあと、アポロンが戻ってきたんだ。すると、私の目の前で変身して、ライトの姿になったんだ」
「ライトだと!」
私はとっくに野垂れ死んでいるものと思っていた偽勇者が、アポロンの正体だったと知って驚いた。
「あ、あいつは本物の魔王だよ。私たちをこのダンジョンに誘い込んで、罠にかけようとしているんだ」
なるほど。奴なら俺たちをこんな目に合わせるのも納得できる。身の程知らずにも、復讐しようとしているらしいな。
だが、それならそれで対処できる。奴には戦闘力がない。落ち着いてトラップを回避していけば、必ず勝てるはずだ。
「レガシオン。あいつはやばいよ。私たちを恨んでいる。あんただけでも逃げて!」
瞳をうるませるセローナに、私は優しく笑いかけた。
「安心しろ。私は仲間を見捨てたりしない」
私はトラップを解除し、セローナを抱え上げた。
「とりあえず、一度地上に戻るぞ」
「うん……」
私は上に上がる階段を探して、その場を離れていった。
しばらく進むと、宝箱が大量にある部屋にたどり着いた。
「わっ。こんなに宝箱がある」
目を輝かせるセローナを私は止める。
「待て。またトラップが仕掛けられているかもしれない」
「あ、そうか……ん?」
セローナは開いている宝箱をのぞき込み、何かを拾い上げる。
「あれ?これは光の魔石だよ」
「なんだって?」
私はセローナからひったくるように取り上げて、よく見てみる。それは確かに照明になる光の魔石だった。
「も、もしかして、ここは光の魔石の保管場所なのか?」
闇の中に現れた一筋の希望に歓喜する。地上なら街灯程度にしか使えない光の魔石でも、この状況ではどんな宝にも勝る貴重品だった。
「も、もっとよく探してみよう。まだあるかもしれない」
私はセローナを置いて、隣の宝箱を開けてみる。
すると、その中にはなんだかよくわからない潰れた肉の塊のようなものが入っていた。
「これはなんだ??」
「ぐうう……苦しい……助けて……」
いきなり目の前からかぼそい声が聞こえている。視線を前に向けると、恨めしそうな顔のセローナと視線があった。
「えっ?」
目をこすってもう一度見直すと、箱の蓋の裏からセローナの顔が浮き出ていた。
「な、なんだこれは!!セローナは後ろにいるはず!」
慌てて振り向こうしたが、ドンっと突き飛ばされる。私が倒れこんだのは、空き宝箱の中だった。
私は宝箱の中に吸い込まれていく。無理やり全身が折りたたまれ、骨が砕け肉が潰れる激痛に悲鳴を上げる。生きたまま体を食べられる苦痛に、私はこらえきれずに絶叫するのだった。
それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。気が付くと、暗闇の中にいた。
「ここは……どこだ?私はどうなったのだ?」
闇に向かって叫ぶが、誰も答えてくれない。その時、一筋の光の線が走り、ギギギという音とともに視界が明るくなった。
「どうやら、うまくいったようだな」
いつのまにか、私の視線の先にセローナの姿をした何者かがいる。
「貴様、何者だ!」
「何者だとはつれないな。以前は俺の上司だったじゃないか」
セローナの体からまぶしい光が発せられ、全身を覆っていく。光が薄れると、中からハゲ頭の男が現れた
「貴様は……ライト!」
「久しぶりだな。ギルドマスター、レガシオン」
ライトは今まで見たこともないような邪悪な笑みを浮かべている。私はこれが本当にあの卑屈だったライトなのかと信じられなかった。
「モンスターに転生した気分はどうだ?」
「なんだど!」
私は力の限り奴に殴りかかろうとする。しかし、いつのまにか手も足も無くなっていて、私の体は宝箱と一体化していた。
「これはミミックボックスという。バカな冒険者たちを捕まえてモンスターにする魔王のマジックアイテムなんだ」
ライトは楽しそうに、宝箱をコンコンと叩く。
「これからお前は、ミミックとして冒険者たちに倒されるまで、何年も箱の中で待つことになる。もっとも……」
奴は一度言葉を切って、面白そうにつぶやく。
「ここまで来れる冒険者が、あと何年たったら現れるのか、誰にもわからないけどな」
そんな!ここは地下50層階だぞ!ここまで来れる冒険者なんて、そんな簡単に現れるわけないじゃないか。
「ラ、ライト。私が悪かった。許してくれ」
恐怖に駆られた私は、ついに恥をかなぐりすててライトに謝罪する。しかし、奴は冷たい顔をしたまま私を見下ろしていた。
「なぜ俺に冤罪をかぶせたんだ」
「……マリア様のお願いだったんだ……」
観念した私は、すべてマリア様の歓心を買うために行ったことだと白状した。
「あの女が黒幕なのか。だが、なぜだ。どうして自分の体を使ってまで、俺を貶めるんだ。ただ元農民と結婚したくないだけとは、どうしても思えないが……」
考え込むライトに、私は力の限り訴えた。
「た、頼む。助けてくれ。そうしたら、私はすべての事実を正直に公表する。ギルドマスターの地位も渡す。全財産を支払ってもいい。だから、助けてくれ」
しかし、そんな私の魂からの訴えを、奴は無情にも相手にしなかった。
「もうお前には用がない」
ギギギという音とともに、宝箱のふたが閉まっていく。
「さらだば。早く冒険者が来て解放してくれることを、神に祈るんだな」
そういって、奴は無情にも宝箱を閉める。私は狭くて暗い宝箱に閉じ込められてしまった。
「く、くそっ」
必死にもがこうとしても、私の体は顔以外はすべてつぶされている。私は動くこともできないまま、暗闇の中で恨みだけを募らせていった。
「腹が減った……」
しかし、食べられるのはそのへんを這いまわっているネズミやゴキブリのみ。空腹に耐えかねた私は、吐き気をこらえながらそれを捕まえて食べるしかなかった。
(なんで誰もこないんだ。許さねえ。こうなったら、誰でもいいから殺してやる。早く私を開けろ!)
こうして、私たちは解放される日を苦しみながら待ち続けることになるのだった。
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