第20話


「ああ、マリア様、私たちを救ってくださってありがとうございます」

私はギルドマスター室で、マリア様に祈りをささげる。

彼女の言うとおり、ライトを生贄に捧げることで、冒険者ギルドは国からの信用を得た。

平和な世では厄介者扱いされかねなかった冒険者たちも、今では海外侵攻の傭兵として活躍している。特に息子であるレイバンは、エルフ王国の王城を落とすなどして大手柄をあげていた。

わが息子ながら頼もしい。いずれ大将軍として取り立てられるかもしれない。そうなったら、我が家は貴族になることも夢ではないだろう。

そうなれば、マリア様と……。

「あの日の甘美な体験が忘れられない。ああ、なんとかしてマリア様に会えないだろうか」

そう思っていると、職員が部屋にやってきた。

「申し上げます。近くの岩山で新しいダンジョンが発見されました」

「なんだと!」

久々のいい知らせに、私の胸は高まる。新しいダンジョンを捜索すれば、まだ見つかっていない宝物があるかみしれない。

それをマリア様にささげれば、再び甘美な時間を過ごせる。そう思っていた私は、まだこのインディーズに残っていた冒険者たちに命令を下した。

「至急冒険者たちを派遣して、捜索させろ」

「は、はい」

職員は慌てて部屋を出ていく。私は冒険の成果を楽しみに待ちながら、マリア様に思いを馳せるのだった。


私は傘下の冒険者からの報告を聞いて、さらなる期待を寄せる。

「新しいダンジョンの中には、宝箱がたくさんあり、その中には大量の金貨が詰まっていました」

冒険者というには未熟な低ランクたちでも、トラップなどにひっかかることなく宝を持って帰っている。どうやら、新しいダンジョンは相当に甘い作りらしい。

(待てよ。低階層にも宝があるなら、奥にいけばもっとすごい宝があるんじゃないか?)

そう思った私は、自ら深層階の探索に乗り出すことにした。

一応安全のため、昔のメンバーに声をかけてみた。

「なるほど。お宝がつまった新ダンジョンか」

「でも、照明師はどうするの?ライトがいたときは楽に探索できたけど、奴がいないんじゃどうすることもできないよ」

盗賊職の女冒険者、セローナがそう指摘してくる。

そう、ダンジョンにもぐるためには照明が必要になる。低階層なら松明やランプを用意しておけば問題はないが、深く潜るにつれて必要な量が増えてくるので、どうしても長持ちする照明係が必要になるのだった。

あのライトとかいう偽勇者がいたときは、どんなに深いダンジョンでも探索することができた。しかし、今は違う。照明係もいないのに深層階に潜ることは無謀だった。

どうしたらいいか悩んでいると、受付嬢のミナにある新米を紹介された。

「ギルドマスター様。俺と組んでくれませんか。俺は初心者のアボロンといいます」

その男は、若い金髪の優男だった。

「初心者だって?私たちは冒険者としてはAランクだぞ、身の程を知れ」

そういって追い払おうとするが、奴は私たちの前で指を一本立てる。すると、ポっとオレンジ色の灯が灯った。

「実は俺は、火魔法が使えるんですよ。照明係として役に立ちますから」

そう言われて、仲間たちも乗り気になる。

「いいんじゃないか?」

「ライトみたいに階層ごと明るくするなんてことはできないけど、贅沢は言えないしね」

それを聞いて、私も考えを改めた。

「いいだろう。だが分け前は私たちが9割だ。いいな」

「は、はい。俺は初心者なんで、冒険の経験を積ませていただけるだけでもありがたいです」

アポロンと名乗った男はそう言って卑屈に頭を下げてくる。こうして私たちは、新しくできたダンジョンに向かった。


「レガシオン様、頑張ってください」

「すごいお宝を期待しています」

冒険者たちは、ギルドマスター自らがダンジョンに挑むと聞いて、わざわざダンジョンまで見送りに来ていた。

「おう。帰ってきたら宴会だぜ!」

冒険者たちに手を振って、私たちのパーティはアポロンを先頭に、ダンジョンを潜っていく。

思惑通りこのダンジョンには宝箱が多く、トラップも仕掛けられていないので、どんどん先に進むことができた。

「おっ。またあったぞ」

仲間の一人が宝箱をあけようとすると、アポロンに止められた。

「ちょっと待ってください」

「なんだ?何か文句でもあるのか?」

私が咎めようとしたら、奴は真剣な顔をして宝箱をあける。シュッという音とともに、毒針が飛び出してくた。

「宝箱にトラップが仕掛けられていたのか!しかし、よくわかったな」

「はい。実は俺は『鑑定』も使えるので、怪しい宝箱はわかるんです」

アポロンは、照れくさそうに笑った。

なるほど。こいつは初心者ながらなかなか優秀なスキルをもっているらしい。冒険者ギルドのマスターとしては、ぜひ子飼いの部下にしたいところだ。

そういえば、以前私の部下だったライトは照明以外まったく役にたたなかったな。

「なかなか役にたつな。ライトとは大違いだ」

「ライトって、あの偽勇者ですか?もしかして知り合いだったんですか?」

アポロンが意外そうな顔で聞いてくる。

「ああ、あいつは魔法学園で魔法を学んでいたんだが、ちっとも身につかなかった。それで冒険者ギルドに連れてこられて、私たちのパーティにいれてやったんだよ」

今思い出すと、奴は本当に役立たずだった。いくら戦闘を繰り返してもまったくレベルアップできなかったので、常に私たちがフォローしなければならなかったのだ。

「そうよ。あいつのせいでどれだけ迷惑かけられたかわからないわよ。レガシオンなんか、あいつのせいで腕に傷をおったのよ。ほら」

セローナは私の袖をめくって、アポロンに見せる。そこには奴をかばってモンスターの攻撃を受けたときの古傷があった。

「ほんと、勇者の血を引く特別な人間だから守れって国に言われて、さんざんな目にあったわ」

「まあまあ、ちゃんと仕返しもしてやったじゃないか」

私がそういうと、仲間たちは笑みを浮かべた。

「仕返しって何をしたんですか?」

アポロンが知りたそうな顔をしたので、仕返しの内容を教えてやった。

「魔王が倒された後、奴はふたたびこの冒険都市につれてこられたんだが、以前とちがって奴隷に堕ちていた。だからこきつかってやったんだよ」

奴の『照明』の力を使って、今まで細かいところがわからなかったダンジョンを隅から隅まで捜索できた。おかげで相当数の未発見の宝を回収できたのは良かったと思う。

「それだけじゃねえぜ。飯を分けてやるのがもったいなかったから、ダンジョンのネズミとか蟲とか食わせてやった」

「あれは傑作だったよね。泣きながらゴキブリたべていたりして。さすがに気持ち悪かったわ」

私は仲間たちとギャハハと笑いあう。その話を聞いたアポロンは、心なしか顔を引きつらせていた。

「お前もあんまり調子に乗っていると、奴みたいになるぞ。間違っても俺たち高ランク冒険者に逆らうんじゃないぞ」

仲間たちがアポロンを脅しつける。

「は、はい」

奴がビビっているのを見て、私たちはこれからも奴を好きにこきつかえると確信していた。

「まあまあ。そう虐めてやるな。私たちに従って役にたっている限り、眼をかけてやるから」

私はギルドマスターとして、優しい言葉をかけてやった。

「は、はい。一生ついていきます」

ぐふふ。素直だな。こうやって新人を脅しつけて従わせていれば、私たち古参冒険者も安泰だ。

こうして奴を教育しながら、私たちはどんどん奥へともぐっていった。


「も、もうそろそろ休みませんか?腹が減っちゃて」

前を進むアポロンが情けない声をあげる。

若い者は辛抱が足りんな。私が新人の頃は、一日飲まず食わずも珍しくなかったぞ、そうやって精神力を鍛えてきたんだ。

「うるせえ。まだまだいけるだろうが」

「で、でももう50階も潜っているんですよ。しかも俺ばっかり魔法を使いっぱなしで……正直、もう限界です」

アポロンはだらしなく床にへたり込む。仕方ないので、私たちも休憩することにした。

「ほら。これがお前の飯だ」

アポロンに投げ渡したのは、ダンジョンの瘴気ですっかり腐ってしまったパンだった。

「こんなものを食えっていうんですか……?」

アポロンは恨めし気に睨みつけてくるが、これも教育である。こうやって上下関係を叩き込むのも、先輩冒険者として大切な仕事なのだ。

「嫌だったら、ネズミとかゴキブリでもいいのよ」

セローナが調子にのって言い放つが、その気持ちはわかる。このアポロンとかいう男は、容姿こそライトとは真逆だが、その怯え方がそっくりで嗜虐心をそそるのだ。

「わ、わかりました」

しぶしぶパンを食べるやつを見て、私たちは優越感に浸っていた。


それから数階ほど進んだ頃、私たちはこのダンジョンに不審な点があることに気づいていた。

「やったぜ。また金貨だ!」

「下手なアイテムよりありがたいよね。換金する手間がはぶけるし」

宝箱をあけた仲間が歓声をあげる。中にはいっていたのは金貨の山だった。

どう考えてもおかしい。少しは他のアイテムとかがあってもいいはずだ。

「そろそろ袋もいっぱいだな。帰るか」

仲間がそう提案するが、私は首を振った。

「いいや。まだだ。もっと価値があるものが奥には眠っているはずだ」

今の聖女となったマリア様に捧げるのは、ただの金貨では不足だ。美しい宝石や、伝説のアイテムなどを献上しないと、あの甘美な時間を味わえないだろう。

そう思って先に進んでいくと、また宝箱を見つけた。

「おい。アポロン。さっさと『鑑定』しろ」

「は、はい。ええと……」

宝箱の前にしゃがみこんで鑑定していたアポロンが、自信をもって告げる。

「これは大丈夫ですね。トラップとか仕掛けられていません」

「そうか。ならさっさとどけ」

仲間がアポロンをどかして、宝箱を開けた瞬間。

「うわぁぁぁぁ!」

いきなり宝箱に吸い込まれていった。

「えっ…?」

状況が理解できず、私たちが固まっている間に、宝箱は消えていった。

「あー。『人食い箱(ミミック)』だったみたいですね」

アポロンがしれッとした顔で言ってくる。私たちは怒りに身を震わせた。

「どういうことよ!大丈夫って言ったじゃないの」

「ああ、ちょっと間違えちゃいました」

「てめえ!」

私は胸倉をつかむが、奴は平然としていた。

「誰にでもミスはありますよ。だって俺は新人ですからね」

「ふざけないで!殺してやるわ!」

頭に血が上ってアポロンにナイフを突きつけるセローナを、私は必死で止めた。

「よせ。ここでこいつを殺すと、帰れなくなる」

私の声を聴いたセローナがハッとして、突きつけたナイフを離す。それを見て、奴はさらに調子にのった。

「そういう訳です。俺を殺したら、真っ暗なダンジョンで放置ですよ。トラップだらけのこのダンジョンから脱出もできなくなりますよ」

「くっ」

悔しいが奴の言うことは正しい。どうやら深入りし過ぎたようだった。

「さて、それじゃ行きましょうか。くくく……」

そう笑うアポロンは、さっきまでの卑屈な態度とうってわって自信に満ちていた。

こいつ、いい気になりやがって。地上に戻ったら、ギルドマスターの権限で拷問にかけて追放してやる。

「いいだろう。だが、お前が先にいけ。宝箱をみつけても、お前が全部あけるんだ」

「いいでしょう。でも……」

アポロンの声が小さくなる。

「なんだ?何か文句でもあるのか?うわっ!」

仲間の一人が一歩足を進めて問い詰めようとしたとき、いきなり落とし穴が開いて落ちていった。

「あーあ。トラップは宝箱だけとは限りませんよって言おうとしたのに。ベテラン冒険者にしては、警戒心が薄すぎますねぇ」

アポロンがあざけりの笑い声をあげる。

「貴様!」

「わー。怖ーい」

アポロンは笑いながら逃げていく。俺たちは非常用のランプを灯すと、一目散に奴を追いかけていった。

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